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文献紹介 近代国家と戦争の関係を説明している5冊の研究文献を紹介する

ヨーロッパは世界に先駆けて近代的な国家体制が成立した地域と考えられています。しかし、ヨーロッパでいち早く近代国家の形成を進めることができた理由については、いまだ研究者の間で議論が続いています。その中で注目されているのは、戦争の影響で国家形態が近代化したとする説です。

ヨーロッパは、中東、インド、中国など他のユーラシア沿岸地域に比べて戦争の発生頻度が高かった地域でした。戦争の頻発は国家建設にとって不利な条件に思えますが、「戦争が国家を作った」と主張する研究者もいるように、長期的観点で見ればむしろ近代化を加速させた可能性が高いと考えられているのです。

ここでは、このグループに属する研究業績として5冊の文献を取り上げました。いずれも研究者向けの専門書であって、一般向けの書籍ではありません。50年前の1970年代以降に限定して選定し、あまりにも古い文献はリストから外しています。これは研究文献があまりにも多いためであって、それ以前に書かれた文献の価値を無視しようという意図はないことをご了承ください。

君主と貴族

1冊目として取り上げたいのはイギリスの研究者アンダーソン(Perry Anderson)絶対主義国家の系統(Lineages of the Absolutist State)』(1974)です。政治制度が支配階級が経済的利益を最大限に追求する手段であると想定した上で、中世までの封建制、身分制に依拠していた国家が、絶対王政の国家へ変化した理由を軍事上の必要性から説明しようとしています。

著者の説明によれば、15世紀以降のヨーロッパでは戦争を遂行するために職業的傭兵を雇用する必要が生じたことが、絶対王政の国家へ移行する根本的な原因でした。増大し続ける軍事支出を賄うことは従来の政治制度では難しくなり、また農民の反乱が頻発したことも君主と貴族が近代化に繋がる改革に同意することを後押ししたと説明されています。

Anderson, P., Lineages of the Absolutist State. Verso Books, 2013(1974).

社会的勢力のネットワーク

2冊目に紹介するのは米国の研究者マンの大著『ソーシャル・パワー(The Sources of Social Power)』です。1巻が1986年に出版されていますが、最後の4巻は2013年に出版されています。邦訳は完成していません。

議論は多岐にわたって展開されているため、要約が難しい著作ですが、マンは1巻で社会の変化をもたらすソーシャル・パワーの源泉をイデオロギー、経済、軍事、政治という4種類に区分するところから議論を始めていますが、どれかが特に重要な要因であるなどとは考えていません。

歴史上、人間集団はソーシャル・パワーの源泉を組み合わせて、権力のネットワークを作ってきました。国家は一定の空間に権力のネットワークを閉じ込めた形態として説明されています。ただ、それは国家の形成が必然的な出来事だったから形成されたのではなく、その時代の中で生き残ったネットワークが結果として必然的なように見えるだけだと著者は考えています。この過程で戦争は適応力を失った組織を次々と破壊する事象として描き出されています。

著者の国家形成の説明が際立ってユニークなのは、国家という概念を前もって定義しなてもよい点でしょう。多種多様な属性を持った社会的諸勢力が、その時代に生存し、繁栄するために自由自在に動き回っていたことが論じられています。極めて独特な近代国家の成立史が提示されていると言えるでしょう。

The Sources of Social Power, Vol. 1: A History of Power from the Beginning to A. D. 1760, Cambridge University Press, 1986.(邦訳、森本醇・君塚直隆訳『ソーシャル・パワー――社会的な<力>の世界歴史』1巻、NTT出版、2002年)

The Sources of Social Power, Vol. 2: The Rise of Classes and Nation-States, 1760-1914, Cambridge University Press, 1993.(邦訳、森本醇・君塚直隆訳『ソーシャル・パワー――社会的な<力>の世界歴史』上下巻、NTT出版、2005年)

