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中縹の五月

小説を書いていて色の表現に迷う時があった。
藍よりも濃いあの色は、一体何色なのだろう?
そう思って調べてみると

「中縹(なかはなだ)」

という色に出会った。

イメージに近いな、そう思ったのだけれど残念ながらこの目は生まれつき色弱なのを忘れていた。
他の色に紛れた瞬間、細微な色は全て個性を失くして別の色に塗り殺されてしまうのだ。
難しい言葉は使わず、いつものように書こうか。

そう考えながら中縹の濃い青を見つめているうちに、ふと懐かしい気持ちになった。

あれはもう今から十五年以上前の話だ。
人生で一番輝く時期を謳歌していた。
当時、歌を書いていて歌詞にもそう記してあった。

そんなある日、友人と二人きりでドライブへ出掛けた。
ちょうど今時期の夕暮れ前だった。

友人は出会った頃から思慮深く、当時の僕は今と変わらず思慮の欠片もない鶏のような頭をしていた。
実際、髪の毛をアッシュにして鳥みたいな頭にしていた。

そんな僕とは対照的に、友人は将来への不安、周りの友人達との関係性、恋人になり掛けた相手との軋轢、事ある毎に、いや、事がなくても一々立ち止まって悩み続けていた。

車に乗る様になってから、友人と二人で深夜にガストへ出掛ける事が増えた。
下らない話を繰り返し繰り返し、それでも下らない話をする事が何よりも楽しくて仕方のない時期だった。
今思えば何て贅沢だったのだろう、と思う。

友人は当時はまだガラケーだった携帯電話を取り出し、こんな事を言った。

「この携帯がいつか相互監視みたいな役割を持つようになると思わん? 携帯の中にご近所さんがいる、みたいなさ。俺はそう思うんさ。画面の中にばっかり気を遣うようになってさ、本当の近所の人なんかよりもよっぽど気を遣うようになってさ。そうなると逆に人って本物の人を求めるようになると思うんさ」

当時は2003年くらいだったと思うが、友人の言っていた事は今のSNSを予言していたように思える。

オカルトやゲームが大好きな割に、格好や流れてるソウルは生粋のB-BOYだった。
その癖、多く人が集まる場所に居ると急に引っ込み思案になって部屋の隅っこでキーホルダーゲームのテトリスを延々とやり続けるような変な奴だった。 

僕が人生で唯一、親友だと思い、それを実際口にした彼に、僕は少しだけ憧れの様な気持ちを抱いていた。
彼はそれなりに背が高くて顔立ちが整っていたのでかなりモテていた。彼の側ではいつも僕は二番目だった。
いつかコイツの目の前で誰かの一番になりたいな。

僕に彼女が出来ても、僕は彼の前でそんな事を想い続けていた。
それは見てくれがどうとか、モテるモテないの次元じゃなかった。
彼への憧れはそのストイックさにあった。

左利きなのに本格的に始めたら困る、という理由で右利き用のギターを使用していた。
コードもロクに弾けなかった中学時代、彼は耳コピだけでとあるミュージシャンのギターソロを完コピして見せたりしていた。

HIPHOPにのめり込む様になると様々なリリックを頭の中に叩き込み、いつもブツブツ呟いていた。
ゲームの腕前も凄くて、グラディウスのレベルMAXをノーミスで全クリしてしまう程だった。
しかも、半分寝ながらだ。

中学の頃に出会い、高校も同じだった。
高校三年になってクラスが離れ、友人関係も変わった。
その一年、僕は彼を放置し続けた。
その後の一年も、バンドが忙しく遊んでる暇なんか無かった。

高校卒業後、久しぶりに会った近所に住んでいるはずの彼は、すっかり見る影もない程に変わり果てていた。
働かず、暗い部屋に一日中引きこもってラップを呟きながら延々と古いゲームをプレイしていた。

一年以上遊びに行っていなかったので、久しぶりに会った時に何て言葉を掛けて良いのか分からなかった。

僕は彼の横でビールを飲みながら、彼のプレイするグラディウスをただ眺める事しか出来なかった。
彼もまた、僕が来ても言葉を発しなかった。

一時間か二時間が経った頃、僕は耐え切れず声を掛けた。

「何してんの?」
「本当、俺。何してるんかさ」

そう言って彼は笑い出した。僕もつられて笑った。
その後、ゲラゲラと二人で笑い続けた。

それからしばらくしてバイトを始めた友人と、バンドを解散した僕は数人の仲間で遊ぶようになった。
それから女の子達も集まる様になって、毎週毎週郊外のアパートに集まってどんちゃん騒ぎをやらかした。

