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これからナポレオンの戦史を学びたい人のための参考文献を4冊紹介する(暫定版)

フランス革命戦争(1792~1799)・ナポレオン戦争(1804~1815)において、フランスの軍人ナポレオン・ボナパルト(1769~1821)は数多くの戦闘で勝利を収め、巨大な帝国を築き、その後のヨーロッパの歴史に多大な影響を与えました。主要なものだけでも、封建的諸制度の廃止、自由主義のイデオロギーの普及、近代的な民法の法典化などを挙げることができます。

軍事的な領域に限定して考えてみても、この時期に戦争指導の考え方が多くの面で変わりました。敵軍の背後に深く進撃して決戦を強要する戦略的包囲、後方支援の負担を減らすため、戦域に広く兵力を分けて進撃し、戦闘の直前に集合する集中の方式、そして戦闘における中央突破と追撃による殲滅戦の徹底は、いずれもナポレオンの影響でヨーロッパの軍隊に広まったものでした。

今回は、歴史学者デイヴィッド・チャンドラーの古典から最新の研究成果までを含んだナポレオンの戦争に関する文献紹介を行ってみたいと思います。日本語でもこの種の文献紹介は数多く書かれていますので、ここでは2010年までに出版された文献に限定し、軍事的観点、特に戦術の観点から見て重要なものをリストアップしてみました。(後日、文献を加筆する予定です)

『ナポレオン戦争(The Campaigns of Napoleon)』(1966)

ナポレオン戦争の歴史を学ぶ人にとっては定番の一冊です。歴史学者デイヴィッド・チャンドラーの著作であり、それぞれの戦役、戦闘におけるナポレオンの戦略と戦術がバランスよく解説しており、今でもその議論は色あせていません。ナポレオン戦争とありますが、フランス革命戦争の歴史もカバーされています。末尾についている資料集も大変便利です。

チャンドラーは優れた歴史家であるだけでなく、巧みな著述家であり、複雑な歴史上の事象を上手く切り取り、分かりやすく論述する技術に長けていると思います。日本語に翻訳されたこともありますが、現在は入手が困難になっています。新版が出ていることも考慮すれば、原著で読んだ方がよいかもしれません。

Chandler, David. 2009(1966). The Campaigns of Napoleon, Macmillan.邦訳、君塚直隆ほか訳『ナポレオン戦争』全5巻、信山社、2003年

『玉座を囲む剣(Swords around a Throne)』(1988)

玉座を囲む剣(Swords around a Throne)』はやや古い文献ではありますが、最新の研究でも参照されている文献です。著者のJohn R. Eltingは1970年代から1990年代にナポレオン戦争に関する著作を数多く出版しており、個人的には『ナポレオン戦争の軍事史と地図(A Military History and Atlas of the Napoleonic Wars)』(初版1964、1978年、改訂版1999年)も重要な業績だと思いましたが、その後の影響の大きさから、こちらの文献を選びました。

この著作の特徴は、ナポレオンが指揮したフランス軍の編制、指揮、後方支援、武器弾薬、戦略・戦術などを詳細に解明していることであり、特に管理行政と後方支援に関する記述は優れています。当時のフランス軍はヨーロッパの中で最大規模の兵力を動員する能力を持った軍隊でした。そのため、フランス革命戦争の初期から管理行政の近代化が進み、ナポレオン戦争までに優れた軍事制度を確立することができました。以前は調達が難しかったのですが、2009年にKindle版が出版されたので、安価に入手できるようになりました。日本語に翻訳されていませんが、ナポレオン戦争時代の軍事制度に興味がある方にはおすすめしたいと思います。

Elting, J. R. 2009(1988). Swords Around a Throne: Napoleon's Grande Armée, De Capo Press.

『ナポレオン時代における戦闘の戦術と経験(Tactics and the Experience of Battle in the Age of Napoleon)』(1998)

ナポレオン戦争における戦闘の様相を至近距離で捉えた歴史的研究であり、最新の研究成果でも頻繁に参考文献に加えられています。軍人の回顧録、日誌、書簡などの史料として駆使することによって、著者は戦場に立っていた軍人の精神状態を巧みに記述するだけでなく、当時の戦闘で用いられていた歩兵、砲兵、騎兵のさまざまな戦術行動がどのような影響を及ぼしていたのかを分析しています。戦闘において兵士の士気、規律、団結が武器の使用や戦況の変化でどのような影響を受けていたのかを知る上でも興味深い内容であり、ナポレオン戦争の研究ではなく、戦場心理の研究として評価することもできるでしょう。

こちらもKindle版で入手しやすくなったナポレオン戦史研究の一つです。

Muir, Rory. 2000. Tactics and the Experience of Battle in the Age of Napoleon, Yale University Press.

『帝国の銃剣(Imperial Bayonets)』(1996)

ナポレオン戦争における戦闘では、依然として部隊教練に基づく行動が戦場では重視されていました。そのため、当時の戦術を理解するためには教範で定められた教練を理解することが必要です。この著作は各国の教範だけでなく、その前提となった武器の性能や部隊の編制に関する知識を巧みに駆使することで、ナポレオン時代の戦術を驚くほど詳細に解説しています。戦場で、歩兵大隊が2列横隊で射撃を行うと、どの程度の敵兵を殺傷することができたのか、横隊から縦隊に隊形を変換する際に、それぞれの中隊がどのように移動していたのか、騎兵や砲兵と協同一致するために、どのような運用が行われていたのかが分かります。

ただ、この文献はこれまで研究論文の参考文献として見かけることがあまりなかったように思います。2021年にKindle版が出版されたことで、改めて注目されるかもしれません。

Nafinger, George. 2021(1996). Imperial Bayonets: Tactics of the Napoleonic Battery, Battalion and Brigade as Found in Contemporary Regulations. Helion and Company.


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武内和人|戦争から人と社会を考える
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