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アイツの字 【作文用紙一枚の小説】

 婚姻届けの保証人になったアイツの字を見ながら、妻になる君と笑い合っていた。

「めっちゃ下手じゃん」

 真剣に書いてくれたアイツは、書き終えると「おめでとう」と照れ臭そうに言っていた。

 数年後。離婚届の保証人になったアイツの字を見て、僕は呟いた。

「結局、上手くならなかったな」

 アイツの字のことを言ったつもりだったけど、元妻になる君は溜息を吐きながら言った。

「元々、下手なのよ。誰かと生きて行くのが」

 市役所に提出しに行く頃には、二人の部屋が一人きりの部屋に変わっていた。
 これでもう、完全に独りになってしまったんだと実感した。

 慰めるつもりだったんだろうか。
 アイツは全く上達しない下手くそな字を書きながら、「これも経験だよ」と笑っていた。

 市役所の帰り道。アイツが昔も今も変わらず独身であることを思い出して、少しだけ腹が立って、それと同じくらい笑いそうになった。

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