そんな中で友人はかつての同級生へ恋の感情を抱き、それなりにそれなりの事があった。
周りは僕も含めて「良いんじゃない」って感じだったけれど、彼も彼女も、頑なにそれを言おうとはしなかった。

ある日、僕がその集まりから抜ける事になった。
当時付き合っていた彼女がキレにキレたのだ。
考えてみれば「皆と遊びたいから今週はゴメン」、なんて言う彼氏はどうかと思うし、彼女は良く耐えてくれていたと思う。

自然とリーダー格のようにされていた僕は数人から引き止められた

「まとまり無くなるから黙って来ればいいじゃん!」

けど、そんな事は出来なかった。
友人も、そんな事は言わなかった。

その代わり、皆といる時には引っ込み事案なはずの友人が僕にこんな事を言い出した。

「俺がたけちゃんの代わりになるよ。皆をまとめるにはどうしたら良いんかさ?」

それからまた、二人きりで遊ぶ機会が増えた。
家も近所だったし、時間は限りない程あるものだとばかり思っていた。

バンドを解散したついでに、彼とバンドを組む事にした。
身近な友人と大人になってからバンドを組むなんて物凄く小っ恥ずかしかったけど、彼のギターは上手かったのだ。
彼は大喜びしてくれた。二人で新しいギターも買いに出掛けた。
ちょうどこんな季節の出来事だった。

鬱を叫ぶミクスチャーロックをやろう。
社会に楯突いて、痛い所を沢山突いてやろう。
そんなビジョンを二人で山ほど語った。
語るにはタダの夢も、いざ追い掛ければ金は要る。
録音機材は僕が持っていたから、エフェクターなんかは分担して揃えよう、なんて話していた。

新しく友人達の輪を保ち続けようとする彼の姿勢に、僕は「責任」という言葉を感じた。
ただぼんやり、何となくリーダーとされていた僕とは違い、彼は自分から名乗り出たのだ。
それほど、あの場所が好きだったんだと痛感させられたりもした。

青よりもずっと濃い色の夕闇で、僕らは川を眺めていた。
山間にある小さなコンビニの裏手にある川を眺めながら、色々な話をした。
将来が今よりもっと楽しくなるだろう、と言う事。
変えられないと思っている事も、いつか変えられる日が来ると信じる事。
冷静に世の中の変わり様を眺めながら、決して人間である事を忘れない事。
好きな女の肌の話。一番エロいキスの仕方。
夜中、ドキドキしながら三キロも離れたエロ本自販機に自転車を飛ばして向かった事。
夜中に集団で自転車を漕いでいたらヤクザに絡まれた事。

土曜日はスタジオだから忘れないでよ?
あぁ、二時半。夜中じゃねーよ、昼だよ、昼。
ケーブルだけあれば良いと思うけど、マーシャル使わないんだっけ? 
そうそう、この前彼女と水上行って来たんだけどさ、群馬ってマジで良い所だったわ。

群馬出身の彼に、そんな事も話した。
そして、それきりになった。

夏よりももっともっと暑く感じた梅雨の日に、彼は事故に遭ってこの世界から居なくなった。
随分と突然過ぎて、受け入れるのに長い年月が掛かってしまった。

彼のバイト先の所長の奥さんが、こんな事を言った。

「亡くなる少し前に、あの子ね、水上に行ったんだって。お饅頭貰ったの。凄く楽しそうに話してくれたのよ」

何故だか僕は、その話を聞いて無性に腹が立って仕方無かったのだ。
何で言ってくれなかったんだよ、水臭ぇな。
死んでも水臭ぇな、おまえは。
そんな事を想いながら、何も言い返せずに奥さんの前でボロボロに泣いてしまった。

ゆっくり休めよ、なんて言った事はない。
寝てんじゃねーよ、起きてろよ。
こっちが逝くまで絶対起きてろよ?
寝るのが早えんだよ。馬鹿。
そういやお前、ロングスリーパー過ぎて俺の部屋で寝て何しても起きなかった事あったよな?
Dと二人で布団引っ剥がしてもまだ寝てたっけな。
本当寝るのが好きだよな。
そっち逝くまで絶対起きてろよ。
起きて、俺達の憎まれ口聞き続けておけよ。
早く寝るのが悪いんだからな。
そっち逝ったら殴ってもいいから、耳かっぽじって良く聞いとけよ。馬鹿。

そんな事を、思っている。
中縹に染まる五月の夕闇と、川の匂い。
いつまでも覚えてるのは、覚えてるんじゃなくて刻まれてる証拠だわな。

いつかまた話せると思っているから、さようならは言わない。
ゆっくり眠ってくれ、とも言わない。

ただ一つ、言葉を送らせてくれ。

お疲れさん。
待っててくれよな、いつか行くから。

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