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権威主義国家の権力闘争を疑似体験する教育ゲーム「パワープレイ」のプレイ記録

「パワープレイ」は権威主義体制の下で独裁者として、軍人として、あるいは労働者として、自らの利益を最大化することを目指す政治学教育のためのゲームです。

このゲームでは独裁者は労働者に課税し、軍人に分配しながら自らの利益を確保しなければなりませんが、数多くの労働者が反乱に参加することで独裁者は追放されるリスクがあります。そのため独裁者は軍人を使って労働者の反乱を抑圧しなければなりませんが、軍人も独裁者に常に忠実であるとは限らず、労働者に味方して次の独裁者の地位を狙うことも可能です。

政治学者によって設計されたゲーム・ルールであり、その詳細についてはこちらの有料記事でまとめています。

今回の記事は「パワープレイ」の教育効果を紹介するプレイレビューです。プレイヤーの人数は大学教員1名と学部生の15名で、ゲームの進行を管理する統裁者2名(うち1名は学生)、独裁者1名、軍人3名、労働者10名の構成で、1時間かけて5ターンをプレイしました。プレイの後でどのような所感が寄せられたのかも含めて解説してみたいと思います。

ゲームの準備

このゲームを開始する前に、政治システムが異なると、政治家が権力を掌握するための戦略も大きく異なってくることを説明します。民主主義では選挙において当選できるだけ多数の有権者を動員することが重要ですが、権威主義においては内乱やクーデターを武力で封じ込めることが重要です。

つまり、権威主義では政権の安定が軍隊、警察、治安機関の忠誠と能力に依存する度合いが大きいため、政治家は彼らに優先的に資源を配分することが必要になってきます。その資源を調達するためには、政治家は労働者に可能な限り重い税を課すべきなのですが、その程度は労働者が軍隊でも抑圧できないほど大規模に反抗しない限度でとどめておきます。

このような権威主義の政治的原則を共有した上で、ランダムに独裁者と軍人を選出します。独裁者、軍人、労働者はそれぞれ別々のグループとなって着席し、独裁者となったプレイヤーは最初の予算案を作成して発表しました。

ゲームの進行

初代独裁者となったSSさんは寡黙で思慮深いプレイヤーでした。その行動を観察していると、労働者のプレイヤーとはまったく交渉する様子がなく、軍人とだけ交渉していました。このターンの労働者のプレイヤーの間では交渉はあまり活発ではなく、独裁者の動きを見守る構えでした。ごく一部の労働者は最初のうちから反乱に参加すべきかどうかの話し合いを始めていました。

今回のゲームでは労働者が10名いるため、その全員が生産を選択すれば100ドルの収入が発生します。SSさんは独裁者の権限でそのうちの60ドルを税金として徴収できるので、その半分の30ドルを自分の収入にして、残りの30ドルを軍人3名に配分することで忠誠を誓わせようとしていました。軍人は1名あたり10ドルの収入が期待できる計算です。もちろん、労働者が反乱を起こした場合の計算は変わってきますが、独裁者のSSさんは軍人のプレイヤーがどのような考え方の持ち主であるかを探っているようでした。

第1ターンの結果は以下の通りでした。

独裁者:支配
軍人:抑圧3名・脱走0名
労働者:生産7名・反乱3名

軍人1名が抑圧に動くと、労働者3名までの反乱を無効にできるため、このターンで独裁者は無事に支配に成功しました。7名しか生産していないので、収入は70ドルしかありません。軍人はやや取り分を減らしたことに不満を感じていたようですが、独裁者のSSさんにとってはおおむね想定通りの動きだったようです。

ここでSSさんは反乱を起こすことが無謀な試みであることを労働者に認識するように呼びかけ、軍人との交渉を引き続き行っていました。この時に反乱に参加した労働者は収入が0なので落ち込んでおり、他の労働者は確実に収入を得られたことに安心しているようでした。このような雰囲気があったので、第2ターンで労働者は非常におとなしい反応を示しました。反乱を起こす労働者が1名も出てこなかったのです。

