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甲斐国は怪の国!山梨県のご当地怪談決定版が登場『甲州怪談』(神沼三平太)著者コメント&未収録書き下ろし+収録作より「大菩薩峠」試し読み

甲斐国は怪ノ国!
武田信玄のお膝元、美しき山々に囲まれたフルーツ王国山梨県のご当地怪談集。


あらすじ・内容

山中湖の湖上に浮かぶ白い女
白装束の亡者=七人ミサキに襲われる都留市の佐伯橋
県東部のリニアの工事現場で起きる怪事件と山に棲む猿に似た異形
昇仙峡で聞こえる不気味な呻き声
自殺志願者が迷い込む幻の樹海病院
あの世への誘い?忍野八海に現れる謎の怪婦人
武将団の魂が宿る最強スポット飯富家の墓所
車のトランクにつめた着物が濡れる花魁淵の怪現象
清里高原のペンション入口に立つ祟り地蔵
身延山久遠寺の枝垂桜の下で袖を引く童の霊
夜叉神峠で連鎖する家族の死
異界の廃村に通じる道が出現するフルーツ農園
大菩薩峠で車を取り囲む亡者の群れ

ほか、オール実話書き下ろし全32話収録!

著者コメント

甲州怪談を執筆するにあたり、神奈川県在住の著者は、たびたび山梨県にまで足を運ぶこととなった。さまざまな伝手を辿り、各地域の怪異体験を蒐集することができたが、すべての地域を網羅できた訳ではない。そこは力不足を感じるところだが、それでも山梨県をぐるりと一周する実話怪談本になったのではないかと思っている。
当然とも言えるが、樹海に関しては怪異体験の数が他よりも段違いに多かった。バランス良く収録するために、蒐集した話のうち、幾つかのものが紙幅の関係で収録することができなかった。そこで、今回はその一つをここに書き記しておこうと思う。

■鞄

 森崎さんが樹海を訪れたのは、純粋に観光目的だった。
 ただ、彼は樹海の自殺者について、少しだけ普通の人よりも興味が強いところがあった。雑誌記事などに樹海レポートなどがあれば買い集めるし、樹海の写真集なども買い集めている。だから、観光目的といっても、そっち方面に偏っているのは仕方がないところだった。
 車で到着したのは夕方になってからで、富岳風穴の駐車場に車を停めた。少し樹海を散策しても良かったが、このタイミングだと、自殺者に間違えられる可能性がある。もう少し人目を避けたかった。
 車の中で樹海レポートの写しを読み返す。
 自殺者は樹海の端から五十メートルといかないところで命を絶っていることがあるらしい。
 もし、そのご遺体と遭遇することができたら。
 年甲斐もなく心臓が高鳴った。
 簡単に見つかるわけがないだろうし、実際に日が暮れると、懐中電灯があっても奥まで足を伸ばすのは恐ろしい。
 結局、駐車場が見える範囲でうろうろするだけだった。一時間ほどして車に戻った。
 ——俺は小心者だからなぁ。
 はぁ、とため息を吐く。
 ただ、いい思い出にはなった。そろそろ自宅に帰ろう。
 国道139号線を河口湖インター方面に出て中央道か、国道358号線で甲府南インターに出るかを迷った末に、彼は後者を選んだ。しばらくは順調に走っていたが、トンネルを超えたあたりで急激に眠気が訪れた。
 ——少し休まないと危ない。
 しかし、下りの峠道で路駐するのも危険だ。必死に眠気を堪えながら運転を続け、やっと路肩にあった退避所に車を停めた。
 三十分だけ寝ようと、助手席に移り、座席を倒した。
 運転席の後部座席に何かが置かれている。
 仕事の書類かなにか置き忘れてたっけ。
 確認しようと天井のライトを点けるとそこには古ぼけた鞄と、着古した上着が丁寧に畳まれて置かれている。
 無論自分のものではない。
 誰かが置いたというのも考えられない。
鞄を手に取り、恐る恐る開くと、中にはカッターとライター、新聞、茶色のオイルらしきものの入ったボトルが入っていた。
 さらに遺書と書かれた封筒。
 完全に目が覚めた。これは持ち帰ってはいけないものだ。
 森崎さんは運転席に移動すると、すぐさま車を出して樹海に戻った。適当に車を停め、歩道から枝が絡んでいる奥へと放り投げた。


 さらに、最終話の続きになる話も取材できているが、ネタバレを避けるため、これはまた次の機会があれば公開することにしたい。

樹海 (撮影:神沼三平太)

