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論文紹介 中国では地方の勢力を削ぐような形で行政区画が設けられてきた

日本に47都道府県があるように、多くの国家で地方行政のための行政区画が設けられています。この行政区画は普段、それほど重要であるとは考えられていませんが、中央と地方の関係が悪化する恐れがある場合、権力者は行政区画の境界を戦略的に操作する可能性があります。

これは国家の領土を保全することを最優先に考えるのであれば、中央の勢力に対して地方の勢力が強くなりすぎないような行政区画に合理性があるためです。異民族を支配するために、あえて彼らの居住区を分断するような行政区画を設定することも分割統治の古典的な手法です。

このような対反乱戦略の観点から行政区画を選択した可能性がある例として中国の行政区画を分析した研究があります。

Sng, T. H., Chia, P. Z., Feng, C. C., & Wang, Y. C. (2018). Are China's provincial boundaries misaligned?. Applied Geography, 98, 52-65. https://doi.org/10.1016/j.apgeog.2018.07.009

地理情報システム(geographic information system, GIS)とデジタル化された標高データを使って、中国の行政区画が中央から地方に対する統制を強化できるように設計されてきたという仮説を検証した論文です。

ここで注目されているのは中国の行政区画の中で最も上位に当たる省であり、その境界である省境の歴史は13世紀にまで遡ることができます。17世紀以降に省境はそれほど変更されなくなり、今の省境に引き継がれています。

一部の研究者は以前から中国の省境が地形や水系の境界と一致しておらず、その結果として社会経済活動の妨げになっている側面があると指摘してきました。例えば、アメリカの人類学者G・ウィリアム・スキナーは、中央の権威に歯向かう力を蓄えることを防ぐために、あえて地域経済を分断するような省境が設定されてきたと主張しました。

著者らは、この仮説をより厳密な方法で検証しました。その結果、中国の省境が人為的に操作された度合いが高い地方と、そうでない地方があることが分かりました。

著者らは省境が中国大陸を南北に分断する地方で特に大きく逸脱していることを発見した、と報告しています。具体的には安徽省、江蘇省、陝西省、河南省、山西省の省境は操作によって自然境界から逸脱した程度が高く、湖北省については逸脱の程度が中程度でした。

これらの省のうち安徽省、江蘇省、陝西省、河南省には中国大陸を華北と華南に分ける淮河と秦嶺山脈がありますが、その自然境界は行政区画に反映されていません。このような行政区画を設けると、地域経済の発展を妨げる恐れがあり、例えば治水行政の効率を低下させる危険性があると指摘されています。

ヨーロッパでは特定の勢力が地域を統一することができなかったために、かえって長期的な経済成長が促されたという議論もあります。中国の王朝が設定した行政区画が淮河流域の地域経済の成長を妨げた可能性があるという著者らの議論と整合的であり、政治地理を考える上で興味深い視点であると思います。

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