見出し画像

カウボーイの「ムラタさん」 【エッセイ】

遠い昔、それこそ小学校二〜三年生の頃を思い出す時に必ず思い浮かぶキーワードがある。
それは「ムラタさん」という、とある人物の名だ。

これは「カシマさん」や「コックリさん」などの都市伝説じみた怖い話ではなく、とてもブッ飛んだおじさんのお話だ。まぁ、ある意味ではとても怖い話になるのかもしれない。こんな大人がいるのかよ、的な。

親が離婚する前、僕は山奥に住んでいた。そのため小学校に通うには電車に乗らなければならず、毎朝サラリーマンみたいに電車(ローカル線)に揺られて通学していたのだ。
街中の駅から小学校までは歩いて15分ほどで着くのだが、この15分の通りの中で見た大人達はなんだかみんな変な人が多かった。
そのひとつの例を紹介しよう。

ある日、大量の缶ジュース地べたに並べ、缶を開けては側溝に流し続けるおばちゃんに出会った。
うわー、もったいないなーとは思ったものの、友人の「けんちゃん」という甘党のデブは血眼になって怒りを露わにし、いきなりおばちゃんに向かってこう叫んだ。

「なんでそんなもったいないことをするんだ! ジュースが泣いているじゃないか! どうせ捨てるなら全部オレに寄越せ!」

するとおばちゃんはジュースを側溝に流しつつ、顔だけをこちらに向けて真顔のまま大きな声で叫び返してきた。

「あなた達は死ぬの! なんでかって言ったら、ジュースを飲んだからよ! ジュースを飲む子はみんな死ぬの! そう決まってるの! だから捨ててるの!」

おばちゃんの風貌は台風が三回直撃したようなボサボサ頭で目だけがやたら大きく、おまけにガリガリに痩せていた。
あまりの気迫に異常な狂気を感じた僕らは怖くなり、怒鳴り続けるおばちゃんを無視して一目散に逃げ出した。

その後もジュースを飲み続けたが僕は今もとりあえず生きているので、あのおばちゃんの言っていた事はハズレということになる。

そんなおばちゃんがいた通り道に、みんなが話題にするあるおじさんがいた。それがムラタさんだ。
朝の登校時間になるとムラタさんは現れるのだが、その格好がなんともクレイジーだったのだ。

ムラタさんは大きな口髭を蓄えていて、いつも大きなテンガロンハットを被っているのでまるでカウボーイのような見た目をしていたのだ。
しかも「止まれ」の標識のブロック部分にキザっぽく片足を掛け、登校中の小学生を眺めながらポケットサイズのウィスキーを朝からグビクビ呑んでいた。

しかし、ムラタさんは「陽気なカウボーイおじさん!」という訳ではなく、その風貌に興味を持った男の子達が駆け寄ったりすると「うるさい、あっち行け!」と口に出して追っ払うほど、子供達を邪険に扱ったりする人物だった。なら、何故子供達を眺めているんだ……とは思っていたが、眺めているんじゃなくて眺められたかったんだと思う。(大人はそっぽを向くだろうし)

そんなムラタさんはいつも缶スプレーで塗装した真っ黒いママチャリに乗っていた。
そのママチャリもまた、クレイジーだった。

ライトの部分にはナチスの鉤十字のステッカーが貼り付けられていて、どろよけ部分には日章旗のステッカーと、白マジックで何やら漢字が書き込まれていた。
しかし、乗っている本人はテンガロンハットを被ったカウボーイ。誰がどう見てもアメリカンなのだ。
ほぼ「ひとり第二次世界大戦」なムラタさんの姿は見る物を圧倒し、下校中にムラタさんがフラフラ(本当フラフラしていた)と自転車で背後から迫って来るとみんなでダッシュして逃げたことも多々あった。
本当にゆっくりゆっくりと迫ってくるので、かえってそれが不気味で怖かった。

そんなナチなのか右なのかアメリカンなのか正体不明なムラタさんだったが、なんとうちの兄と縁が出来たのだ。
年が10コ上だった兄は当時スイミングスクールのコーチをしており、そこへ新人コーチとして現れたのが何とムラタさんだった。

実は過去に水泳でかなり華々しい成績を残しているとかで、結構歳がいっていたのだが即採用となったのだという。
しかし、どこまでいってもムラタさんはムラタさん。

とにかく喋らない人なので身振り手振りのみでコーチングをし、子供の顔を水に浸けるつもりが沈めてしまい、コミュケーションを全力で拒否した為にあちこちからクレームがあがった。

しかし、さすがに反省をしたようでムラタさんは徐々に周りに口を利くようになったのだという。
そんなある日、神妙な面持ちで髭をイジるムラタさんが、兄に突然こんなことを言った。

「俺には……夢がある」
「どんな夢ですか?」
「シークレットだ」

なら話すなよ!!って感じではあるが、後にその夢は判明することになった。
ムラタさんはそれから間もなくスイミングスクールを諸事情(バックれ)で退職したのだが、机の中の私物を片付けようとした兄がムラタさんの机を開けた瞬間、思わず固まってしまったのだという。

開かれた机にはデカデカと天皇皇后の写真が貼り付けられており、兄はその時点でズッコケそうになった。
アメリカ軸なのか日本軸なのか、その辺の基準が曖昧なのは何処へ行っても変わらないようで、机の中には大きな自由の女神の写真も入っていたのだという。
アメリカンな写真がパパブッシュじゃなくて良かったと思いたい※当時。

私物の中には一冊のノートが残されており、そこにはムラタさんの語っていた「夢」が書かれていた。

一ページ目 大きな字で「America…」※三点リーダーつき

二ページ目 「Go to America…」

三ページ目 「My Dream is…」

四ページ目    「Boxer…」

五ページ目 「American Boxer!」(殴り書き)

この瞬間、兄は腰が砕けるほど笑い転げたのだという。
ムラタさんは当時既に四十近くだったと思うのだが、あまりに壮大な夢を持つ人物だったことが判明した。

つまり、ムラタさんとは「アメリカに行ってアメリカンボクサーになりたい日本人の国粋主義者のスイミングスクールコーチ」だったのだ。

日本の国粋主義者がアメリカへ行き、ボクサーを目指しているが実は水泳が得意!仕事にもしている!日課のロードワークは酒を飲んで自転車に乗り、フラフラすること!趣味はスクールウォッチング!

という何だか次元が歪みそうなほど人物像がとっ散らかっているが、それがムラタさんらしさでもあると僕は好意的に受け止めた。

スイミングスクールを辞めてからムラタさんを街で見掛けなくなり、兄も多少は心配していた。
朝の通学路からはカウボーイの姿が消え、帰り道の心配事がひとつ無くなるとほんの少しだけ寂しくなったりした事を覚えている。

もうこの街から消えてしまったんだ……。

そう思っていたが、ムラタさんはちゃっかり隣町のボウリング場の従業員として働き始めていたのだった。
かえってボクサーからは遠ざかってしまったように思えたが、まぁ元気なら良いかとも思えた。

急にそんな人がいたなぁと思い出しながら何の気なしに書いてみたのだけれど、もし周りに居た名物キャラがいたらみなさん教えて下さい。
小説の参考にもなります。

ちなみに「40を過ぎてからアメリカのリングでデビューした国粋主義者の日本人」をご存知の方は是非ご一報お待ちしております。

サポート頂けると書く力がもっと湧きます! 頂いたサポート代金は資料の購入、読み物の購入に使わせて頂きます。