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デルタ宇宙域から7年をかけて地球へ奇跡の帰還を果した キャスリン・ジェインウェイ初の自叙伝!

艦隊史上でももっとも困難ともいえる事象に立ち向かった艦長――それが〈U.S.S ヴォイジャー〉を率いたキャスリン・ジェインウェイ。
彼女が、宇宙艦隊で築いてきたキャリアを振り返る『自叙伝 キャスリン・ジェインウェイ』が、来る2021年10月21日に発売される。
偉大なる彼女の人生とキャリアが、いま初めてあきらかにされる本書の発売を前に、〈序文〉と〈第1章〉の冒頭文を公開する。

序文

ナオミ・ワイルドマン
〈ディープ・スペース・ステーションK-7〉副司令官


 子どもの頃、宇宙船の艦長になるのが夢だった。大勢の子どもが同じ憧れを抱くのを知っているが、どんな宇宙船でもよかったわけではない。そう、心にあるのはただ一隻。〈U.S.S.ヴォイジャー〉の艦長になるのだ。
 これは別に、そんなに大それた望みというわけではない。わたしはデルタ宇宙域で生まれ、子ども時代の大部分を〈ヴォイジャー〉で過ごした。わたしの目には、艦長は宇宙一立派な人だった。大きくなったらあの人になりたい。それまでは、艦長助手で手を打った。
 わたしと同年代の子どもはたいてい〈ヴォイジャー〉の物語を聞いて育った──デルタ宇宙域で迷子になり、故郷から七万光年の距離を旅して、家族と友人のもとへ帰り着こうとする。わたしにとって、それは日常だった。〈ヴォイジャー〉発見の報に、あなたは胸踊らせたかもしれない。もしくは双方向通信が可能になった、あるいは行方を絶ってわずか七年後、ボーグのトランスワープ・コンジットを通り抜けて〈ヴォイジャー〉が地球に帰還したという、とびきりセンセーショナルなニュースに。
 あなたにとっては驚異の大冒険かもしれないが、わたしにとってそれは──そう、家だった。わたしの母、サム(サマンサ)・ワイルドマンは、〈ヴォイジャー〉が吹き飛ばされたとき、少尉として乗り組んでおり──その後、自分が身ごもっているのに気づいた。わたしが生まれたときの状況は、あの年月に起きたいくつもの奇妙な出来事のひとつに過ぎないけれど、それはつまり、わたしはそれ以外の暮らしを知らずに育ったということ。わたしの「家」はこぢんまりした船で、出航の地から遠く離れ、宇宙艦隊士官やマキ、そのほかあらゆる興味深い人々を乗せて、もっぱら宇宙をひっそりと航行した──そして、ときにはヴィディア人か、ヒロージェンか、ケイゾンに攻撃された。子ども時代の友だちは、タラクシア人にオカンパ人、それから一個人として生きる術を学習中の、廃棄処分になったボーグ・ドローンが二名。思慮深いバルカン人からは論理ゲームを教わり、地球人とクリンゴンのハーフからは目の前のあらゆるものを修理するやりかたを教わった。世に出回るずっと前から『キャプテン・プロトン』のホロドラマで遊んだ。そして、有事における勇気と叡知と優しさを、艦長の中の艦長──キャスリン・M・ジェインウェイから学んだ。
 今ではジェインウェイ提督として知られる彼女から、長年にわたり、たくさんのインスピレーションを受けてきた。この人をおいて、ほかの誰に〈ヴォイジャー〉のクルーをひとつにまとめられただろう? ほかの誰に、知性と純然たる人柄をもって、宇宙艦隊士官とマキの戦闘員双方を団結させ、故郷に針路をとらせるなんて芸当ができただろうか? ほかの誰に、ボーグ・クイーンとわたりあい、ヒロージェンを追い払い──あるいはキャプテン・プロトンの宿敵にして蜘蛛族人間の女王、ホログラムのアラクニアを、あれほど堂に入って演じられただろう? ほかの誰が、毎日のように時間をとって、自分を愛し慕う最年少クルーのナオミと会ってくれただろう? ほかの誰が、その少女を自分の助手に任命してくれる? 
 わたしがその少女だったとき、大きくなったら、キャスリン・ジェインウェイになりたかった。だが現実は、誰も彼女の代わりにはなれない。そして、キャスリンの特技は、みんなを最高の自分に追いたてることだ。わたしたちそれは大勢の者が、彼女に多大な恩義を受けている。感謝します、提督。皆を故郷に連れ帰ってくださり──でも、何にも増して、わたしたちに示してくださった信頼と、最高の自分を引き出してくださったことに、感謝いたします。〈ヴォイジャー〉の艦長たり得るのは、宇宙でただひとり──キャスリン・ジェインウェイをおいて、ほかにはいない。


