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【小説】 居れ居れ詐欺 【ショートショート】

 また仕事を失くした。今回は長続きするかと思ったのに、契約から一年足らずで俺は寮を追い出された。
 寮付き工場派遣にありついていたものの、半導体不足の煽りを受けて契約を解除され、寮を追い出されてひと月も持たずと貯金は底をついた。

 都会へ出れば何とかなるかと思ったが、住所もない人間に与えられる仕事などなく、冷たいアスファルトに座り込んで夜が明けるのを待ってだけの日々が続くと朝が来るたびに俺は死にたくなって行った。

 破れかぶれで応募した闇バイトがきっかけで、俺は特殊詐欺に加担することになった。
 金持ちの持っている金は所詮、金持ちの中でしか行ったり来たりしない。明日を見る力のない弱者へ落とされるのは、遊び程度にばら撒かれるおこぼれに過ぎない。なら、ぶん取ってしまえば良いじゃないかと吹っ切れた。

 スーツは指示役から事前に指定されたロッカーの中に入っていた。
 駅中の便所で着替えてみると若干丈が合っていなかったが、ハタから見ても自分のスーツじゃないのが丸わかりだった。けれど、とにかく俺は目先の金が欲しかったのだ。

 もう十年も昔に家を勘当された俺に、頼れる家族はいない。兄弟の連絡先だって知らないし、俺を探す人間もこの世界にはいない。
 頼れるのは自分だけだ。そう何度も言い聞かせて、俺は電車に乗り込んでターゲットの家へと向かった。

 電車に揺られること二時間。着いたのは栃木県の長閑な田舎街だった。
 駅前にはタクシーが一台停まっていたが、コンビニもなければ商店街すらないような寂れた街だった。
 着いてみて不安になった俺はすぐに指示役に電話を掛けた。 

「本当にこんな場所に金持ちが住んでるんですか?」
「大丈夫です。今までそのジジイ、うちと別の箱ですけど二回も引っ掛かってるんですよ。今回かなりラッキー案件なんで、気楽に行っちゃって下さい」
「その爺さんって、一人暮らしなんすか?」
「なんでも医療業界で権威持ちすぎて、金持ちで超傲慢だからずっと独身だったみたですよ。相当溜め込んでるジジイなんで取れるモン取ってやりましょうよ」
「まぁ、死んだら金は使いモノにならないっすからね。了解です」

 俺はすぐに傲慢で偏屈な爺さんを想像した。周りの人間を見下して拒絶し、自分の意見だけを無理にでも通そうとする老人末期の、誰の手にも負えない神経質な爺さんだ。
 そんな奴なら、痛い目に遭ってもらっても俺の心は少しも傷付かなくて済むだろう。そう思っていた。

 河川敷の傍に立つターゲットを見つけると、俺は立ち止まって堪らずに恍惚の溜息を吐いた。
 和造を基調とした三階建ての立派なお屋敷が、爺さんの家だった。
 家をぐるりと囲む背の高い塀、そして中央の檜造りの門構えもこれまた立派で、ヤクザ映画でしか見た事のないような威風堂々たる造りをしていた。

 本当にこんな家に、独居老人が住んでいるのだろうか?
 そう思いながらも、目先の金のために俺はインターフォンを押した。

「はい、坂崎ですが……」
「カード不正利用の件できらよし銀行から参りました、吉竹です」
「あぁ、どうぞどうぞ。お入り下さい」

 イメージと違い、爺さんの声はずいぶん柔らかな印象だった。インターフォンが切れると檜造りの門が自動で開き、二十メートル先に大きな家の玄関が見えた。庭はこれまた手入れの行き届いた日本庭園で、まるでドラマの撮影現場じゃないか、そう思いながら俺は玄関の引き戸ををノックした。

 中から現れたのは赤いセーターを着た、背の低い痩せた爺さんだった。
 へこへこと頭を下げ、申し訳なさそうな顔色を浮かべている。

「さぁ、中へ入って下さい。今回は私があんまりにも無知だったもので、御迷惑をお掛けした上に、こうしてご足労まで頂きまして……」
「いや、いいんですよ。これが仕事ですから」
「寒い中、申し訳ありません……さぁ、どうぞ」
「では。お邪魔します」

 今回の筋書きとしては、この爺がキャッシュカードの更新をしなかったが為に既存のカードが悪用されたという物だ。
 新しいカードの代わりに、古いカードを回収すれば俺の仕事は完了。

 当然すべてのシナリオが嘘っぱちだし、封筒に入れられた「新しいカード」はラーメン屋のスタンプカードだ。銀行で手続きが完了するまで絶対に開けないで下さいと伝え、この場をバックレる。俺は回収したカードを渡し、百万円を手に入れる。この様子なら、楽勝だ。

