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「食」に纏わる怪異と不気味な体験を丹念に取材して纏めた怪談集!『怪の帖 美喰礼賛』(宿屋ヒルベルト・著)を紹介!

酒、肉、魚、主食、甘味、どれも後味最恐。
食に纏わる奇聞奇譚、恐怖のフルコースを召し上がれ!

あらすじ・内容

【インテラート】
それは、ある店のパスタ料理の名前である。
メニューにはない。作り方も不明。
ただその「存在」だけが伝わる謎のパスタ。
それを注文をする客が来た時、恐怖は頂点に達する……
「その店のパスタ」より

【酒】内側から音がなる酒壺。蛇神が宿っているというが真相は…
【前菜】食すと己の名前が消え別人になってしまうゼリー寄せ
【主食】おにぎりに混入する紙片に書かれた恐ろしき言葉の意味
【スープ】ある日突然届く不気味な招待状「おばさまのスチウをどうぞ」
【魚】初夏に釣れてしまう双頭の魚。サワリから逃れる方法とは…
【肉】廃ビルの食卓に置かれた生肉とそれを囲んで座るゴミ袋の怪
【甘味】夢に中に出てくるかき氷の屋台。黒い蜜が掛けられると…。
【カフェ】山間の古い自販機から出てきた不気味な缶と聞こえた声
他、胸やけ必至の「不穏で」「奇妙で」「心底恐ろしい」フルコース全35品!

(収録話)
◆アペリティフ~酒に纏わる奇譚
「酒壺の蛇」「バッカスの日」ほか

◆オードブル~前菜と軽食に纏わる奇譚
「厭な小鉢」「枝豆ミラクル」ほか

◆パン~主食に纏わる奇譚
「馬頭そば」「米湧き仏」ほか

◆ポタージュ~スープに纏わる奇譚
「おばさまのシチュー」ほか

◆ポワソン~魚に纏わる奇譚
「供物の部屋」「竜宮の遣い」ほか

◆ヴィアンド~肉に纏わる奇譚
「子豚の末路」ほか

◆デセール~甘味に纏わる奇譚
「赤い綿あめ」「夢氷」ほか

◆カフェ~飲み物に纏わる奇譚
「私の好きなジュース」ほか

著者コメント

黄泉竈食(ヨモツヘグイ)という言葉があります。
古事記・日本書紀に由来する語で、「黄泉の国のものを飲み食いすると、現世に帰って来られなくなる」という伝承です。それを引いた後世の創作では解釈として「一度でも飲食すると」とするものもあれば「何回かにわたって摂食すると」と条件づけるものもあり、特に後者が想像しているのは「世界を構成するものを体内に取り入れてそれが血肉になれば、その人も世界の一部であると見なされる」というイメージなのでしょう。
飲食物が体に馴染むことが異邦に馴染むことだという考え方は、実感としても分かりやすく思います。
たとえば海外旅行。最初は悪臭としか思えなかったドリアンやナンプラーや臭豆腐の香りが、ひとたびそれを食べて「こりゃ美味いや」となったら、食欲をそそる匂いに感じるようになる。食べ物を受け入れたことで、脳が異国に馴染むように改変されたわけです。
生存に必須な飲用水が口に合わなかったらその地域には住んでいられないからと、昔の人は場所や集団の居心地を「水が合う/合わない」と言ったのでしょう。
本書『美喰礼賛』に収録した怪談には、「異界」を感じる話――私たちの世界とは別の常識で動いている場所や人(?)と邂逅した話がいくつもあります。それは、食べる・飲むという行為がそうした、越境の橋渡しとして機能するからかもしれません。
願わくは、読者の皆さんが怖い話の食べすぎで元の世界に戻って来られなくなることがありませんように。
宿屋ヒルベルト

