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より少ない費用で米国の安全保障を実現する戦略が必要と主張した『抑制(Restraint)』の紹介

冷戦が終わり、アメリカが唯一の超大国になると、研究者の間でアメリカがとるべき戦略をめぐり大きな論争が繰り広げられました。マサチューセッツ工科大学の政治学者であるバリー・ポーゼン教授はこの論争に当初から参加してきた研究者であり、以前から戦略の研究に取り組んでいました(軍隊が選択したドクトリンによって国際情勢が不安定になる場合がある『軍事ドクトリンの源泉』の紹介)。

ポーゼンはアメリカがその世界の経済と安全保障を支え、自由と民主主義の価値観を広めようとすることに反対しており、その理由としてアメリカが受け取れる便益に対して費用がかかりすぎるためだと述べています。その主張は『抑制:アメリカの大戦略のための新たな基盤(Restraint: A New Foundation for U.S. Grand Strategy)』(2014)で詳しく展開されています。

Posen, B. R. (2014). Restraint: A new foundation for US grand strategy. Cornell University Press.

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1 はじめに:ポスト冷戦におけるアメリカの大戦略の進化
2 リベラルな覇権の危険性
3 抑制を擁護する論拠
4 コマンド・オブ・ザ・コモンズ:自制の軍事戦略、部隊編成、部隊態勢
5 結論

大戦略は国家が安全保障を実現する方法を定めるものであり、何が軍事的脅威となるのか、最も危険な軍事的脅威はどれなのか、それに対処するために必要な手段は何かを規定したものです。大戦略は対外政策の重要な要素ですが、対外政策のすべてではありません。対外政策の目標は常に安全保障に限定されるわけではないためです。

さらに詳しく述べれば、大戦略には(1)希少性のある資源の効果的な配分の指針を作る機能、(2)安全保障上の目標を達成するために組織的な協力を促進する機能、(3)同盟国や友好国に安全を保証し、仮想敵国を抑止するなどの影響を及ぼす機能、(4)民主的な説明責任を果たし、公開された形でその妥当性を検証する機能があります(pp. 4-5)。著者は大戦略の議論を政治的な理念やビジョンから切り離し、費用と便益の問題として捉え直しています。

この観点から見ると、アメリカの大戦略は冷戦終結以降、アメリカの優越(primacy)と西側諸国との協調的安全保障(cooperative security)の組み合わせと見なすことができると著者は述べています。そこで脅威とされたのは、テロリストの温床となる破綻国家、地域の安定を損ねるならず者国家、そしてアメリカの覇権に挑戦する恐れがある競合国家でした。著者の見解によれば、この大戦略はクリントン政権(1993~2001)の下で策定されており、人道的危機が起きていたソマリア、ハイチ、ボスニアにおいて軍事的介入を行う根拠となっており、また地上部隊を出してはいないものの、アフガニスタン、イラク、スーダンでも限定的な空爆が実施する理由づけにも用いられました(p. 9)。

次のブッシュ政権(2001~2009)は政治的に保守的であったこともあり、クリントン政権のように自由と民主主義を世界に広めることや、人道的介入については熱心ではありませんでした。ところが、2001年9月11日の同時多発テロ事件を受けてブッシュ政権の考え方は大きく変化しました。アフガニスタンのような破綻国家が国際テロリスト集団の根拠地となることを防ぐため、積極的な介入と民主化の支援を進めることが必要であると主張するようになり、対テロ作戦を遂行させるために世界各地に地上部隊を投入し始めたのです(pp. 10-12; 14)。著者はこの一連の行動でアメリカは大きな負担を背負い込んだと指摘しています。

リベラルな覇権秩序を重視する優越の大戦略は、全世界的な範囲で軍事作戦を遂行することから、大きな費用がかかります。2003年にブッシュ政権が開始したイラクにおける作戦では、2010年までに7,840億ドルを費やしています(p. 25)。アフガニスタンを含めて全世界的に展開された「テロとの戦い」の費用は3,210億ドルになりました(Ibid.)。興味深いのは、イラク戦争の費用だけでも朝鮮戦争の費用に比べて2倍であり、ベトナム戦争の費用よりも大きいということです(Ibid.)。

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