 玄関に入るといきなり鹿の首や甲冑が俺を出迎えた。
 目を丸くして眺めていると、爺さんは俺に気付いたようで説明し始めた。

「いや、お恥ずかしい。しがない、寂しい独身老人のコレクションです。こんなものくらいしか、趣味がありませんで」
「そうですか。ご立派ですね」
「あの鹿の首は二束三文、けれどこの甲冑は……まぁ、新車の一番高いベンツが二台……といった所でしょうか。たいしたモンではないですよ」
「いや、とんでもない。大変貴重な物をお目に掛かれて光栄です。それで、早速ですが古いキャッシュカードをご用意頂けますか?」
「あぁ、そうでした。失敬。今すぐに持ってきますから」

 そう、俺はジジイのべんちゃらに構っている暇などないのだ。さっさとキャッシュカードを回収し、ラーメン屋のスタンプカードを手渡して後に絶望を味わってもらわなければならない。

 しかし、想像していたような偏屈爺さんではなかったことで、俺にはわずかばかり自責の念が生まれ始めていた。
 いくら目先の金の為とはいえ、本当に何の罪もない老人から大金を奪ってしまっても良いものなのだろうか……。

 考えを巡らしている内に、爺さんは「茶封筒に入れておきました」というキャッシュカードを手に戻って来た。中を開けて確認すると、確かにキャッシュカードが納められている。
 あとはスタンプカードを手渡せば、俺の仕事は完了だ。

「では。こちらの封筒の中に新しいカードが入っておりますので、銀行から指示があるまで絶対に開けないで下さい」
「やはり、今は何でも新しくしていかなければならない時代なんですねぇ」
「ええ、そうなんです」

 爺さんにスタンプカードを渡し、古いカードをバッグに仕舞おうとすると急に視界が回り出し、俺はそのまま意識を失った。

 目を覚ますと、そこは裸電球が照らす薄暗い無機質な小さな倉庫だった。
 一体、ここはどこだろう。身体を動かそうとするが、椅子に縛り付けられているようで身動きが取れない。それに、なんだか臭かった。腐った魚と生ごみをぶちまけたような、饐えた匂いに思わず吐き気を覚えた。

 視界を這わせてみると、薄暗い庫内の隅に縦横それぞれ一メートル半くらいの大きな金属製の容れ物が見えた。容れ物によくよく目を凝らしてみると、黒ずんだ血液の跡のような物が、びっしりとこびりついていた。

 俺は一体、どうなってしまうんだろう。そう思っていると、庫内の扉が開かれた。赤いセーターの爺さんは白衣姿で、俺の財布を手にやけに嬉しそうな顔で目の前にやって来た。

「あなた、本当のお名前は柴田っていうんですねぇ。やはり身体で覚えてますから、私の注射の腕前は落ちてないんですよぉ。事実、ちっとも痛くなかったでしょう?」
「ジジイ! 俺をどうするつもりだ!?」
「まぁまぁ、焦らない焦らない。警察に突き出したりなんかしませんよ、もったいない。それにね、お金の方はネットバンキングで振り込んでおきましたから」
「振り込んだ? どういうことだよ?」
「ええ。あなたのボスから電話が掛かって来たのでね、事情をお話しして振込先を教えてもらったんです。おかげでこうやって新しい研体が手に入ったという訳です。あぁ、楽しみだなぁ。ひっひぃ。これだから、医学というのは本当に止められない! 引退がなんだぁ? 天才にそんなもん関係あるか! 止めては、ならないんです!」
「テメェ! 解きやがれ! 俺をどうするつもりだ!?」
「まぁ、そんな怖がらずゆっくりしていて下さい。まぁ、私はあなたを帰しませんし、まず帰れませんけどね。ほら、これが本当の「居れ、居れ、詐欺」、なんてねぇ。ひーっひっひ! おや、消毒の準備が済んだようです」
「おい! 何処に行く気だよ、何する気だよ!」
「あなたと同じ理由でここに来たお友達が二人、先にあなたのことを待っていますから。親兄弟に見放されたあなた達は、三人一組になってもらいます。これでもう、人生寂しくはないでしょう。あなたは、手足の担当です。良かったですねぇ。特に手は、人の生き方そのものが出ますから。ひゃーはっはっは! あっはっはっは!」

 扉が再び締まり、俺は必死に抗った。この縄を解いて、まずはあのジジイをぶっ殺してやる。次に、あの指示役だ。なんとしても見つけ出して、ぶっ飛ばしてやる。そうしなきゃ、気が済まない。
 死ぬ気で抗ったものの、腕を締め付ける縄はもがけばもがくほど俺をきつく縛り上げ、徐々に力が入らなくなる。

 再び、意識が遠のいていく。庫内の何処かから、ガスが噴出する音がしている。このままでは、真っすぐ座っているのも難しいかもしれない。
 俺は椅子ごと崩れ落ちてしまい、床に横たわる。

 金属製の容れ物の方へ倒れた身体。ふと視線を這わせると、容れ物に「不要品」と手書きで書かれているのが確認出来た。遠のいていく意識の中、徐々に視線を上げて行く。容れ物の中はどうやらいっぱいだったようで、積み上げられた不要品の一番上で、目を見開いた首が俺を覗き込んでいた。

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