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論文紹介 戦争の現実味が増すほど、人は合理的な判断ができなくなる

国際政治学の理論的研究では、合理的な行為主体がそれぞれの利益を最大化できる最適な戦略を選択するはずだと想定することが一般的になっていますが、戦争の歴史は、このような理論が通用する状況ばかりではなく、むしろ通用しない場合の方が多いことを示しています。

以下の論文の著者らもこの問題に取り組んでおり、戦争が差し迫った状況に置かれると、人々は合理的選択理論で予測できない判断を下すようになると指摘し、その理由を人間の心理的メカニズムで説明できると主張しています。

Johnson, D. D. P., & Tierney, D. (2011). The Rubicon Theory of War: How the Path to Conflict Reaches the Point of No Return. International Security, 36(1), 7–40. doi:10.1162/isec_a_00043

戦争が間近になると、人は自信過剰になる

この論文で著者らは第二次世界大戦が勃発する前年の1938年にフランスの政府首脳部が隣国のドイツの再軍備をどのように認識していたのかを紹介しています。それによると、フランスの首脳部は戦争が差し迫った状況になってくるにつれて、フランス軍の勝利は間違いないと誰もが確信していましたが、戦争を避けることができるという楽観論が広がると、フランス軍の勝利を危ぶみ、疑う声が聞かれるようになったとされています。ほとんど同じ情報に接している人々が、戦争の可能性によって状況判断を大きく変えていることは、合理的選択理論では想定されていない事態です

同じようなことは、エリートだけではなく、民衆の戦争観にも見られます。湾岸戦争が勃発した直後の1990年の秋にアメリカで世論調査を行うと、アメリカとイラクの戦争が短期間で終わると予測した人の割合はおよそ60%で、長期間にわたって継続すると予測する人はおよそ35%だったと報告されています。しかし、アメリカ軍がイラク軍に対する攻勢作戦を開始した直後の1991年1月16日には83%のアメリカ国民が短期終結を予測し、長期戦を予測した人は13%にすぎませんでした。2003年のイラク戦争でも同じパターンで世論が変化しており、戦争の現実味が高まるほど、人々は自分にとって都合よく情報を解釈する傾向を強める心理が働くのではないかと著者らは考えました。

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