試し読み1話


米湧き仏

 鮎川さんの中学の同級生に「父が寺の住職になるために引っ越してきた」という、原くんという男の子がいた。
 原くんのお父さんは、隣市で大きな寺を経営している家の次男でそこの役員に就いていたのだが、同じ宗派に属するこの町の寺が、独り身だった住職さんが亡くなって後継者が絶えてしまったために当面の管理者として送り込まれたのだという。
 系列会社の社長として出向になるみたいな話なんですかね? ――よその家の話で、鮎川さんもそのあたりの詳しい事情は知らないそうだ。
 少子高齢化の昨今、寺院の後継者不足と、ひとつの寺家が近隣の複数の寺院を管理する
「兼務寺」の増加は確かに聞き及ぶところだが、通いでなく住み込みでとなったのは、仏堂におさめられた「秘仏」のためらしい。
 年に一度、正月三が日だけ公開されるというその仏像は、座して右手を手前に突き出し、左手は掌を上にして膝に乗せていたというから薬師如来像だったのだろう。なんでも、無銘で伝来も不詳ながら、制作時期は一説に平安まで遡れるような代物だったそうで、県の文化財に指定されていたという。
 そのご本尊の手に、「米が湧く」という言い伝えがあった。一月一日、厨子の扉を開けると、像の左手にこんもりと米が載っているというのである。地元では、米が湧いた年は豊作になると信じられ、親しまれていたらしい。
 そうした貴重で、かつ地域住民の信仰を集めている仏像があるために、常駐の住職が求められたようだ。
 鮎川さんも家族で初詣に行った際に、像の掌に玄米が山盛りになっているのを何度も見たことがあったという。実際、このところ毎年米は湧いていた。
「あの米ってさ」
 冬期講習終わりの教室でだべっていて、ふと原くんが言いだした。
「俺はてっきり、住職が一般公開の前に載っけてると思ってたんだよ。だからまあ、親父がさ」
 もちろん鮎川さんもそう思っていたのだが。
「でも親父に聞いたらさ、『いや俺じゃないんだよ』って言うのよ。本当に、親父が正月の朝に仏様が入ってる棚? アレを開けたら左手に米が載ってるんだって言うわけ」
「どういうこと?」
 鮎川さんが訊き返すと原くんは、
「親父は毎晩、寺をぐるっと見回りしてから寝るんだけど、今年も、大晦日の夜に見た時には何もなかったのに、正月の朝に開けると米が湧いてるんだって。親父は、ご近所の檀家さんの誰かが毎年やってくれてるんじゃないか、って言うんだけどさ。だとしたらちょっと気持ち悪いだろ」
 確かに不気味だし、些か不用心だ。古い寺とはいえ、夜中に他人が仏堂まで侵入できているとしたら。
「親父はそのへん鈍感だから、みんなで信仰を守るサンタさんみたいなもんだからそっとしておきたい、なんて言うんだけど……」
 誰がやっているのかも分からないのはどうにもスッキリしない。せめて「犯人」が知りたいと原くんは勢い込んだ。
「だから俺、大晦日の夜に一晩、仏堂を見張ってようと思うんだ」
 大晦日は二日後だ。原くんは鮎川さんに手を合わせた。
「頼む、付き合ってくれないか。ひとりだとやっぱちょっと怖いからさ」
 原くんは柔道少年団に所属し、中二で身長一八〇センチを超えている大男だ。それが大真面目に「怖い」とは。一方の鮎川さんは小柄で痩せっぽち、文芸部の典型的な文化系。頼みになるとも思えないが。
 ただ、大晦日に肝試しめいたことをするのも、友達と夜更かしして過ごすのも楽しそうだと思い、鮎川さんは快諾した。
 家族には「原くんちに泊まってそのままお寺に初詣に行く約束だから」と、嘘とも言い切れない説明をして夜の十一時過ぎに仏堂の裏で集合した。本堂や庫裏からは独立した、大きさとしては六畳分もないだろう小さな建物だ。
 山門には扉がなく、閉門時間を過ぎてもひょいと乗り越えられるような高さの柵で閉じられるだけ。これでは忍び込み放題だろうと鮎川さんは思ったそうだ。
 原くんは、友人を呼んだことで準備の途中からキャンプか何かと勘違いしてしまったらしく、スナック菓子にコーラ、手作りのサンドイッチまで用意して待っていた。
「あとこれ! 徹夜だからコーヒーも淹れてきちゃった」
 サーモスの水筒を嬉しそうに掲げる原くんに呆れながら、しかしなんだか鮎川さんもわくわくしてきてしまったという。
 遠く響く除夜の鐘を聞きながら「そっか、お前んとこは鐘ないんだな」「あれ、本当は特定の宗派だけのもんだったんだよ」なんて会話から始まり、級友たちの噂やその頃に揃ってハマっていたゲームの話、進路へのちょっとした悩み相談なんかもしているうちに、気づけば時刻は三時を回っていた。
 物音がした。
 気づかずに最近見て泣いたアニメの話をしている原くんを小突いて制止し、息を潜める。
 からん、からん、かららららら。何か小さくて硬いものがぶつかり合うような軽い音が、断続的に聞こえる。外じゃない。
「これ、仏堂の中じゃないか?」
 鮎川さんが言うと、原くんは怪訝な顔をした。
「でも足音とか聞こえなかったぞ」
 それに、仏堂は後戸のない造りで出入口は正面の格子戸だけ、開けようとするとかなり大きな軋む音がすることをふたりは確認していた。
 それも聞こえなかった。だが、壁に耳を当てると確かに物音は中から響いている。
「……ネズミ、とかじゃない?」
 何か怖い想像をしたらしい原くんが、そう言って無理に笑った。鮎川さんが「一応、中を見てみよう」と促すと露骨に嫌な顔をする。
 表に回って格子戸を開ける。原くんが持ち込んだ懐中電灯で中を照らすと、仏像が安置されている厨子の扉が少し開いていた。また、音がする。
 からら。からん。扉の隙間から、何かが零れ落ちた。
 床に灯りを向ける。黒い小さな小石のようなものが何粒も落ちていた。
 この音だ。
 顔をひきつらせた原くんを振り返り、頷き合って鮎川さんは厨子を開いた。
 じゃららららららら。
 先ほどと同じ黒い砂利粒が、溢れるように足元に転がる。
 座像の膝の上にも散らばっている。天に向けた左手の上に、盛られて山になっている。禍々しいほど真っ黒な。……左手から湧いて、溢れた?
「なんだよこれ」
 原くんの声は震えていた。
「何やってんだ、お前ら」
 背後から声をかけられ、飛び上がりそうになる。振り返ると、心配そうな顔をした原くんのお父さんが立っていた。
「なんかガタガタ聞こえると思って来てみたら――」
 お父さんは仏堂の中を覗き込むと、なんとも言えない困ったような表情で呟いた。「こりゃ、今年は御開帳は中止だな」

