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最近の軍事学ではドクトリンをどのように分析しているのか?

現代の軍隊は、自身に与えられる任務を完遂するための基本的な行動の原則をドクトリン(doctrine)として定めています。ドクトリンは、個人の見解ではなく、軍隊の内部で組織的に受け入れられた規範ですが、必ずしも拘束力を持った規範ではなく、それぞれの状況の特性に応じて柔軟に応用することも許容されています。それでも、ドクトリンは軍隊の制度と運用を一定の方向に向けて秩序付けており、その内容によって他国の意思決定に影響を及ぼしています。

ドクトリンとは何か?

北大西洋条約機構(NATO)では、ドクトリンが「軍隊が目標達成に寄与する行動を導き出す根本原則」と定義されています。軍事学の歴史では、このような原則が果たして存在するのか、実戦で適用することが可能であるかどうかを議論がありましたが、現代の世界では軍隊がそれぞれの任務に応じたドクトリンを構築することが一般的になっており、戦略の次元から作戦、戦術の次元に至るまで、さまざまなドクトリンが整備されています。

ポーゼンの著作『軍事ドクトリンの源泉(The Sources of Military Doctrine)』(1984)は、この分野の基本的な文献であり、軍隊が組織として迅速かつ効率よく行動するためにドクトリンが重要な働きをしていることを説明しています。ポーゼンの説の前提にあるのは、ドクトリンの内容によって軍隊が設定する作戦規定(standard operating procedure, SOP)が大きく変化するというものです。作戦規定とは、部隊の運用を機敏にするため、部隊の行動実施に関して具体的な方法や手続きを事前に定めた規則をいい、それは組織の複雑さが増大するたびに複雑化していきます(詳細は軍隊が選択したドクトリンによって国際情勢が不安定になる場合がある『軍事ドクトリンの源泉』の紹介を参照)。

もし軍隊が何らかの政治上の目的を達成するために攻勢を重視するドクトリンを採用することになれば、それに応じて各種の作戦規定を調整する必要が生じてきます。つまり、迅速に敵に第一撃を加え、速やかに戦争を終わらせることができるように、さまざまな作戦規定が設定され、それに基づいて教育訓練が実施されるようになります。反対に防勢を重視するドクトリンを採用するのであれば、作戦規定も敵の第一撃に耐えられる防御態勢をとれるような内容に見直されるでしょう。ポーゼンは組織が不確実な状況に対応する上でドクトリンが重要であるとしながらも、官僚的傾向から既存のドクトリンに固執するようになるリスクがあるとも指摘しています。

ドクトリンはいつから使われているのか?

最も広い意味でドクトリンを捉えるならば、それは古代から現代まで軍隊の歴史で常に存在してきたといえるかもしれません。しかし、より現代的な意味でドクトリンを活用した人物として挙げられることが多いのは、プロイセンのヘルムート・フォン・モルトケです。モルトケは、『大部隊指揮官のための教令』(1869年)においてプロイセン陸軍の将校が基礎とするべき原則を明示していました。例えば、スミスは『軍事力の効用(The Utility of Force)』(2005)でモルトケを「一貫性のある軍事ドクトリン」の発明者であると評価しており、またパラッツォの『モルトケからビンラディン( From Moltke to Bin Laden)』(2007)でもモルトケを軍事ドクトリンを発明者と位置づけています。モルトケがドクトリンの源流であるという見方が多数説ではありますが、最近の研究では異なる見解も示されています。

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