独裁者:支配
軍人:抑圧3名・脱走0名
労働者:生産10名・反乱0名

独裁者にとっては順調であり、軍人に十分な見返りが与えられました。しかし、このターンから労働者の動きが次第に活発になりました。独裁者が多額の資金を得ている様子を見て、一部のプレイヤーが独裁者を追放するための話し合いを始めるなど、反政府運動の組織化が急速に進みました。ただ、すべての労働者のプレイヤーがその動きに参加しようとはしておらず、あくまでも体制に従順な姿勢を崩さない労働者もいました。そのため、労働者の交渉は難航しました。

その交渉を通じて労働者プレイヤーのリーダー的な存在として頭角を現したプレイヤーが、軍人3名と接触したことも見過ごせない動きでした。そのプレイヤーは他の労働者プレイヤーから持ち寄った資金を集めて買収工作をしかけていました。基本的にプレイヤーが手に入れた資金をどのように使うのかはプレイヤーに一任していましたが、彼らは少ない資金を持ち寄って反乱の資金を作ったようです。後で回収したレポートによると、SSさんはその労働者プレイヤーの動きを察知して、これ以上政権にとどまることは不可能だと判断して逃走を考えたようです。

そのため、第3ターンは次のような展開になりました。

独裁者:逃走
軍人:抑圧0名・脱走3名
労働者:生産5名・反乱5名

自分が追放されるリスクを的確に判断できたので、独裁者だったSSさんは無事に資金を保持したまま労働者の身分に戻ることができました。複数名の軍人が脱走しており、かつ労働者の反乱が有効なので、これはルールとしては民主的クーデターが起こる条件を満たしています。つまり、軍人と労働者の選挙によって次の独裁者を選ぶことになります。

選挙の結果、労働者のリーダーとして頭角を現したプレイヤーNKさんが、次期独裁者として就任することになりました。彼は快活で交渉上手なプレイヤーでした。最初にやったことは軍人の任免であり、それまで政権を支えてきた軍人3名を全員解任しました。これは軍人にとって予想しない展開だったようです。

NKさんが軍人に任命した3名は意外なプレイヤーでした。初代独裁者となったSSさん、1ターン目で反乱を起こすことを主導して失敗した労働者プレイヤー、そして軍人との交渉でNKさんをサポートしていた労働者プレイヤーの3名を選んだのです。労働者になったばかりのSSさんを軍人の身分で権力の中枢に復帰させたことは、NKさんの政治的手腕として非常に興味深いところだと思います。

第4ターンの結果は次の通りです。

独裁者:支配
軍人:抑圧3名・脱走0名
労働者:生産9名・反乱1名

このターンでNKさんはかなりの利益を上げることができたようです。元軍人の労働者3名は権力に復帰しようと画策したものの、これまで抑圧してきた労働者との折り合いが悪く交渉がうまくいかなかったようです。

このターンで興味深い動きとしては、労働者同士の裏切りが表面化したことです。後で提出されたレポートによると、このターンに1名だけ反乱に参加した労働者HYさんは、仲間だと思っていた労働者HRさんと政局について何度も話し合っていたようです。そこでHRさんは自分に軍人や労働者に仲間が大勢いるという嘘をつき、自分が独裁者になった暁にはHYさんを軍人に取り立てると約束してみせました。

軍人になりたかったHYさんは、HRさんが買収工作に必要だと説明する資金まで提供して協力していたのですが、HRさんの計画はすべてでたらめだったので、1名だけで反乱を起こす事態になったようです。反乱は失敗し、HRさんは資金を失っただけでした。

