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利益団体がアメリカの政界を動かす『アメリカの利益団体を動員する』(1991)の書評

アメリカの政治情勢の展開を理解するためには、営利団体、非営利団体、市民団体のような利益団体がどのような活動を展開しているのかを知ることが重要です。これらの団体は、アメリカの政策過程に影響力を行使しており、例えば税制の見直し、業界の規制、補助金の配分などを自らの利害に応じて操作しようと試みます。

しかし、その活動の実態を調査することは研究者にとっても容易なことではありませんでした。アメリカの政治学者ジャック・ウォーカー(Jack L. Walker)は、この問題を解決するため、1980年に大規模な調査に乗り出しました。アメリカの政界で活動する利益団体の政治活動を10年にわたって調査研究しています。

不幸なことに、1990年1月の自動車事故でウォーカーは死去したため、その研究は完成したわけではありませんが、その成果をまとめた著作『アメリカの利益団体を動員する(Mobilizing Interest Groups in America)』が1991年に出版されています。政治過程論の分野に貢献した重要な業績です。

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先ほども述べたように、ウォーカーは1980年にアメリカの利益団体に関するアンケート調査を実施しました。1985年にもう一度アンケート調査を実施し、回収されたアンケート結果の違いに注目することで、どのような変化が起きているのかを把握しようとしたのです。

このときのウォーカーはワシントンDCで活動する政治団体を対象に絞って調査を行いました。その研究の目的は、利益団体がどのように形成されているのか、その活動を継続するために、どのような報酬を使っているのか、それが政治的な戦略にどのような影響を及ぼしているのかを解明することです。

利益団体の政治学的な研究では、マンサー・オルソンの業績によって、団体を小規模な集団に維持し、その功績によって選択的な報酬を配分した方が、必要なコストを支払わずに利益だけを受け取るただ乗り(フリーライダー)の出現を防ぎやすく、メンバーの組織への貢献を引き出しやすいことがすでに知られていました。

ウォーカーの研究は、このオルソンの理論の妥当性を見直す上で大きな手掛かりとなりました。というのも、ウォーカーが回収した質問票の回答を統計解析の手法で分析してみると、利益団体の多くが選択的な報酬によらずに組織を維持している実情が明らかになってきたためです。つまり、利益団体の組織力は必ずしもオルソンが考えるような選択的な報酬によって維持されていたわけではなかったのです。

1980年にワシントンDCで特定された政治団体(会員組織を有するものに限定)の数は1300以上でしたが、1985年の再調査では1600以上に増加していました。調査の結果、1980年の調査で質問票の回収率はおよそ55%、1985年ではおよそ35%でした。これらの政治団体を営利団体、非営利団体、市民団体に類型化しました。

営利団体と非営利団体は特定の市場利害と関連した業者の集団から成長する傾向がありましたが、市民団体は必ずしもそのような閉鎖的なメンバーで構成されておらず、ある理想や問題意識を共有した開放的な団体として組織されている点に違いが見られました。設立された時期を比較すると、市民団体は営利団体や非営利団体に比べて設立が遅く、その多くが1960年代に立ち上げられているものの、増加率はより高い水準で推移していました。

興味深いのは、その資金調達の方法が違っている点です。営利団体や非営利団体は活動を維持するため、会員から会費を定期的に徴収していますが、多くの市民団体はそのような収入源を持っていませんでした。市民団体の収入として重要なのは富裕層あるいは財団からの支援であり、しかもそれらは市民団体のメンバーではありませんでした。ウォーカーの調査によれば、非会員の資金援助を受けている利益団体の割合としては、営利団体が33%、非営利団体が60%ですが、市民団体は89%に上ります。このような支援者を持つ利益団体はメンバーに選択的な報酬を与えることはあまりないようです。これはオルソンの理論で説明がつきません。

もう一つ興味深い指摘として紹介できるのは、市民団体が営利団体や非営利団体とは異なる戦略を好む傾向です。業界の利益を代表する営利団体や非営利団体は、政策に影響力を及ぼす方法として、政治家への働きかけや集団訴訟を好みますが、市民団体は世論を動かすための抗議や声明を好む傾向がありました。これは市民団体が政界の中枢に影響を及ぼすための手段をあまり多く持っていないことを反映している可能性がありますが、同時に資金源の不安定性から、世間の注目を集め、新たな支援者を獲得しようとするためかもしれません。市民団体にとっては、政策に実質的な影響を及ぼすよりも、マスメディアの注目を集めることの方が、組織の存続にとって重要なことであると考えれば、この政治活動のスタイルの違いは説明できます。

経済的な利害関係を持つ人々が組織する営利団体、非営利団体は政治的影響力を行使する方法として集団訴訟の形式を好んでいますが、その具体的な行動パターンは政治的な立場によって微妙に違うとも指摘されています。というのも、リベラルな立場をとる団体は訴訟を取り下げる場合が多いものの、保守的な立場をとる団体は実際に裁判を起こすことが多く見られるのです。ただ、ウォーカーの研究でこのような違いが生じる理由はあまり明確に説明されていません。

これ以外にも、この著作でウォーカーが生前にやり残した分析は少なくありません。この著作が世に出たのは、彼の研究者仲間の努力によるところが大きいのですが、6名の研究者が関わっているために、本書の内容は一貫した論理に従って展開されていません。また、ウォーカーの質問に回答した労働組合があまりに少なく、労働組合を分析対象から外すことを余儀なくされたことも、この研究の限界として認識しておく必要があるでしょう。これは1980年代に労働組合の活動がアメリカで後退していたことを反映しているのかもしれません。

このように、論理の構成やデータの取得状況に限界があるものの、ウォーカーの研究はアメリカ政治における利益団体の実態を捉える上で有意義でした。ウォーカーの実証的分析は、圧力団体の構造や機能に対する理解を深めるものであり、特に利益団体が影響力を及ぼす戦略は営利団体、非営利団体と市民団体とでかなりの違いがある点は、その収入やメンバーの構成によって説明することができそうです

利益団体がどのような政治活動を展開しているのかを理解すれば、アメリカの政治情勢を理解する上でも役に立ちます。もちろん、日本の利益団体を研究する際にも、同じようなメカニズムが働いていると考えることもできるでしょう。


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