【小説】 人類へのお知らせ 【ショートショート】
これと言って何の特徴もない東京近郊の街、南母那市(なんもなし)の人々はこれと言った災害に見舞われる事もなく平和に暮らしていた。
ある日、学校帰りだった小学三年生のN君が通学路の畑に謎の看板が突然立てられているのを発見した。
看板は縦型で約1メートル。アルミで出来ていて、鈍い銀色の光を放っているが何の文字も入れられていなかった。
「これから宣伝とか書くんじゃん?」
友人のF君が興味なさげにそう言うと、N君はそれに納得しその場を離れた。しかし、このような看板がこの日以降続々と街中で発見される事になる。
看板はどれもこれも畑に立てられていたものと同形状で、やはり何の文字も書かれてはいなかった。
地主に尋ねてみても誰も心当たりが無く、大掛かりな悪戯の可能性もありついに警察が調査する事になった。
が、やはり犯人は見つからなかった。その代わり、看板に「撤去のお知らせ」という張り紙を貼って様子を見る事にした。
その翌日、ある歩道橋の下に立てられた謎看板の前を通り過ぎようとした主婦Aが、ベビーカーの中の我が子の異変に気が付いた。
看板の前を通り過ぎた辺りから、尋常ではない泣き声を上げ始めたのだ。
赤子はまるで何かに襲われるのを嫌うように、手をバタバタとさせて泣き喚いた。主婦Aがいくら泣き止ませようと思っても赤子は泣き止まなかったが、謎看板から離れるとすぐに落ち着きを取り戻した。
それからすぐ、主婦達の間である看板の噂が都市伝説のように飛び交い始めた。
それは
「謎看板の前を通ると絶対に赤ちゃんが泣く」
というこの世の誰もありがたがらない迷惑な噂だった。
事実、数々の主婦がスマホを片手にベビーカーで謎看板の前を通り過ぎようとすると、赤子は皆同様に激しく泣き始めた。
その様子がSNSで拡散されると、南母那市始まって以来の初めての「南母那市ブーム」が巻き起こったのであった。
街中で散見されるようになったベビーカーの行列。それに便乗した出店の屋台が並び、いつの間にか「なっこちゃん」というゆるキャラまでも出現した。
しかし、ブームとは言っても一度泣き始めた子供をあやすのは相当大変で、南母那市に訪れたブームの熱は急激に冷めていった。
その夏のある日。小学生のN君は看板の前で泣き叫ぶ下級生達の姿に気が付いた。
「おいおい、おまえらどうしたんだよ?」
そう声を掛けてみたが、誰もかれも泣いたままでN君の声に反応すら見せなかった。
N君は看板に怖い絵か何か書かれているのだろうと思ったのだが、看板には何の絵も文字も書かれていなかった。
その夜、N君は父と共にランニングを行っていたのだが、看板の前に差し掛かると足を止め、突然赤子に還ってしまったかのようにわんわんと泣き始めた。
父は泣き喚く我が子を何とか宥めようと必死になったが、普段ランニング以外で言葉のコミュニケーションを取る工夫を行っていなかった為に、父としての不甲斐なさからその場で泣き出しそうになってしまった。
小学生、そして中学生、高校生と次々に看板の前で泣き出す者が増えた。
その理由を聞いた大人達は大抵腹を抱えて笑うか、冗談を抜かすなと叱り付けるかのどちらかだった。
二十歳寸前の未成年者を含む子供の信用度が著しく低いこの国で、大人達が子供達を信用するには子供達と同じ経験をするしか方法はない。
N君の父はある晩、残業で帰りが遅くなった。
それでも疲れ切った頭で「子供との話し方100」というハウツー本を街灯の明かりで読みながら、車に注意しながら家路を歩いていた。
自宅近くの畑の脇に立てられていた謎看板に近付くと、不思議な事に妙に看板が気になりだした。
ふと立ち止まって看板に目を向けてみると、今まで書かれていなかった文字がそこに書かれていた。
N君の父は、その文字を思わず口に出して読んでみた。
「左を見よ……我々は太古から君達と共にいる……? なんだこれ」
交通標語ではなさそうなその言葉に首を傾げ、何気なく左に目を向けた。
すると、路上に得体の知れない不気味でグロテスクな生物が立っていた。
蝉の身体のような黒く大きな頭部。その頭の先から烏賊の足のような触手が伸び、5、6本が宙をびゅんびゅんと動き回っている。
身体はおよそ人間と同じような造りなのだが、銀色のスーツに身を包んでいる。
恐怖のあまり声すら出せずにいると、その生物は片手を差し出し、握手を求めてN君の父にゆっくりと歩み寄ってくる。
MRIの検査中の音のような「ビビー! ガガガー!」という機械音がその生物から発せられた瞬間、N君の父は年甲斐もなく路上に伏せ、泣き喚き始めた。
この日を境に南母那市では街のあらゆる場所で大人達が恐怖によって泣き叫ぶ光景が目撃され始めた。
しかし、不思議な事に看板の前に立つグロテスクな生物は未だに映像として捉えられていない。
「南母那市にまたブーム起こしたいからって、住人達は必死過ぎ」
街の噂を聞いた人達は皆、今でもこんな反応を見せている。
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