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論文紹介 英国のジョンソン首相が2019年の総選挙で勝利できた理由とは?

近年、ヨーロッパ各国では中道的、穏健な右派に対し、急進的、過激な右派が勢力を拡大する傾向を見せています。彼らは移民の受け入れを制限し、欧州連合(EU)の地域統合政策に反対する立場をとっており、イギリス政治ではイギリス独立党(UK Independence Party)や、かつてのブレグジット党(Brexit Party)、現在のリフォームUK(Reform UK)がこの層から支持を集めてきました。イギリスで中道的、穏健な右派を基盤としてきた保守党(Conservative and Unionist Party)はこれらの党と対立する関係にありました。

しかし、2019年にボリス・ジョンソン(Boris Johnson)が保守党の党首に就任すると、保守党はむしろ急進右派の票を積極的に狙う路線に切り替えてきました。このことが2019年の総選挙で勝利を収めることができた大きな要因であったと考えられています。

オックスフォード大学ナフィールドカレッジのEvans氏、Green氏、リーディング大学のde Geus氏が2021年に発表した「ボリス・ジョンソンに救われたのか? 2019年総選挙で保守党が急進右派の票を勝ち取った方法」と題する論文で、この選挙戦略の効果が分析されています。

Evans, G., De Geus, R., & Green, J. (2021). Boris Johnson to the Rescue? How the Conservatives Won the Radical-Right Vote in the 2019 General Election. Political Studies, 00323217211051191

選挙で勝つためには、多くの票を集めることが求められることは当然ですが、そのためには得票が見込める政治的立場を見極め、党の路線を調整しなければなりません。このときに、あまりにも大胆な路線の変更を行うと、既存の支持層を失うリスクがあることを考慮しなければなりません。

イギリス社会の右派の内部では、EUが推進する地域統合のあり方や、移民の受け入れをめぐって中道右派と急進右派が対立し、長年にわたり論争が起きていました。保守党は中道右派の有権者の支持を優先する路線を採用してきたので、保守党を見限った急進右派の有権者はイギリス独立党やブレグジット党の支持に流れたと見られています。この流出は決して小規模なものとはいえません。

例えば、2014年にEUの下院の議席配分を決定する欧州議会議員選挙では、イギリス独立党が26.6%の票を獲得しています。2015年のイギリス下院の総選挙における得票率は12.6%にとどまっており、EUからイギリスが離脱することを決めた2016年の国民投票の後で実施された2017年の総選挙でイギリス独立党の得票率は2%に満たない水準に落ち込んでいますが、同時期にブレグジット党が勢力を拡大しており、2019年の欧州議会議員選挙では結党から数か月で支持を広げ、39.5%の得票を記録しました。これらの数値は、イギリス社会における急進右派の有権者の規模がどれほど大きなものであるかを示しています。

著者らは、イギリスにおける急進右派の属性や選好を定量的に分析していますが、この記事で着目したいのは2019年に保守党の党首に就任したジョンソンの選挙戦略に関する分析です。ジョンソンの戦略で注目すべき特徴は、イギリス独立党やブレグジット党を支持していた急進右派の有権者を惹きつけたことでした。政治学的に興味深いのは、ジョンソンがこれを短期間で成し遂げていることです。2019年7月に前任者のテリーザ・メイから党首の座を引き継いでから、同年12月に総選挙が実施されるまでの時間は半年に満たない短さでした。

著者らは、2016年6月の欧州議会議員選挙の直後に行われた社会調査で総選挙における投票先を調査した結果と、2019年12月に総選挙の後で行われた投票先を調査した結果を比較することによって、イギリスの有権者の投票先がどのような要因で変化していたのかを分析しました。総選挙で保守党に投票先を変えたブレグジット党の支持者に着目すると、彼らの投票行動はジョンソン個人に対する評価によって強く影響を受けていることが分かってきました。

「ジョンソン効果はいずれのモデルにおいても極めて強いもので、たとえブレグジットに対する考え方を示している変数を追加して分析したとしても、極めてわずかな程度にしか減少しない。(ブレグジットをめぐる)2度目の国民投票を希望しているかどうかは、保守党への投票先の切り替えに大きな影響を及ぼしているが、ボリス・ジョンソン効果は依然として非常に大きく、しかも2度目の国民投票を希望するかどうかという効果より顕著に大きい上に、標準誤差はより小さい」

著者らが計算したところ、2019年6月の時点でブレグジット党に投票するつもりだと答えた有権者のうち、少なくとも82.5%が保守党に投票先を切り替えたと考えられます。彼らはジョンソンを以前から保守党の穏健派と距離を置き、急進右派の立場をとる好ましい政治家と見なしていました。さらに、イギリスの小選挙区制の下で小政党は大政党に勝つ見込みが小さいことから、有権者の票が大政党に流れやすいという傾向もあり、大規模な動員に繋がったと考えられます。

もちろん、2019年の総選挙では左派の間でも対立が生じており、左派の主要政党である労働党の勢いを削いだことも指摘されているので、一つの要因だけで保守党の勝利を説明すべきではありませんが、ジョンソンの急進右派を取り込む融和戦略(accommodation strategy)の効果が定量的に捕捉されています。もちろん、著者らはこの戦略で保守党が中道右派に対する訴求力を低下させていることも指摘しています。急進右派の支持を獲得することができたことは、保守党の党内を政治的に分断する危険があるため、「資産というよりも、負債になる可能性がある」と述べられています。

2022年7月7日にジョンソンは党首を辞任せざるを得なくなり、7月12日に党首選が始まっています。保守党に属する議員が複数回にわたって投票を行い、決選投票で争う2人の候補を絞り込みます。そのうえで全国の党員が郵便投票を行い、その勝者が党首に就任することになります。誰が党首になるかによって、保守党の支持者の投票行動は変化するでしょうし、次の総選挙の結果にも影響が及ぶことになるでしょう。

見出し画像:U.K. Prime Minister

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