 あとから聞いた話では、お父さんはその頃、本山の人の紹介で「経営に関わりたい」というコンサルタントと会っていて、顧問として入ってもらおうというところまで進んでいたらしい。あの黒い砂利の件があったから……という訳ではないらしいが、結局、のちにその話はお流れになったそうだ。
 翌年の正月は、初詣の客への御開帳は無事に執り行われた。自身の受験合格祈願も兼ねて寺を訪れると、境内で甘酒を配っていた原くんから「今年はちゃんと米だったよ」と耳打ちされたという。
 十数年も前の話で、寺は何年か後に不審火で燃えてしまい、仏像も喪われたそうなのだが。最後に鮎川さんは付け加えた。
「霊験って言うんですかね。大したもんだと思ったのは、何年か前にどこかの寺が詐欺師に乗っ取られそうになったってニュースがあったでしょ? 原が言ってたんですけどね、
あれに関わって捕まったうちの一人がそのコンサルだったんですって」

ー了ー

著者紹介

宿屋ヒルベルト Hilbert Yadoya

体重100キロ超級の食いしん坊。北海道出身。本職は文芸編集者。元は仕事でのリサーチで怪談の蒐集を始める。2022年9月に「ごぞぱしかり棒」で怪談マンスリーコンテスト最恐賞を受賞したのをきっかけに本格的に執筆を開始。共著に『呪録 怪の産声』『恐怖箱 呪霊不動産』(いずれも竹書房怪談文庫)。