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【小説】 ツナガリゾンビ 【ショートショート】

 まぐれもまぐれ、大まぐれが起きた。
 三十を過ぎてなお、単発派遣社員としてこの世をプラプラと生きていた僕に宝クジ二等が当たったのだ。

 二等とは言えどその額は一億円を越えている。
 急に舞い込んで来た大金をどう使おうか考え、先ずは派遣会社と、そこで働く労働者達と縁を切る所から始めた。
 万が一でも宝クジが当たった事がバレたりしたら、僕の命が危なくなるからだ。

 莫大な資産をただ消費するだけでは生活水準が大きく変わり、近いうちに破綻する未来が見えた。
 資産を増やす方法は何かないか? と思い、SNSを彷徨っていると「未来志考PJT」と言うグループの存在を知った。
 ベンチャー企業の若手社長や芸術家の卵などが集まり、それぞれの持つビジョンを語り合ったり新しいビジネスの為に繋がりを増やすのが目的なんだとか。 
 僕は早速「投資家」としてエントリーし、近日中に催されるパーティーに参加する事になった。

 パーティーの行われる会場は駅から程近いビルの中にあった。扉を開けると活気と野心溢れる大勢の若者の姿が目に飛び込んで来て、僕は一瞬にして自分の事を「場違いだ」と感じてしまった。
 グラスを片手に談笑し合う人々の目につかないよう、会場の隅でスマホを弄っていると背が高く、顎髭を蓄えたツーブロックの男に声を掛けられた。見るからに仕立ての良いグレースーツを着ている。

「こんばんは! 今日は初めてですか?」
「あ、あの、はい。こういう場所は、なんだか慣れないですね、ははは」
「皆始めはそんなもんですよ! 初めまして! 私、アイエスエンジ・ジャパンの谷原と言います! よろしく!」
「ぼ、僕はと……投資家の山田です」
「投資家さんですか! 早速良い出会いになったようですね!」
「あ、あの……谷原さんはどんなお仕事を?」
「はい。私達の会社、アイエスエンジ・ジャパンでは働き方を選択した事業者さんへ未来に対する意識を改善する専門チームを派遣させて頂き、事業者さんがより良い社会貢献が出来るよう日々研究を重ねております。ビジョンオペレーターによるフューチャーマネジメントが専門です」

 谷原の言っている事が全くもってチンプンカンプンで、僕は「なるほどぉ」と返事をして誤魔化そうとした。
 それ以上話しを広げられずにいると、ド派手な色合いのカーディガンを着て丸いサングラスを掛けたロングパーマの痩せた男が谷原を押し退け、僕に声を掛けて来た。

「投資家さん、ちわっす。トータルロマネストの早田って言います。出会いに感謝」

 そう言っていきなり差し出された手に、僕はどうしたら良いのか分からずチョキを作って返した。
 すると痩せ男は指をパチン、と鳴らして頷いた。

「感性のアベレージが高いっすね」
「か……感性、のアベレージ?」
「志考的に、あ、この集まりの事っす。志考的に良いマインドっすね。繋がってますか?」
「つな、繋がって? いや、スマホは、はい。電波立ってます」
「それもー、大事っちゃ大事っすけどー、人と人っすよ。繋がり持っちゃいましょうよ! イェー!」
「はぁ、あの、まぁ……あの、起業とか詳しいですか?」
「あー、そしたら……まぁ僕はトータルロマネストとしての展開がまだなんで……ジョーさん呼んで来ます」
「ジョ、ジョー?」
「ジョーさん! 投資家さんがお呼びっす!」  

 痩せ男が声を上げると、人垣の中から見るからにガタイの良い短髪の男が姿を現した。黒いスーツを着ているが、筋肉の盛り上がりをまるで隠し切れていない。
 筋肉男は挨拶代わりなのか、谷原の頭をくしゃくしゃに撫で回し、痩せ男の尻を叩いて僕の前に立った。

