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【小説】 童貞村 【ショートショート】

 2038年。モラルの高さがステータスとなりつつある日本において、モラルの欠如が著しい「おじさん」達の居場所は最早社会に無くなりつつあった。
 昔の研究では「昭和の生き残り」が文化として「おじさんライン」や「ウケないのにギャグを言う」等の行動に出てしまうと思われていたのだが、実はそれらが世代を問わず「おじさん」特有の症状である事が研究結果により判明した。
 
「ゆうちゃん、元気カナ?今日は天気がいいので群馬の秘境温泉に一人旅で来ています(笑顔の絵文字) ここへ来る途中、何回もゆうちゃんと一緒に来れたらなぁ……なんて想像!?ちょっとエッチなことも考えたり!?」

 吐き出し口のないリビドーによる衝動に駆られ、ついついそんなラインを打とうものならAI判定により送信直前でスマホが自動分解する仕組みまで出来上がっていた。
 行き場を失くしたおじさん達。それも社会において、最も需要がない「おじさん童貞」達は自ずと女性の目を避けるようになり、ついには街の郊外にスラムのような村を形成するまでに至った。
 自然淘汰とも言える棲み分けという事で、

「おじさんなんか見たくもない!」

 という女子達の声に

「はい。……あのう、じゃあ……消えます」

 と、童貞おじさん達は応えた訳である。

 結果、街ではセクハラやモラハラといったものが減少し、おじさん童貞達は街の果てに作られた「童貞村」でとても寂しく、それなりに平和な余生を過ごすといった具合になっていた。
 村には「童貞長」というアニオタ歴五十年の猛者がおり、彼がこの村の掟だった。

・三次元は被害者が出る。二次は全てを受け入れてくれる。

 童貞村ではトタンや廃材で作られたバラックの壁を覆わんばかりに、そんなスローガンが貼り出されている。
 村の雰囲気や生活模様はそれはそれはもう女性が見たら発狂死しそうなもので、彼らしか存在しないからこそ成り立っている景観となっていた。

 ある日、水だけで洗濯機を回す下っ端童貞の三郎が三級品の煙草を吸いながらダイナミックな屁をこいていると、村の入り口に一人の女性が立っているのを目撃した。

 三郎はすぐさまその場から逃げ出し、村のやぐらに設置された「女性警報器」のスイッチを押した。
 村中に響き渡る鐘の音。そして自動音声。

「推しを思い出せ! 二次は人を傷つけない! 繰り返す! 推しを思い出せ! 二次は人を傷つけない!」

 そんな音声が村のあちこちのスピーカーから発せられると、おじさん達はあばら屋の中へ引きこもり、女が村を通り過ぎてくれるのをひたすらに待ち続けた。
 三郎が小屋の中で身を震わせていると、中堅童貞の太一が遠い昔の出来事を震える声で話し始めた。

「サブ……オレはな、昔……「枯れ線」って言葉に惑わされたことがあった……」
「か……枯れ線?」
「あぁ……オッサン好きの若い女の事さ」
「オッサン好きの、わっ! 若い、女!?」

 声を裏返して三郎が驚くと太一は血走った目でシッ、と人差し指を立てた。

「サブ、今のは童貞長に聞かれたらタダじゃ済まねぇぞ……」
「す、すいません。煙草はここでは、すいません……」
「うむ、いいギャグだ。面白すぎて腹がちぎれそうだが、今はオレの話を聞いてくれ……。過去のオレは「枯れ線女子」の「私、太一さんなら全然恋愛対象ですよ」という発言を鵜呑みにしてしまった」
「そ……それは……!」
「調子に乗ったオレは、その子に毎日のようにラインを送りまくった……。散歩へ行く時、飯を食う時、酒を呑む時、買い物へ行く時……よかれと思い、全て写真付きで送りまくった……けれど、やがて返事が少なくなり、焦ったオレはもっとオレを知って欲しいと思い……こんなラインを送ったんだ……」
「そ……それは……どんな……?」
「八十万の結婚指輪の写真と共に、お茶目な文章で……「よし!もうオレら結婚しよう!ちな、断るとかナシ!一生、オレにしかついてくるな」……と」
「うわ……今だったら刑法違反ですね……」
「いや……当時も刑法違反だった」
「なんでですか!?」
「ストーカー規正法……高い高い、壁があったんだ……」
「太一さん……!」
「結果……俺は捕まった。あいつら……! その気にさせやがって! 畜生! オレだって……人間なんだ……畜生!」
「太一さん! 復讐してやりましょうよ! 悔しいですよ!」
「やめろ! 50半ば過ぎの童貞に何が出来るか!」
「俺達だって……人間なのに……」

 自分の行動や言動を棚の一番高い場所へ上げまくった太一の話が終わると同時に、小屋をノックする音が部屋に鳴り響いた。
 
「お兄さん達、どう? 出てらっしゃいな」

 その声に、思わず三郎の喉がゴクリと鳴った。

「やめろ! サブ! ヤツらを信用するな!」
「お……俺はまだ……43の童貞ですから!」
「サブ!」

 三郎はあっという間に三次元の誘惑に負け、半狂乱の姿となって外へと飛び出した。
 そして、その日以降三郎は童貞村に姿を見せなくなった。
 
 それからというもの、女性は何度と無く童貞村に奇襲を仕掛けにやって来た。
 その結果、次から次へとおじさん童貞が村から忽然と姿を消して行った。

「脂谷……ハッカス……タムシに、歯抜け……毟りハゲに、アゴ山……みんな、いなくなったなぁ……」


 部屋に響く虚しき独り言。いよいよ童貞村、最後の一人となった童貞長・今田道帝(いまだみちかど)はボロボロのゲーミングチェアに座りながら、その時を待った。
 村の一番奥の掘っ立て小屋がノックされ、女性が今田に囁いた。

「ねぇ、もういい加減私と遊んでくれても……いいんじゃない?」

 今田は童貞村の長として、すべての目力を込めて女性を睨み付けた。
 ここで俺が負けたら、全ての歴史が変わってしまう。
 ここがなければ、おじさん童貞という存在は社会から抹殺されてしまう運命にある。
 だから、俺は負ける訳にはいかない!
 今田が心の中でそう叫ぶと、女性の手の平がそっと無精髭まみれの頬に触れた。

「ふうおっ!? 優しくて気持ちよく、実にいい香りなんだお!」

 それが童貞長、今田の最後の言葉となった。

 重機によって解体されて行く童貞村を眺めながら、とあるメーカーの経営陣がこんな事を話している。

「見事、開発成功だな」
「これからは自立型アンドロイドダッチワイフ「あなろぐユキちゃん」が童貞野郎達の真の希望になりますよ」
「あれだけ頑なだった連中が、これだものな……」
「恋愛も出来るダッチワイフです。色々と苦労はありましたけどね」
「そうだな……ところで、早坂研究員」
「はい、何でしょうか?」
「君は、童貞かね?」
「…………もちろん」
「……そうか。私もだ」

 その後、童貞村の跡地には自立型アンドロイドが接客を担当する巨大アダルトショップが建てられた。
 店で働く者達は、従業員としてまた一人、また一人と戻って来る男達との邂逅を喜び合っているという。

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