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論文紹介 民主的な先進国は消耗戦略より機動戦略を選ぶ傾向が強い

国家はそれぞれの国内外の状況を踏まえて最適な戦略を選ぼうとします。そのため、国によって戦略の内容はさまざまであり、厳密な意味で同じものは一つとしてありません。しかし、時期や地域が異なっていても、ある程度の条件の一致があれば、選択する戦略の方向性、傾向性にも類似性が出てくるはずです。このことを定量的アプローチで明らかにしたのがDan ReiterとCurtis Meekの論文「軍事戦略の決定要因:1903~1994(Determinants of Military Strategy, 1903–1994)」です。

Dan Reiter, Curtis Meek, Determinants of Military Strategy, 1903–1994: A Quantitative Empirical Test, International Studies Quarterly, Volume 43, Issue 2, June 1999, pp. 363–387, https://doi.org/10.1111/0020-8833.00124

この研究の目的は、戦略、特に軍事戦略の選択に影響を及ぼす要因を特定することです。戦略には無数の形態がありますが、議論を単純化するために著者らは機動戦略、消耗戦略、懲罰戦略という3つの類型を使っています。

機動戦略は文字通り機動に依拠した戦略であり、戦域における作戦行動に大きな縦深があることが特徴です。攻勢においては敵の防御線を越えて後方地域に深く入り込み、敵の部隊を基地、後方連絡船、指揮所から切り離します。消耗戦略は敵を撃破することに依拠した戦略であり、機動よりも部隊の規模で敵に優越することを重視しています。

最後の懲罰戦略は時間をかけて敵の戦意を低下させる戦略であり、政経中枢に対する戦略爆撃や非正規戦部隊によるゲリラ戦がこれに属しています。戦闘効率が優れているとされるのは機動戦略ですが、20世紀の戦史で機動戦略を実際に採用した国家は少数であることが分かっており、なぜあえて非効率な戦略を国家が採用しているのかを説明することが研究の課題とされてきました。

国家が戦略を選択する方法を説明する理論には複数の系統があると著者らは述べています。一つはリアリズムであり、これによれば国家が自らの軍事的能力を最大限に発揮できる戦略を選択するはずであり、軍事戦略に関しては自国の地理上の特性を踏まえて最適なものを選択すると説明します。例えば、起伏が乏しく平坦な地形で交戦する国家は、機動戦略を優先的に選択すると考えられます。

あるいは、強い脅威に晒されている国家は、機動戦略を採用しやすいとも考えられます。ただ、機動戦略を実行するためには、機械化された部隊を編成しなければならないので、工業化が進んだ国家の方が選択しやすいでしょう。装備だけでなく、人員も高度な教育訓練を受けていなければならないため、そのような人材を調達しやすい国家も機動戦略を選択する公算が高いと考えられます。

国家の戦略上の選択を説明するもう一つの理論は国内の政治体制を重視しています。一般的に政治体制が民主主義的であるほど、政治家は国内で非難されることを避けるために、致命的な敗北を避けようとします。民主主義においては政治家は軍部のクーデターを恐れる必要はなく、政治的な監視のために彼らの業務を不必要に制限する必要がないことも機動戦略の採用を容易にします。

しかし、体制が権威主義的であれば、政治家は説明責任を負わないため、敗北によって生じる人的、物的損失に対して無責任となります。また、権威主義の政治家は民衆の非難よりも軍部のクーデターをはるかに恐れているために、軍隊に対する政治統制を強め、戦闘効率を低下させる傾向があります。したがって、この理論の観点から見れば民主主義の国であるほど機動戦略を選択しやすいと考えられます。

これらの理論的説明の妥当性を検証するために、著者らは1903年から1994年までに存在した国々がどのような軍事戦略を選択していたのかをコード化し、地形、経済発展、政治体制などの条件を組み合わせた統計的分析を行いました。その結果、民主的な体制を持ち、かつ工業化が進んだ先進国において、機動戦略を選択する傾向が強いことが確認されました。

この傾向は過去に戦争の経験がある場合に特に強く、組織的学習によって機動戦略を選択しやすくなることが分かりました。外部から脅威が及んでいる程度や、地形の効果、兵士一人当たりに対する軍事支出の水準の影響も分析されていますが、これらが戦略の選択と関連があるとは認められませんでした。軍部が予算の編成や政策の選択で大きな影響力を発揮できる軍事政権の国家で機動戦略を採用する傾向がないことは軍部に特定の戦略的選好があるという見方に反するものです。

この研究は戦略の選択に影響を及ぼす要因を定量的アプローチで特定しようとする試みとして重要です。しかし、著者らが戦略を類型化する方法には大きな疑問が残っています。そもそも、機動戦略、消耗戦略、懲罰戦略という類型化はStam(1996)によって使用されたものですが、その区分の基準はそれほど厳密なものではなく、著者らの分類が個別の事例を詳しく検討すると、それほど妥当ではない可能性があります。

また機動戦略が最も高効率な軍事戦略であると著者らは考えていますが、機械化が進んだ軍隊は非正規戦争で不利な場合も多いことが分かっているので、この点についても読者は注意を払う必要があると思います(例えば、論文紹介 なぜ機械化された正規軍で反乱軍を鎮圧することが難しいのか?を参照)。

著者らの分析には限界もありますが、軍事戦略の選択が軍事的効率という観点ではなく、自国の政治体制の特性に応じて選択されている可能性があることを示したことには意義があります。特に脅威の程度によって戦略が左右されるわけではないという知見は、国際政治よりも国内政治の方が戦略の形成にとって重要であることを示唆しています。

見出し画像: U.S. Department of Defense

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