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徳井直生『創るためのAI 機械と創造性のはてしない物語』BNN

AIを用いたアートの現状と将来の可能性について知りたい人にとって、現状におけるベストの本ではないでしょうか。著者の徳井氏は研究者であると同時にアーティストです。

出版社は面白い本を多々出版しているBNN。

本書は著者の知識と経験がふんだんに盛り込まれ平明に書かれており、幅広くかつ深く丁寧に考察された専門書であるにもかかわらず、入門書としても非常に読みやすいものになっています。またAIの歴史についても触れられており、それも勉強になります。人工知能の「人工」という言葉がかつて――ダートマス会議が開催された1950年代――には「輝かしい未来のイメージが重ねあわされていた」(p.16)という著者の指摘には、はっとさせられました。

また、古今東西のさまざまな研究者、技術者、発明家、アーティストについて、ここまで網羅的にかつ生き生きと描かれている本もなかなかないのではないかと思います。チューリングはもちろん、エイダ・ラブレス(私はこの本を読むまでラブレス・テストというものを知りませんでした)、バロウズ、イーノ、そして『ペナンブラ氏の24時間書店』(島村浩子訳、東京創元社、2014)の著者ロビン・スローンも登場するのには思わず嬉しくなってしまいます(『ペナンブラ氏』はとても面白い小説なのでお勧めです)。あとは人工生命のカール・シムズとか。私は一時期人工生命に凄く関心があってあちこちの美術館に行っていたので、懐かしく思い出しつつ読みました。とにかく、本書では色いろな人物、作品が扱われています。

著者の立場は明快で、AIによる脅威を恐れるか、あるいは逆にAIなどただの道具でしかないとするか、そのどちらでもないグレーゾーンにこそ、人間がAIを生かし、新たな創造性を生み出す希望があるのだ、というものです。例えば著者は(具体的なアーティストの言葉を引きつつ)次のような例を考えます。私たちがピアノを用いて作曲をしたとき、「ピアノが曲を作った」とは言わないでしょう。しかしそれがAIであった場合はどうでしょう。AIもまたピアノと同じレベルの道具なのか、あるいはAIがその曲を作ったのか。それぞれに正当性はあるでしょう。しかしそうではなく、著者はその言葉通りではないにせよ独自の自律性を持ったAIとそれを使う人間との関係性を解き明かしつつ、道具としてのAIでも自律したAIでもないその中間領域に創造の可能性を見ようとします(ここでポイントになるのが「予測不可能性」です)。これは非常に納得の行く、説得力のある主張ですし、何より、そこで行われる創造って、とても面白そうですよね。

無論、著者は単に希望ばかりを語るのではなく、「AIを用いた創造性」を無批判的に称揚することに潜む危険性についても十分注意しています。なぜならAIを作った誰かが居り、そこには意図があるはずだからです。それをツールとして使う私たちは、自由にそれを創造のために用いていると思いつつ、実はその意図から外れることができないかもしれない。そこにツールを「誤用」する余白は在り得るのか……。これは上で触れた「予測不可能性」とも関係します。そしてAIが生み出す無数の「作品」や「計算結果」に潜むバイアス。これは、それによって人間の美的感覚が無自覚的に影響を受ける(p.239)だけに、人間存在にとって恐ろしく深刻な問題になります。私事ですが、これは私の研究テーマなので、強く同意しながら読みました。ここでも重要になってくるのは予測不可能性です。結局のところ、グレーゾーンにおける本当の意味での創造性はいかにして可能なのか……。注意深くも楽しい探求、それが本書になります。

面白いテーマがたくさん触れられておりすべてを紹介できないのですが、それはぜひ実際にお読みいただければと思います。それからこれは勝手な深読みなのですが、AIはアートだけではなく政治にも深くかかわっているし、これからますますそうなっていきますよね。そのような時代において本書における著者の思想は、AIと民主主義の関係についても、様ざまな示唆を与えてくれるものではないかと感じました。自律したAIによる管理でもなく、誰かの意図を強制するための道具としてのAIでもなく、それでも、避けがたいものとしてのテクノロジーの全面化に対して、グレーゾーンにおける新たな民主主義をいかにして構想し得るのか……。これはまったく私の妄想に過ぎませんが、いずれにせよ、AIと人間のかかわりについて考えるとき、いまもっともお勧めできる本の一冊です。

再び自著の広告を……。hontoの方の書誌情報があいかわらず間違っていて(「別様の未来」が「神様の未来」になっている)、版元ドットコムの方にします。先日、ありがたいことに四国新聞の書評で扱っていただけました。大変にありがたいことです。とにもかくにもなかなか面白い本ですよと自画自賛。よろしければぜひ……。

出版社は共和国さん。最近も続々と面白く攻めた本が出ていますので、こちらもぜひぜひ。

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