最後の第5ターンは以下の通りです。

独裁者:支配
軍人:抑圧2名・脱走1名
労働者:生産7名・反乱3名

時間がぎりぎりになるまで交渉が続きました。独裁者のNKさんは追放されるリスクを覚悟した上で、支配を選択しました。逃走してしまうと、そのターンの収益は確保できないため、賭けに出たようです。あまりにも利益が少ない労働者は体制に従うことに利点がないので、公然と反乱を呼びかけました。このターンに反乱に参加した3名のうち2名が元軍人の労働者でした。

しかし、独裁者はこのような事態を予測した上で、少なくとも現軍人2名とよく話し合った上で、これを確実に抑圧できるように努力していました。軍人1名は脱走してしまいましたが、最終的に軍人2名で3名の反乱を抑圧できたので体制を維持することに成功しました。

ゲームの結果

ゲームの成績として第1位になったのは2代目の独裁者NKさんで、最終金額は42ドルでした。第2位は初代独裁者SSさんで、最終金額は40ドルだったので、かなりの僅差だったといえます。第3位は労働者のプレイヤーで34ドルでした。彼は前半のゲームで軍人を務めていましたが、民主的クーデターで労働者の地位に転落してからは、地道に生産を続けて利益を確保したようです。

プレイヤーの平均的な最終金額は20.1ドルで、最低金額は10ドルでした。ちなみに、最低金額だったのは、第4ターンで1名だけ反乱を起こしたプレイヤーであり、かなりの金額を架空のクーデター計画のために出資してしまったようです。プレイヤーの所感をレポートにして提出してもらうと次のような内容が見られました。

「労働者の中で価値観が違うと交渉が難しくなると感じた。労働者の内部で裏切りがあったので、なかなか他人を信用することができず、反乱を起こすことにも躊躇があった」(労働者プレイヤー)
「独裁者はとても楽しかった。軍人と労働者をどこまでコントロールできるかがカギになっており、それがうまくできたと思う」(独裁者プレイヤー)
「労働者から軍人に昇格したが、自分は独裁者より軍人の方がいいと思った。独裁者になると労働者から恨まれるので、軍人として働く方が性に合っていると思った」(軍人プレイヤー)

その他のコメントを参照すると、またプレイしたいと思うプレイヤーが複数名確認できました。政治学の観点から権威主義において労働者が普通の生活を送ることの難しさを考察してくれる学生や、独裁者の暴走を防ぐためにどのようなルールを追加すべきかを考察してくれる学生もいました。

まとめ

政治学でこのような授業を行う利点の一つは、学習者が教育者が想定する以上の学びを得られる可能性があることです。このプレイレビューでも分かるように、労働者は10名という大人数で交渉を展開しなければならない関係で、なかなか一致団結することが困難でした。多くの労働者が団結する必要性を認識していながらも、そのあとの体制の在り方をめぐって意見をまとめることができず、反乱を断念することを選択していたので、軍隊をしっかりと統制できている限り、権威主義の政治システムを打倒することが難しいことを疑似的に体験できました。

また、労働者を団結させるためにリーダーシップを発揮した2代目の独裁者が、初代の独裁者を体制側に取り入れ、将来の政治的リスクを未然に防ごうとしたことは、教育者がまったく想定していない動きであり、このような事態が起きたことに多くのプレイヤーは強い印象を受けたようです。これは多くの労働者にとって裏切り行為と受け止められたようですが、2代目の独裁者はそのような不満をうまく抑え込みました。

以上の記述から「パワープレイ」がどのようなゲームであるのか、どのような教育効果が見込めるのかがお分かり頂けたのではないかと思います。権威主義のような政治体制を理解する上で抑圧が重要な支配の手段であることをプレイヤーは身をもって知るだけでなく、民衆が支配者に対して反乱を起こすための集団行動が一般的に考えられている以上に難しいことを理解してくれました。ルールを修正すれば、外国の内政干渉の影響や、労働者の産業ごとの利害対立などの教育でも活用できるのではないかと思います。

見出し画像:Group of Policemen on Horse

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