たまに遠くに行った方がいいって思った
高城剛さんのファンだ。「移動距離とアイデアが比例する」という考えが好きだ。移動しないと見えてこないものがたくさんある。基本、私の目は節穴だ。というか、見慣れると、違和感が見えなくなる。
便器の「ふた」を閉めましたか?。バスが止まってからお立ちください。お忘れ物はありませんか。
こういうものへの違和感は日本に帰って2週間もすると消えてしまう。それは、あまりにも当たり前にそれが存在して目が慣れてしまうから。人の順応性ってすごい。
いつものことだけど、「日本はすごい/すごくない」とかっていう話ではなく。
イタリアでも最近はトイレに「綺麗に使ってくれてありがとう!」的な張り紙を見るようになったけど、基本、掃除はお金を払って人にしてもらうものだし。トイレのふたどころか便座が壊れてなくなっているところも多い。辛い。
日本は面白いってはなしです。
例えばデパート。上から下までいっぱいある似たような洋服のお店。何年と受け継がれる、呼び込みの「いらっしゃい(一息)まっせぇー」。年齢で分けられた女性服のフロア。おばさんはここ、若い子はここ。
一歩離れて、「なんでだろう?」と考えるといろいろ気づきがある。
すごく暑い中のサラリーマンの背広とか。女の人がファンデーション塗るのがデフォルトになってることとか。
東京に数時間だけ滞在したんだけど、地方にない発見もいろいろあった。
天井の低い駅の地下に無数にあるお土産店。大きな声を出せと指導されているんだろう試食oKと書かれたお店の人の声。彼女が掲げる目立つことのみを目的とした補色のボード。
お持たせ文化にあまり縁がないんだけど、「おお本当に土産を買うんだ!」とか思う。行列に並んで、一人10個しか買えないお土産を買う意味とは(って、これは私が並んで待つのが嫌いだからなんだけど。)
貴重品を手に入れて姫に送るのは、かぐや姫の時代から。。なのか。貴重なものは価値があるのに、その価値を自分で薄めていく感じ。
現地に行かなくても買える全国の有名駅弁。すべての土産物店の女の子の髪がぴっちりとまとめられてところ。制服を必ず着ていること。土産物屋の前で立つ、商品のボードを持ったお店の人。低い天井。
「スーツケースの取り間違えにお気を付けださい」とだけ抑揚のない声で言いながら、それが書かれたボードを持ってぐるぐるスーツケース受取カウンターの周りを歩く女の人。抑揚なく「ぼんじょるのー」と叫ぶイタリアンレストラン。
これは多分旅行者だから気づきやすいこと。
例えば、広島に来た旅行者はカープ帽でうろつく子供の多さと、大人のカープユニフォーム率の高さ。(ユニフォームの多さで、ホームで試合だなとすぐわかる程度)お好み焼きやの多さと広島弁の荒さに気づくだろうし(私は気づかない)。
イタリアに行けば、道に落ちているウンコの多さとか、お金をせびる人の多さが目につく。あと、イタリア人の声が大きいから、日本人旅行者の小さな声はスルーされがちで、無視されたとカチンとくることも多いと思う。
広島と名古屋も違うし、伊勢と東京も違うって話。
時々遠くに行って、目を覆っている慣れで見なくなっている何かに気づいた方がいい。あと、自分と違うタイプのグループに参加するのいろいろ発見あある。繊細さに逃げないようにしないと。
しかし、JRのいろんな買いにくさは目を覆いますね。まとまらない落ち。
終わり
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