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【小説】 わくわく抽選会 【ショートショート】

 地元の商店街で買い物をしたレシートを五枚集めると、大型テレビやAIスピーカーなんかが当たる抽選に参加出来るってチラシで見たから早速参加してみた。
 まぁ生きている限り買い物はしなきゃいけない訳だし、当たったらラッキーだなぁくらいの感覚で商店街の中ほどにある抽選会場へ行ってみると、法被を着たオジサン達が盛大に僕を出迎えてくれた。

「お兄さん! はい、チャレンジ権一回分獲得でーす! 頑張って下さいよぉ!」

 商店街が混み合う夕方の時間帯もあって、周りの人達にジロジロ見られるのは恥ずかしかったけれど、ちょっとやってみたかった「ガラぽん抽選器」を実際に回すことが出来ると思うとテンションが上がった。
 表を見ると赤色はハズレ。金が出れば大型テレビ、銀色が出ればAIスピーカーがもらえるみたいだ。
 よし、一回きりのチャレンジだけどやってやるぞ!
 そう思いながら意外と重たいハンドルを回すと、ガラぽんがゆっくりと回り出して、穴から玉が吐き出された。
 金か、銀か、頼むから、何でもいいから当たってくれ!
 コロンコロンと玉が転がって来て、目の前でピタリと止まる。
 出た色は、表にはない黄色の玉だった。

「大当たり~!」

 受付のオジサンが盛大に鐘を鳴らし始めると、買い物客の人達から拍手を送られた。
 何が当たったのかは分からなかったけれど、何だか当たりが出たみたいで僕は一気にテンションが上がった。 
 そう思ったもの束の間、スーツを着たオジサンがやって来て、受付のオジサンに何やら耳打ちをし始める。
 受付のオジサンは妙に真剣な顔になって、僕を上から下までジーッと眺めてからテーブルに座るように促した。

「ごめんなさいね。あなた、お名前は何て言いますか?」
「僕は、一ノ瀬大輝です。あと、大学二年です」
「一ノ瀬……はいはい」
「あの……何が当たったんですか?」
「あぁ……それについては、ちょっと待ってくださいね。大蔵さん! 大蔵さぁん!?」

 受付のオジサンはさっきのスーツのオジサンを呼びつけると、またまた耳打ちで何やら話し始めた。
 僕はさっさと当たりの商品をもらって帰りたかったから、だんだんイライラして来てしまった。

「あのう、まだ帰れないんですか?」

 オジサン二人は僕の言葉に反応しなかったけれど、ずいぶんかしこまった感じでスーツのオジサンが向かいのパイプ椅子に腰掛けた。

「私、商店街会長の有崎と申します。この度は、誠におめでとうございます」
「あぁ……はい。で、何がもらえるんですか?」
「ええ。それについてなんですが……今日って着替えとか、持って来てますか?」
「着替えなんかないですよ。っていうか、すぐにでも帰りたいんです」
「いや……すぐに帰って頂く訳には、そのお、あのお、行かなくてですね」
「なんでですか?」
「どうしても、私にその権限がなくてですね……でも、すぐに来ますから」
「何が来るんですか?」
「あっ! 来ました来ました!」

 一体、誰が来るっていうんだろうか? 商店街の抽選会だというのに、スーツのオジサンからは妙によそよそしい雰囲気も感じる。
 その場で背後を振り返ってみると、警察官が三人、そして刑事らしき人が二人こっちへ歩いてやって来るのが見えた。
 まさか、こっちへやって来るっていうのだろうか?

「こんちわ。あんたが黄色を出した一ノ瀬さん?」

 細身の年配刑事さんが歩きながらそう尋ねて来たから、なんだか怖くなりつつ僕は頷いた。
 まだ若そうな真ん中分けの刑事さんが、「えっ? この方ですか?」と驚いた表情をしている。

「会長さん、あとはこっちでやりますんで」
「はい、是非是非お願いします! では、一ノ瀬さん。この度は誠におめでとうございました。大変、喜ばしく思います」
「え? ちょっと、え?」

 僕は警官に立ち上がるように言われて、そのまま護衛されながら真っ黒なワゴンに乗り込んだ。前と後ろをパトカーが走っていて、完全に護られているような形だ。

「あの、僕は一体何を当てたんですか?」

 その質問に、年配の刑事さんは鼻で笑いながらも答えてくれた。

「まったく、羨ましいよ。焦ってるとこ悪いんだけど、俺からは説明出来ないんだ。でも、その場所までは警察が護衛するよ。危ないからな」
「えっ……危ないって、なんですか?」
「おい大城! 前だけじゃなくて周りも確認しながら運転しろよ!」

 年配刑事に怒鳴りつけられた運転手は「やってますよ!」と苛立った声で返す。
 本当に、僕は何を当ててしまったんだ?
 怖くなって来て辞退を申し入れようかと思っていると、若い刑事さんと年配刑事のこんな会話が聞こえて来た。

「松田、官邸には先回りして伝えたんだろうな?」
「はい。首相がイギリスに飛ぶ寸前だったんですけど、取り止め間に合いました。良かったですよ、正直ホッとしました」
「おお、タイミング合ってよかったな。もう引き返せないからな、こればっかりは」
「緑だったら……まぁぶっちゃけ何とかなるんですけどねえ」
「黄色だもんなぁ、外交どころじゃねぇよな。今から警察になりてぇって奴はよ、俺らがこんな仕事しているなんて思いもしねぇんだろうな」
「まぁ警護っぽいっちゃ警護っぽいっすけどね」
「これって完全にヤー公共を締め過ぎたツケだよなぁ。こっちゃ時間ばっかり取られてよ……あいつらにやらせておけば良かったんによ」
「じゃあ暴対法緩和するように、働き掛けます?」
「バカ。俺ぁおまえと違って定年まであとちょっとなんだ。今さら何か変える気はねぇよ。グチだ、グチ」 
「その感覚、分からないっす。おっ、オオヨド神から承認出たそうです。大城さん、急ぎましょう」

 オオヨド神……? 僕はこれから何処へ連れて行かれようとしているんだろう? さっきから何かあったら逃げ出そうと思って扉のドアを確認してみたけれど、ドアの内側には取っ手も何もなくて、内側からドアが開けられないようになっていた。

「刑事さん、あの……僕は何処に連れて行かれるんですか!」

 思い切って声を掛けてみたけれど、何の答えも返って来ない。
 車はレインボーブリッジを通り過ぎて、どんどん都会の隅へと向かってスピードを上げて行く。

「あとニ十分です」

 運転手の大城さんの言葉で、何処へ向かっているのか考え始めてみたけれど、僕にはちっとも見当がつかなかった。
 車は通る道の赤信号を青信号に変えながら、止まることなくグングン夜になった街を進んで行く。


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