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論文紹介 戦争で国民が動員されると、富裕層への課税が強化されやすい

累進課税は所得の多さに応じた税率を納税者に適用し、納税の負担をより公平な形にするように設計された税制の一種です。これは19世紀以降にヨーロッパ列強で民主主義が普及し、労働者を基盤とする政党が勢力を拡大したことで導入が進んだと一般的には考えられています。しかし、戦争で国民の軍事的動員が進むことの方が、はるかに累進課税を強化しやすいと主張する研究者もいます。

Scheve, K., & Stasavage, D. (2010). The Conscription of Wealth: Mass Warfare and the Demand for Progressive Taxation. International Organization, 64(4), 529-561. doi:10.1017/S0020818310000226

累進課税は所得が大きくなるほど負担が大きくなるように設計されている税制です。つまり、高所得者には非常に不利な税制であり、自分の資産を守りたいならば導入に反対する方が合理的であると言えます。しかし、戦争で大規模な動員が行われると、国民の間で累進課税を求める声が高まり、政界も戦費の調達のために富裕層への課税を強化せざるを得なくなることが多かったと著者は論じています。

累進課税をめぐる論争は第一次世界大戦が勃発する前からヨーロッパでありました。イギリスのデヴィッド・ロイド・ジョージ首相は所得税の税率に累進性を持たせ、納税者が高所得になればなるほど適用税率を高めていくことを1909年に初めて提案しました。この新たな税制に対する風当たりは非常に強く、主要なメディアで「とんでもない財政システムだ」と酷評されました(p. 538)。しかし、1914年に第一次世界大戦が勃発すると、累進性を持つ所得税は国防予算の急増に対応する上で不可欠なものとなり、交戦国を中心に続々と導入されました。

高所得者に戦費の負担が集中したことは、戦争史の観点から見ても非常に新しい事象であったと言えます。イギリスでは1914年の時点で所得税の最高税率が8.33%でしたが、1920年には60%に引き上げられていました(p. 538)。高所得者に課せられる税金の増加はイギリスだけに限ったことではありません。アメリカでは戦前に7%だった所得税の最高税率が77%に引き上げています。カナダでは1917年に所得税が設けられ、戦争が終わるまでに21.9%から72.5%に最高税率を引き上げました(p. 539)。1915年の時点でフランスは所得税の最高税率を2%にしていましたが、1919年までに50%に引き上げました(Ibid.)。これらの最高税率は基本的に数百名程度のごく少数の富裕層に適用されています。

調査によれば、高所得者に対する課税を求める声は、徴兵制と関係がありました。徴兵は低所得者の間で高所得者に対する課税を強化することを求める政治的な機運を高める効果があったと著者は述べています。軍事的に動員された人々は政治意識を強く持つだけでなく、富裕層に対する不公平感を強める傾向があるためです。もちろん、イギリスをはじめ多くの国で高所得者が志願して軍務についていたので、このような見方は必ずしも厳密に正しかったわけではありません。しかし、戦争が長期化し、損耗が累積するにつれて、世論は高所得者だけが戦争で利潤を得ているのではないかという疑惑を持つようになりました。

開戦当初は戦費の調達で高所得者への課税強化に頼るべきではないと主張していた国でも、次第に方針が転換されました。例えばカナダは第一次世界大戦が勃発した時点で所得税を設けていませんでした。ロバート・ボーデン首相は保守党を率いており、労働者を支持基盤とする労働党と対立していました。それにもかかわらず、戦争が続くにつれて課税の強化を求める声に屈せざるを得なくなり、1917年に自らが反対してきた所得税を導入することを余儀なくされています。

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