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現代の陸軍の新しい組織構造を大胆に提案したBreaking the Phalanx(1997)の紹介

1990年代に発表された陸上戦の研究成果の中で、特に注目された著作の一つにアメリカ陸軍軍人ダグラス・マクレガー(Douglas A. Macgregor)が発表した『ファランクスを撃破する(Breaking the Phalanx)』(1997)があります。マクレガーは1991年に湾岸戦争で起きた73イースティングの戦闘(Battle of 73 Easting)で戦車部隊を指揮しており、機動戦に深い理解を持つ専門家です。

彼の『ファランクスを撃破する』は、独自の機動戦の考え方に基づき、アメリカ陸軍の組織と運用を大胆に変革することを提案した著作であり、学説史としては情報通信技術の発達を背景に議論が盛んだった軍事における革命(Revolution in Military Affairs, RMA)を陸軍の分野で応用することを呼び掛けた研究と位置付けることもできるでしょう。

Macgregor, D. A. (1997). Breaking the Phalanx: A New Design for Landpower in the 21st Century, Westport: Praeger.

1990年代の情報通信技術の発達で陸軍は従来より迅速かつ正確に情報をやり取りし、部隊を機動的に運用できるようになっていましたが、著者は旧態依然とした陸軍の組織構造と運用思想が、技術革新の効果を損なっていると考えました。著者の議論の出発点となっているのは、アメリカ陸軍が作戦行動の基本単位として師団を重視していることに対する批判であるため、まず師団という編制部隊の特性に関して簡単に説明しておくことにします。

師団とは、陸軍の編制部隊の一種であり、戦闘部隊、戦闘支援部隊、後方支援部隊を有機的に組み合わせた諸職種連合部隊です。諸職種連合部隊であることで、師団は独立的に一正面を担当することができます。師団より小さな規模に抑えられた編制部隊として旅団がありますが、著者は、アメリカ陸軍が作戦遂行の基本的な単位として師団を重視していることを次のように述べています。

「今日における陸軍の考え方では、今でも師団が訓練されており、戦いにおいて支配的な組織であり、これがチームとして訓練され、戦いを遂行している。現在の陸軍には機甲師団、機械化歩兵師団、歩兵師団、空挺師団、空中強襲師団の5種類がある。師団は自己完結的な部隊であり、ある程度の長期にわたって独立的に作戦を遂行することができる。通常であれば、3個から5個の師団からなる軍団の一部として戦い、師団の指揮は少将の階級にある者がとる。その結果、師団の諸職種連合部隊は、今でも陸軍の戦争遂行の組織および教義の中核である」

Macgregor 1997: 62

師団の詳しい構造について述べておくと、まず師団全体の指揮を担う師団司令部があり、これが師団長の指揮統制の中枢を担います。師団長の指揮に従って戦闘を実際に遂行する隷下の機動打撃部隊として、歩兵旅団または機械化歩兵旅団が3個あります。これら機動打撃部隊を支援するために戦闘支援職種の部隊があり、前線の後方から火力で支援する砲兵旅団と、空中で火力支援、輸送支援を担当する戦闘航空旅団、さらに戦闘工兵隊があります。師団の後方支援部隊である師団段列は、師団支援コマンド(division support command, DISCOM)という部隊としてまとめられており、補給品を戦闘部隊に届け、衛生や整備といった機能も担います。さらに細かく見ると、偵察や警戒、通信、情報、防空などの機能を担う部隊も組み込まれており、総員1万7000名ほどの規模になります。

著者がこの師団に関して問題視しているのは、師団に特有の階層の多さであり、「現在の師団の構造は新しい戦闘遂行の仕組みが持つ価値を制限している」と著者は批判しています(Ibid.: 66)。師団はあまりにも規模が大きすぎるため、作戦行動のテンポも遅すぎると著者は考えていました。このような遅さは、複数の師団を動かすため、さらに上級部隊の軍団が出てくると、さらに深刻なものとなり、海軍、空軍などとの統合作戦の場面で特に顕著になると考えられています。

統合作戦(joint operation)は陸軍、海軍、空軍といった軍種の境界を越えて遂行される作戦であり、現代の作戦のほとんどは統合作戦として遂行されます。統合作戦を遂行しようとする場合は、その時々の状況、つまり任務、敵情、地形などを考慮した統合任務部隊(Joint Task Force, JTF)がそのつど編成されるのですが、統合任務部隊は一から編成されるわけではありません。既存の編制部隊を基礎にして、その編制部隊が使うC4ISR、すなわち指揮(command)、統制(control)、通信(communication)、コンピューター(computer)、情報(intelligence)、監視(surveillance)、偵察(reconnaissance)の組織をそのまま他の軍種の編制部隊と接続して使用します。

アメリカ軍では陸軍が統合任務部隊の主体となる場合が多く、必然的に陸軍の編制部隊である軍団と師団のC4ISRが統合任務部隊のC4ISRの基幹をなしてきました。しかし、このような大単位の部隊を動かすことを前提としたC4ISRでは、海軍、空軍、海兵隊との統合作戦を遂行する際には適当ではないと著者は批判しています(Ibid.: 71)。著者の提案を簡潔に述べると、それは最新の情報通信技術を導入することで、師団の組織階層を大幅に圧縮し、それを戦闘群(combat group)に置き換えるということです(Ibid.: 74)。戦闘群はより短い意思決定のサイクルで動くことができるように設計されています。また、その機能に応じて4種類の戦闘群を編成部隊として設定しています。その規模はおおむね4,000名から5,000名です。これは旅団の規模に近い部隊です。

著者が提案した戦闘群の編成を明らかにするために、重戦闘群(heavy combat group)という戦闘群の一類型に注目してみます。この部隊は攻勢作戦、防勢作戦を含む機動打撃が可能な戦闘群として設計されており、次のように定数が定められています。

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