試し読み

大菩薩峠

 ある時期、奈津子の仲間の間でのブームだったのが、高速を使わないで神奈川や山梨、静岡などの方面へ行くという〈下道ドライブ〉だった。
 特に山の中を走るのが楽しく、週末ごとに仲間同士で数台の車に分乗して出かけるのだった。
 その年の九月の休日に、友人達で山梨方面にドライブへ行こうという話になった。

 車二台で連なって地元を出発する。奈津子は後ろを走る車の助手席に乗っていた。ハンドルを握るのは隆史で後部座席には涼太が座っている。前の車の運転手は寛治だ。そちらの助手席には寛治の彼女の里香が乗っている。そもそも寛治の車はツーシーターなので他に人は乗れない。
 奥多摩から国道411号線、つまり青梅街道から大菩薩ラインをひたすら走る。奥多摩側からだと途中に花魁淵という全国区に知られた心霊スポットがある。
 花魁淵から暫く走った後で国道を逸れて県道201号線に入り、更に218号線を辿って最終的に国道20号線に合流するというルートを取る予定だった。県道201号線の途中には、大菩薩峠への登山ルートがある。
 道中花魁淵を過ぎた頃から、奈津子の乗る車内では怪談話が盛り上がった。
 運転手の隆史が、こんな話を聞いたことがあるのだと、雰囲気たっぷりに話し始めたからだ。
 彼によれば、この辺りの山では、登山道から外れると急に霧が出てきて、登山客が迷わされることがよくあるのだという。すると、背後からやたらと馴れ馴れしく話しかけてくる男が現れる。迷ったのなら、自分についてくれば登山道まで案内してやるというのだ。
 信用して一緒に歩いていると、どうも男の様子がおかしい。服装も大分古びているし、何より最近の世間の話題がまるで通じない。
 そして霧の中をとぼとぼと歩いていると、他の登山客から大声で呼び止められる。その先は崖で、あと少しで滑落するところなのだ。
 周囲に案内をしてくれた男性がいるはずだと主張するのだが、そんな男はいなかったと言われてしまう――。
 大まかに要約するならば、そんな話だったように思う。
 何故曖昧なのかというと、奈津子にとってはそれどころではなかったからだ。
 話を聞きながら車窓の景色を楽しんでいると、県道に入った辺りから、突然得も知れぬ嫌な感覚に見舞われたのだ。脂汗を掻くほどで、身体の芯から拒絶しているという感覚があった。
 ただ、彼女には原因が何なのか理解できなかった。先ほど近くを通った花魁淵でも一瞬ヒヤッとした感覚はあったのだが、今感じている異様な感覚にはまるで及ばない。
 耐えながら黙って乗っていると、ロッジを過ぎた辺りから、更に悪寒は酷くなった。
 そのとき、突然先を走る寛治の車が停まった。後ろを走っていた隆史の車も停車する。
 すると寛治が降りてきて、サイドウィンドウを下ろした隆史に小声で言った。
「前にさ。何かボロボロの服を着た人たちが歩いてて進めないんだよ」
 変な話だ。普段の寛治なら、すぐにクラクションを鳴らすところなのに、どうしてそうしないのだろう。
 そう訊くと、彼女の里香が県道に折れた途端に、カクンと寝てしまったのだという。
「そんじゃさ、俺達も様子見に行ってやるからさ」
 隆史と後部座席の涼太が車を降りて、寛治と一緒に様子を見に行った。
 奈津子は悪寒と脂汗が止まらず、何歩か歩いたが、すぐに引き返した。
「いや、誰もいなかったよ」
  涼太がすぐに戻ってきてそう報告してくれた。どうも寛治は絶対に見たと言い張っているようなのだが、見間違いだろうという結論に落ち着いたようだ。そこで次は隆史の車が先導することになったらしい。
「あいつらの車、何かおかしいのかな。確かに里香は寝てんだけど、フロントガラスに霧吹きで吹いたような水滴が付いてたんだよな。俺らの車には、そんなのないだろ」
 深い霧の中で、急に馴れ馴れしく声を掛けてくる男――。
 奈津子の耳に、周囲から鈴の音が聞こえてくる。
 程なく、奈津子はボロボロの服を着てゆらゆらと歩く数人の人影を見て思わず声を上げた。生きてる人ではない。一目でそうと分かり、隆史に向かって叫んだ。
「止まっちゃダメ! そのまま走って!!」
 隆史はその声を受けてアクセルを踏んだ。スピードを上げて暫く走り続け、見通しの良くなった所で車を止めた。
「寛治が付いてきてないんだ。アイツ大丈夫かな」
 振り返り後ろを見たが車が来る気配がない。
 暫く待っていても来ないので、仕方なくUターンして探しにいく。
 来た道を戻っていくと、先ほど奈津子がボロボロの服を着た人を見た辺りで、寛治の車が停まっているのが見えた。
 寛治のツーシーターの正面に車を停め、ドアを開けて見にいくと、車内で寛治と里香が下を向いている。特に里香はシートの上で膝を抱えており、酷い状態に見えた。
 急いで駆け寄って窓ガラスを叩くと、寛治が怯えた様子で顔を上げてドアを開けた。
 顔色が真っ青だ。
 どうしたのかと訊ねると、ボロボロの服の人に囲まれて動けなくなったのだという。
 車を揺すられたり、掌でバンバン叩かれた。
 今は少し落ち着いているが、その音で目を覚ました里香も恐慌状態に陥って、泣くわ喚くわで大変だったらしい。
 奈津子はその会話の間も悪寒が止まらず、とにかくここを離れたいと運転手二人に促した。
「あのさ、寛治、あの人たち生きてる人じゃないから、もしこの先見えても、絶対車止めちゃダメだよ。多分、今度は入ってくるよ」
 そう念押しして車に戻った。すぐにエンジンを掛け、車を連ねて塩山へ向けて走りだした。
 やはり予想通り、間もなく先ほどのボロボロの服を着た人達がゆらゆらと歩いているのが見えた。
「轢いてもいいよな?」
 隆史が訊いてきたので、奈津子は大丈夫だと声を上げた。
 アクセルを踏み込み、スピードが上がる。
 すぐ後ろから寛治の車もついてくる。
 二台は猛ダッシュでその場を走り抜けた。
 だが、件の集団が現れたのは、その一回だけではなかった。
 それは消えては現れを繰り返した。山を降りるまでの間、何度も事故を起こしそうになりながらも、必死に走り切った。