The Sources of Social Power vol. 3: Global empires and revolution, 1890-1945, Cambridge University Press, 2012.(邦訳なし)
The Sources of Social Power vol. 4: Globalizations, 1945-2011, Cambridge University Press, 2013.(邦訳なし)

戦争遂行能力の違い

3冊目の文献『強制、資本、ヨーロッパ諸国(Coercion, Capital, and European States)』の著者であるティリーは近代国家の成立にとって戦争がいかに重要であったかを強く主張してきました。1490年の時点でヨーロッパには500種類を超える統治機構が存在しており、その中には近代国家とは本質的に異なる非国家主体も含まれていました。ところが1900年代になると、ヨーロッパの政治地図は30カ国ほどの独立国家で埋め尽くされるようになったのです。

ティリーはこのような淘汰が起きた理由を説明するために、戦争の適応性を問題としています。ティリーの視点から見れば、近代国家は軍隊が発揮する強制力と資金調達の能力を兼ね備えており、戦争遂行において強さを発揮することができます。もちろん、中世ヨーロッパに見られた自由都市や教会もそのような機能を持っていないわけではありませんでしたが、国家主体の行財政能力は非国家主体を戦争で圧倒し、勢力を拡大しやすかったと考えられます。

Tilly, C., 1992. Coercion, Capital, and European States, AD 990-1992. Wiley-Blackwell.

この文献については過去の記事でも紹介したことがあるので、興味がある方は、そちらもご確認ください。

軍事革命の比較

4冊目は軍事革命の議論と関連付けることで、近代国家の成立を促進した要因をより明確に特定しようとしています。もともと軍事革命という言葉には、戦争における軍隊の改革が政治的な影響を及ぼすことを念頭に置いて使われてきたので、『軍事革命と政治変動(The Military Revolution and Political Change)』で示された考え方はそれほど新しいものとは言えません。しかし、議論の組み立て方で軍事改革と政治改革の関係を以前よりも明確かつ正確に描き出していることは高く評価できます。

中世末期のヨーロッパでは、一国の支配者といえども国内の貴族の同意がなくては無制限に資源を動員することは許されていませんでした。そのため、国内政治の処置を誤ると、軍事的な脅威に対処することができなくなる恐れがありました。ポーランドのように他国に屈服してしまう国もありましたが、フランスやプロイセンのように官僚制を発達させることで、より効率的に資源動員ができるようになる国も出現しました。

この著作では6カ国の事例が比較されていますが、興味深いのは最後に取り上げられたオランダの事例です。オランダは海上貿易が発達した共和国であり、その政治制度は当時としては非常に民主的、立憲的なものでした。その制度を通じて富を動員することができたからこそ、オランダはスペインとの戦争で独特な軍制改革を推進し、軍事革命の先駆者になれたと考えられています。

Downing, B., 2020. The Military Revolution and Political Change: Origins of Democracy and Autocracy in Early Modern Europe. Princeton University Press.

数理的モデルを使った分析

最後に取り上げるフィリップ・ホフマンの著作『なぜヨーロッパは世界を征服したか?(Why did Europe Conquer the World?)』はこれまでに示した研究文献とは異なる数理的モデルのアプローチで近代国家の成立を説明しようとしています。ホフマンは近代国家の優位があったからこそヨーロッパが世界各地で勢力を拡大することができたことに注目しました。

ホフマンの仕事はティリーの仕事を別の視点で捉え直したもののようにも思えます。なぜなら、この著作ではヨーロッパは長引く戦争の時代を通じて、トーナメントが行われている状態にあり、軍事的能力を発揮するのに適していない勢力は速やかに淘汰され、残った勢力は経験を積み、組織的に戦争を学習するプロセスが常に働いていた説明されているためです。ホフマンはこのプロセスは中世にすでに始まっていた可能性が高いことを指摘しており、一般的に考えられている以上にヨーロッパの近代化は早くから始まっていた可能性が高いと主張しています。

Hoffman, P.T., 2015. Why Did Europe Conquer the World? Princeton University Press.

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