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論文紹介 世界経済の相互依存が生み出す政治的な圧力:SWIFTの事例

長らく国際政治学では、国際貿易を通じて経済的相互依存が広がると、国家間の友好関係が促され、平和の維持が容易になると考えられてきました。しかし、最近の研究では経済的相互依存が必ずしも友好関係を育むとは限らないことが分かっており、むしろ経済制裁を通じて他国に強制力を行使する手段となることが明らかにされつつあります。

この記事では、経済制裁に関する国際政治学の研究動向を紹介した上で、国際決済システムを担う国際銀行間通信協会(SWIFT: Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)を取り上げ、アメリカの経済制裁において、この組織がどのような役割を果たしているのかを紹介してみたいと思います。

グローバル化で有効性が高まった経済制裁

経済的相互依存が多国間に広がり、複合的相互依存(complex interdependence)が形成されたならば、国際社会の平和と安定が強化されるという理論は、ロバート・コヘイン(Robert Keohane)とジョセフ・ナイ(Joseph Nye)の著作『パワーと相互依存(Power and Interdependence)』(初版1977年)で提案されました。

この理論によれば、特定国から輸入する財やサービスに依存する国家は、別の国から代わりの財やサービスを輸入することができない場合、大きな脆弱性を持っています。ただ、コヘインとナイはグローバル化が深まれば、経済的相互依存関係が二国間だけでなく、多国間で形成されるようになると考えられるので、すべての国家が何らかの形で脆弱性を抱えるようになると予測しました。その結果として、強制力を行使できなくなるはずだと複合的相互依存論では想定されています

この理論は多くの支持を集め、グローバル化によって国家間の勢力関係の優劣がなくなり、どのような国家も協調的に行動するように促すはずだという確信を裏付けてきました。しかし、一部の研究者はこの理論が間違っており、グローバル化が進めば、ますます特定の国家が優位に立ちやすくなると主張しています。

ヘンリー・ファレル(Henry Farrell)とエイブラハム・ニューマン(Abraham L. Newman)は、「武器化される相互依存:いかにグローバル経済は国家の強制行動を形作るか(Weaponized Interdependence: How Global Economic Shape State Coercion)」(2019)で、複合的相互依存論に対する批判を加えた上で、グローバル化によって国際社会の勢力関係はますます一極集中化すると予測を立てています。彼らの見解によれば、複合的相互依存が広がれば広がるほど、世界経済で中心的な地位にある大国が任意に設定した国際貿易や国際金融のルールに他国を従わせやすくなり、それを政治的に操作することもできます。

SWIFTへの統制を強めるアメリカ

著者らは複合的相互依存が一極集中をもたらすことを示す事例としてSWIFTの事例を取り上げています。

国際決済は国内決済とは異なり一つの通貨で済ませることができません。例えば、国際貿易で売主が買主に貨物を引き渡そうとする場合、代金を受け取る売主が、買主を支払人とする為替手形を振出し、銀行を通じて代金を回収する(1)取立方式か、為替銀行を通じて買主が売主に所定の金額を送金する(2)送金方式のいずれかを選択することになります。いずれの方式を選択するにしても、銀行を介した国際決済が必要となります。SWIFTはこの国際決済に使用する通信サービスを担っています

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