「どうも。志考PJTにフロンターとして長年携わってます、ウェイクアッパーの坂崎です。よろしく!」
「は、はい。あの、投資家の山田です」
「ほう、ほうほう。投資……どんな物に?」
「いえ、あのぉ、それはこれから考えてまして。あの、起業にお詳しいとの事で……」
「ええ。何千社という会社が起業する姿を見ていますからね。良い目覚め、悪い目覚め、沢山ありましたね」
「これから始めるにはその、具体的にはどんな種別というか、業者が良いんですかねぇ?」
「いや、まずは起業スキームを組み立てる為にベッドを買いましょう。目覚める瞬間は質の良いベッドの上の方が良いです」
「ベッド……ですか?」
「この意味、お分かりになられますよね?」
「ニトリ……いや、イケア、ビバホーム……?」
「んー……悪くない考えなんですけど……谷原、山田さんのレンジアップはまだ?」

 話を振られた谷原は髪の毛を直しながら口を尖らせて言った。

「あ、まだっす。今日初回なんで」

 レンジアップ? 一体何をチン、するというのだろうか。
 僕は意味が分からず突っ立っていると、今度は占い師のような長い紫のストールを頭から腰に掛けて巻いた中年女性が現れた。

「あらー、どうしたのかしら? ずいぶん楽しそうにやってるじゃない」
「渡良瀬さんっ! いらっしゃったんですか!」
「当たり前でしょう? 花を添えに来てやったわよ」

 筋肉も谷原も痩せ男も、この女性をまるで恐れているかのように深く頭を下げて挨拶をしている。
 このオバサンは一体何者なんだろう? そう思っていると谷原が頭を下げながら女性に手を向けながら、僕に説明を始めた。

「このお方は志考オーガナイザーの渡良瀬さんですよ! 投資家さん、挨拶してっ!」
「あっ、どうも」

 僕はそうか、と思いながら軽く頭を下げた。しかし、谷原が激しく頭を振って早口で言った。
 
「ダーメー! そんな軽くっちゃ! この方はフォロワー三千人だよ!? 三千人!」
「はぁ。えっ?」
「三千人!」
「え……で?」
「だから三千人ですって!」

 それの何が凄いのか分からなかったのだが、渡良瀬は止める訳でもなく、まんざらでも無さそうな顔で突っ立っている。
 筋肉男は苦笑いのような顔をしながら「レンジアップがまだなんで」とか言っている。
 僕はもう何が何だか分からなくなり、渡良瀬に肝心な質問をぶつけてみた。

「あのー、この集まりって何なんですか?」

 渡良瀬はフンッと鼻を鳴らし、腰に掛かったストールを首に巻き上げた。

「ここは志のある者の集まりよっ!」
「何の志です……?」
「繋りよ。繋がって、考えるの」
「あの……何を?」
「志、よ!」
「具体的には……?」
「繋がりよっ!」
「繋がって、それで、あの、何をどうするんですか?」
「志すのよっ!」
「ですから、何を志すんでしょうか……?」
「繋がりよっ!」

 僕は頭がクラクラして来てしまい、そのまま会場を後にした。
 
 一体何の集まりだったんだろうか。家に帰った僕は不思議な体験をしたと思いながら机に向かう。

 これから何をしようか。何をするべきなのか。
 まず、起業をするにしても手掛かりを掴まないとな……。

 その為にはどうしたら良いんだろう?
 そうだ、肩書きがあった方が聞こえが良い。
 でも、これと言って何をした訳でもないし……。

 それっぽく、トータルキャピタライザーなんてどうだろ?
 意味は分からないけど、聞こえは良い。
 それから、どんな方法で何をすべきか見つけなくてはならない。

 その為には何をするべきか? 人脈を増やした方がいいな。
 そうなると、誰かとの繋がりを持たなければ。
 繋がらなければ。繋がりを、もっともっと持たなければ。
 そうだ、そう。繋がるんだ。繋がりを増やしていけばいいんだ。

 僕は無意識の内にスマホを操作し、次回「志考PJT」の集まりに予約を入れていた。
 繋がらなければ。何の為に?
 そう、志す為さ。
 何を志すのかって?
 そんなの分かりきっているだろ? 
 繋がりだよ。

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