 何とか市街地まで辿り着き、最初にあったコンビニでトイレ休憩も兼ねて駐車場に車を入れた。
「俺、まだ震えてるんだけど」
 いつもは威勢のいい隆史も、流石に青い顔をしていた。
 すぐに出てくるかと思ったが、寛治と里香はなかなか車から出てこない。
 彼の車を見ると、車体の至る所に泥の手形がベタベタと付いている。
「お前の車、酷いからさ。ペットボトルの水買ってきて、ちょっと洗おうぜ」
 隆史と涼太が寛治に声を掛けたが、寛治は暫く車を降りることができなかった。

 その日は流石にそのまま高速で帰った。地元に着いてから漸く皆で一息入れることができた。食事中も、あれは一体何だったんだという話題でもちきりだった。
 だが翌日、寛治が帰り道に事故って車が廃車になり、彼自身も全身打撲で入院したという連絡が入った。しかも事故が起きたのは山梨県内で、付き合っている里香に訊いても、何も知らされていないとのことだった。一体何があったのか、誰も理解できなかった。

 最後に奈津子さんは、本人に確かめた訳ではないのだけどと言って、次のように教えてくれた。
「後で隆史から寛治のお母さんが言っていたという話を聞いただけなんですけど――。彼、大菩薩峠の山小屋に忘れ物をしたと言い残して出かけたらしいんです。でも私もそれ以来、暫く具合が悪くて寝込んでたし、寛治ともそれ以来疎遠になっちゃって。だから確認もできていないし、今でもちょっと気持ちが悪くて、私自身大菩薩峠方面にはずっと出かけていないんです――」

―了―

◎著者紹介

神沼三平太(かみぬま・さんぺいた)

神奈川県茅ヶ崎市出身。O型。髭坊主眼鏡の巨漢。大学や専門学校で非常勤講師として教鞭をとる一方で、怪異体験を幅広く蒐集する。主な著書に地元神奈川県の怪異を蒐集した『鎌倉怪談』『湘南怪談』、三行怪談千話を収録した『千粒怪談 雑穢』、『実話怪談 凄惨蒐』『実話怪談 揺籃蒐』、『実話怪談 吐気草』ほか草シリーズなど。共著に『恐怖箱 忌憑百物語』ほか「恐怖箱百式」シリーズほか、蛙坂須美との『実話怪談 虚ろ坂』、若本衣織との『実話怪談 玄室』などがある。

◎好評既刊