郷愁の奥に覗く闇。田舎の奇怪な習俗と郷土史に絡む因縁、底冷えの土着=ヴァナキュラー怪談!『実話拾遺 うつせみ怪談』(丸太町小川)著者コメント、試し読み!
大分県をはじめ各地で採話された土俗的な怪談。
怪談マンスリーコンテストから新星、現る!
あらすじ・内容
「はよ舐めんと死んでまうち。
ムシに憑かれたら……」
九州地方のある集落の禁忌。
辻に潜むヒイムシとは…
「ムシが憑く」より
実話怪談コンテストで地方の習俗に根差したヴァナキュラーな怪を描き、一躍注目された著者が放つ待望のデビュー作。
・九州のとある地方に存在する魔の辻。突然息ができなくなるのだが、その原因は…「ムシが憑く」
・集落で人が亡くなると初七日まで女性が手鏡を隠し持たねばならない風習。鏡を他人に見られると恐ろしいことが…「鏡の中のパクパク」
・中国地方のトンネルを出たところに立つお地蔵さま。
交通事故の慰霊に建てられたというが、異様に劣化が速く…「増えていく」
・田んぼの畦で孤独な転校生と遊んでくれた青年たち。
だが、そこは旧日本軍の霊が出ると噂の一帯で…「竹とんぼ」
他、大分県をはじめ各地で採話された土俗的な怪談全27話話収録!
著者コメント
試し読み
「鏡の中のパクパク」
大学生のFさんが、子どもの頃に祖母から聞いた話。
祖母が暮らしていた九州のある地域では昔、集落の誰かが亡くなると、未婚の女性は鏡を肌身離さず持ち歩くという風習があったそうだ。初七日までの間、ごく小さな手鏡でよいのだが、その鏡は他人に見られてはならず、必ず隠し持つべきとされていた。
祖母が小学生の頃、何の気なしに放課後の教室を覗くと、仲良しのAちゃんの机の上にAちゃんのランドセルが置いてある。忘れて帰ったのかと思い手に取ろうとすると、肩ベルトが机に引っかかり、そのまま落下してしまった。
「あっ」
ランドセルの中身がざばっと教室の床に散らばる。丸く小さな木製の背を上にして、Aちゃんの手鏡も放り出された。
「ああっ」
見てはならない物を見てしまった祖母は咄嗟にそれを拾い上げた。とにかく急いでランドセルにしまおうとするが、その際、ちらりと鏡面に目をやると、
パクパクパクパクッ。
鏡に一昨昨日に亡くなった、同じ集落のY家のお爺さんの口元が映り、それがものすごい速さで開閉を繰り返している。
「えっ!」
驚いた祖母は反射的に鏡を放り出し、そのまま走って帰ってしまった。鏡に映る口の開閉の速さが尋常ではなく、何よりそれが怖ろしかったのだという。
帰宅後、祖母は見たことを誰にも言えず、ひとりで怯えていたのだが、その晩から酷い高熱が出て三日間寝込むことになった。
ようやく熱が引き学校に行ってみると、Aちゃんはいなくなっていた。
なんでも急に引っ越すことになったそうで、家族共々集落を去ったのだという。
「ここからは、私の気のせいかもしれませんが……」
話を聞かせてくれたFさんは続ける。
祖母はFさんが高校生の頃に亡くなっている。六十代というから早く亡くしたというべきだろうが、その通夜でのこと。
祖母と最後の対面しようと棺の御扉を開ける。優しかった祖母の顔にしばし見入っていると……。
パクパクッ
その口が、二度ほど素早く開閉した。
Fさんは驚きのあまり声も出せず、体が硬直してしまい立ち尽くすしかなかったが、やがて腰が抜けたように力が入らなくなってその場にしゃがみ込んだ。混乱して頭が全く働かず、そのためか意識とは関係なく涙があふれ出た。
その場にいた家族は祖母を亡くした悲しさで泣いていると思ったのか、肩を抱いたりしてくれたが、彼女の震慄はしばらく治まらなかったという。
家族が鏡の風習のことを知っているかどうかはわからない。いずれにせよFさんは、今なおこのことを家族には話していないそうだ。
―了―
◎著者紹介
丸太町小川 Ogawa Marutamachi
大分県在住、京都に工房をかまえ、フィールド・レコーディングや音響構成に取り組む傍ら、ヴァナキュラーな怪異を求めて身近の奇談・怪談を収集中。参加共著に『実話怪談 牛首村』、『呪術怪談』、『実録怪談最恐事故物件』など。