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論文紹介 政治家が暗殺されると、その国の政治にどのような影響が生じるのか?

7月8日、安倍晋三元首相が奈良市で選挙演説中に銃撃され、亡くなりました。まだ警察の捜査が始まったばかりであるため、事件の全貌は明らかではありませんが、このような形で総理経験者が暗殺されたのは現行憲法の下では初めてのことであり、その政治的影響について不安を感じる方々が出てくることは当然のことです。しかし、私は今回の事件で政治的混乱が広がるとは思っていません。

ペンシルベニア州立大学のZarab IqbalとChristopher Zornは「暗殺の政治的効果(The Political Consequences of Assassination)」(2008)という論文で、暗殺がもたらす政治的混乱の効果が政治制度の種類に左右される性質があることを明らかにしています。

Iqbal, Z., & Zorn, C. (2008). The political consequences of assassination. Journal of Conflict Resolution, 52(3), 385-400. https://doi.org/10.1177/0022002707310855

暗殺(assassination)とは、政治的影響力を持った人物を暴力によって殺害することをいいます。通常、政治的目的を達成するために行われますが、広義に解釈するのであれば、政界だけでなく、財界や軍部など要人の殺害全般に使うこともあります。

一般に注目されるのは、政界でも指導的な立場に立つ政治家の暗殺であり、特に政権の交代を余儀なくされるような場合には、混乱や危機に繋がる恐れがあるとされています。ただ、この論文の著者らは暗殺の効果が無条件に混乱や危機に繋がるという見方をとることに反対しています。

確かに現体制の指導者が突如として暗殺されたならば、現体制に不満を抱いている集団、派閥、個人が政治活動を活発にすると考えられるので、暴力のエスカレーションが促されるリスクは高まります。

ただし、権力の継承が憲法や法令によって制度化されており、現体制の持続性に対する国民の不安が解消される場合、暗殺の効果は著しく弱化するはずだと著者らは主張しました。暴力的手段が行使されても、非暴力的手段によって政治家の権力が継承される場合、暗殺の効果は抑制されるのです。

この説の妥当性を検証するために、著者らは定量的アプローチを使った分析を行っています。自身で作成した暗殺の有無に関するデータを使って、在任中の国家指導者が暗殺された事件と、その国家の政治的安定性との関係を回帰分析という方法で調べました。

この際に、指導者の権力が規則的に継承されている場合と、そうでない場合でどのような違いが生じるのかを考慮しています。その結果、著者らは暗殺は社会の政治的混乱を増大させる効果があるものの、その効果が顕著に現れるのは、権力の継承に関する規則が十分に制度化されていない国家だけであることが分かりました。

暗殺やそれに類する政治的暴力の影響に関しては、まだ分かっていないことも多くあるのですが、暗殺によって生じた混乱を政治制度で定められた手続きによって抑制できることは、研究者の間でほとんど異論が出ないと思います。今回の暗殺事件に関しても、日本の政治状況を決定的に不安定化させることはなく、所定の手続きに従って補欠選挙が行われ、次の国会議員が補充されるはずです。

もちろん、これは凶悪な殺人事件であるため、このような事件が今後さらに増加する兆候があるならば、積極的に必要な対策を講じるべきでしょう。そのためにも、今回の事件に関する捜査が進展し、その実態が十分に解明されることが公共の利益にかなうはずです。

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