CHAPTER ONE 第1章
おうちが一番──2336〜2347年

 子どもの頃、母が飛びだす絵本を作ってくれた。どのようなものか、覚えておいでだろうか? ページをめくるごとに、目の前に物語の一場面が勢いよく飛びだしてくる。こんなに年をとった今でさえ、まるで奇跡のなせるわざのように見える。細工に秘密があるのだろう、注意深く組み立てられ──そう──エンジニアリングのたまものだ。母の創作物は、まさに驚異だった。
 妹とわたしには、それぞれお気に入りの絵本があった。三歳年下のフィービーは『不思議の国のアリス』。クリエイティヴで芸術家肌の、不思議の国に住んでいるような女の子にはぴったりの選択だ。わたしだって好きだった。母はトランプと透明な紙で小さなトンネルをこしらえ、そこから覗きこむと、アリスと白ウサギが転がり落ちていく。アリスの大きな腕と足がポン、と飛びだす家があり、ふたりとも何度も飽きずに笑った。だが、一番すばらしいのは、わたしたちが──アリスと一緒に──「ただのトランプのくせに!」というと、札が宙を舞う派手な仕掛けだ。
 確かにわたしは不思議の国が好きだったが、夢中になったのは『オズの魔法使い』だ。竜巻にさらわれ、家族から引き離されて奇妙な土地に着いたドロシー・ゲイルが、知恵と真心と勇気によって友だちを作り、家に帰る方法を見いだす物語になぜか強く惹きこまれた。初めて覗き見る、冒険の世界。安全に、愛する家族に囲まれ、わたしはオズへ飛んでいく夢を見た。母の作ってくれた本は精妙にデザインされ、一ページ目を開くとサイクロンが渦巻き、エメラルドシティを探検するページには、ものが緑色に見える眼鏡がエンベロープにたくしこまれ、最後のページには──とっておきのスリル、母の創作の中で一番手がこんでいるとわたしの思う仕掛けが施されている。段ボール製の風船が、見開きページにまたがるように平らに伏せられ、二本の藁のあいだに通したひもに引かれて持ちあがると、小さな篭が吊り下がる。幼い頃は何時間でも飽かずに座ってその本を読み、お話のみならず母の創作した仕掛けの数々に魅了された。母はよく、空を飛びたい、宇宙へ羽ばたいていきたいというわたしの夢は、父親譲りだといっていた。けれど大きなきっかけとなったのは、母の手になるみごとな、魔法さながらにオズから飛び去っていく段ボールの風船だった。
 子ども時代を振り返ると、家族それぞれの興味が母の本に集約されているのがわかる。母のグレッチェン、旧姓ウィリアムズは、アーティストだ。常に新しい形式を模索していたが、イラストレーションに活路を見いだした。二十作以上手がけた子ども向けの本やホログラムを通じて、おそらくは母をご存じだろう。二、三世代にわたる子どもたちが、母のつむいだ物語に親しんでいる。フィービーは芸術家肌の母の遺伝子を継いだ。ふたりが並んで映るホロピクチャーがあり、その中の母は筆を持ち、鼻先に絵の具をつけている。となりに立つフィービーは母と瓜二つだ。わたしに芸術的素養は皆無だった。家の絵を描けば傾いている。かわいいフワフワした生き物が猛獣に見える。人間の絵は、ホラー・ホロに出てきそうだ。けれどきわめて正確な設計図なら、手描きで引けた。
 わたしのほうは、科学と工学が好きな実際家、数字が友だちの理数系だった。空を見あげて星図を引く人間、機械に親しみ、飛びたがる人間。その点で、わたしは父エドワード──友人からはテッド、母からはテディと呼ばれた──の系列に連なる。父は熱心なアマチュアパイロットにして天文愛好家だった。また、宇宙艦隊の将官でもあり、その事実(わたしと妹の子ども時代はいやおうない父の不在によるさみしさと、少なくとも同程度には大きな、在宅時の喜びと重さによって形作られた)が、わたしの将来設計の青写真となったのは間違いない。何よりも、勇敢で愉快ですばらしい父に、誇らしく思って欲しかった。何よりも、宇宙船の艦長となるわたし、父とそっくり同じ道を行くわたしの姿を見て欲しかった。それが叶わなかったのは、一生の心残りだ。アカデミーに入学する姿は見せられたものの、船を指揮する姿はもとより、最果ての宇宙を旅した宇宙船を無事に帰還させた姿を見てはもらえなかった。おや、先走りすぎた。はじめに戻ろう、地球の北アメリカ大陸、中西部の田舎にたたずむ小さな農場へ。


本の紹介

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自叙伝 キャスリン・ジェインウェイ
著者:キャスリン・M・ジェインウェイ
編者:ウナ・マコーマック
翻訳者:有澤真庭
監修:岸川靖
発売日:2021年10月21日
仕様:四六判・上製・本文340頁+カラーグラビア8頁
定価:本体3,500円+税

著者プロフィール

キャスリン・M・ジェインウェイ
Kathryn M. Janeway
2344年5月20日生まれ。地球・アメリカ・ブルーミントン出身。
イントレピッド級宇宙艦〈U.S.S.ヴォイジャーNCC-74656〉を指揮。
初出航の日に異星人の超常的な力によって、地球から約75,000光年離れた、デルタ宇宙域へ飛ばされた。
この宙域の情報は何もなかったが、クルーと共に地球への帰還を目指す。
ブラックコーヒーが好物。


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