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静かな日々 6月

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『サカエダさん(6月16日)』から順に日付を追うと、主人公のちょっと奇妙な日常が浮き上がってくる、つれづれ日記式連作小説です。 曜日、祝祭日は今年とは合致しません。 2008年… もっと読む
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記事一覧

サカエダさんの事

サカエダさんの事

6月16日
 今日は、起きたらまだ午前五時を少し過ぎたところだった。布団から出て台所で水を飲んでいると、僕の横にサカエダさんが近寄ってきた。
 サカエダさんは一昨日、京都から遊びに来た友人のキスミと一緒にうちへ来た。誰かと一緒に来るとは聞いていなかったが、キスミはよく誰かを連れてくるのでいつものように気にせず出迎えた。
 キスミはドアを開ければあとは勝手に上がって勝手に適当な場所でくつろいでいるの

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早朝散歩の事

早朝散歩の事

6月17日
 今朝も早くに目が覚めたので、昨日から始めた早朝散歩に出掛けた。
 家を出る時に時計を見ると、午前五時二十分を回っている。風鈴を下げた窓際で姿勢よく座っているサカエダさんにおはようと言うと、昨日と同じように笑顔で頷き返してくれた。

 犬の散歩をしている人、ジョギングをしている人、新聞配達や牛乳配達の仕事をしている人。早朝は意外と人に会う。僕は近所の大きな公園を一周した。

 昨日も今

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カンダさんと子犬の話

カンダさんと子犬の話

6月18日
 今朝も早く目が覚めたので散歩をした。ここでやめなければ三日坊主にはならないなと思う。
 昨日と同じコースを歩いて公園を一周して帰ろうとしていたら、犬の散歩をしている女の人に声をかけられた。髪が短く、大きな目が少し悪戯そうな女の人だった。たぶん二十代前半くらいだろう。犬は赤い首輪をした柴犬で、利口そうな顔をしている。
 その人は、カンダと名乗った。
 カンダさんは、散歩を始めた僕のこと

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ヨネヤの話

ヨネヤの話

6月19日
 今朝も散歩をした。
 遠目にカンダさんと会ったので、軽く会釈を交わした。

 昼休みに昨日一緒に飲みに行ったヨネヤが今日も飲みに行かないかと誘ってきた。僕は別に構わないのだが、ヨネヤの嫁さんに悪いような気がする。
 ヨネヤの嫁さんのチカコさんとは、高校で同じクラスになったことがあるのでなんとなく性格は知っていた。明るく屈託のない性格で、クラス委員を勤めた。クラスをまとめるのが上手かっ

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子犬の事

子犬の事

6月20日
 朝起きるとヨネヤはまだ居間のソファでぐっすり眠っていたので、起こさないようにサカエダさんに挨拶をした。たぶん、散歩に行って帰ってくるまでは確実に寝ているだろうと思い、そのまま散歩に出掛けた。

 公園に行くと、カンダさんが木立の間にあるベンチに座っているのが見えた。柴犬も一緒だ。
 おはようございますと言うと、カンダさんも立ち上がって挨拶をした。今から子犬を見に来ませんか? というの

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サカエダさんと子犬の話

サカエダさんと子犬の話

6月21日
 僕の家に子犬が来て二日目。
朝起きてみると子犬はまだ眠っていたので、一人で散歩に出かけた。
 公園でカンダさんと会うと、子犬はどんな様子かと聞かれた。
 とても元気がよくて昨日は一日中はしゃいでいたから、今朝はまだぐっすり眠っていると答えた。
 朝、散歩に連れて出ても問題ないだろうかと訊ねると、構わないけれどそろそろ予防接種をした方がいいと言われた。
 もし僕が連れて行けないようだ

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サカエダさんとリンの留守番の事

サカエダさんとリンの留守番の事

6月22日
 僕の散歩の習慣も、定着してきたようだ。小雨が降っていたので今朝は一人で公園を一周して終わりにしておく。
 帰宅してから、子犬のリンに人肌に温めた犬用の牛乳と子犬用のドッグフードを用意して、自分も朝食を摂る。
 サカエダさんとリンは相性が良いらしく、昔から一緒にいたような雰囲気さえ感じる。
 カンダさんから教わったように、別室にリンのドッグフードと飲み水を用意して、サカエダさんにお昼頃

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散歩の事

散歩の事

6月23日
 リンが僕と同じ頃に起きてきたので、一緒に散歩に出掛けた。夜の間に大陸沿いを台風が通過したせいか、嘘のようによく晴れている。
 突然の真夏日にリンは少し驚いたような嬉しいような、という感じの表情でしばらく玄関先から外を眺めていたのだが、僕が一歩先に出るとすぐに後をついてきた。
 普段から首輪はつけているが、綱をつけて外を並んで歩くのは初めてだ。犬好きのヨネヤによれば、散歩は毎日するべき

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夕方の散歩の話

夕方の散歩の話

6月24日
 昨日台風が通り過ぎた影響なのか、今日もよく晴れた。真っ青に抜けるような空が、そういえば六月はもう夏なのだと思い出させる。
 リンは毛布を敷いた寝床で仰向けになって寝ていたのだが、僕が窓の外を眺めているのに気がつくと、もぞもぞと起き出してきて僕の足に片足を乗せて座っている。
 時々僕の足に頭がコツンコツンと当たるのでどうしたのかと思ったら、ウトウトと舟を漕いでいる。犬も寝惚けるらしい。

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リンの無口な事

リンの無口な事

6月25日
 梅雨がまだ明けていないのを主張するように、今日は朝から結構な降りだった。
 今朝はさすがにリンを連れて行くのがためらわれて、結局ひとりで傘をさしていつものコースを回った。
 雨で濡れた服や靴などは鬱陶しいのだが、公園の木々は人間とは対照的で気持ちよさそうに見える。雨はそれほど嫌いではない。

 散歩から帰ると、リンが飛びついてきた。
どうやらお腹が空いたらしく、一度だけ小さく吠えた。

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家の話

家の話

6月26日
 僕の曾祖父は、絵を描くことを生業としてきた人物なのだけれど、若い頃はあまり売れなかったのだと聞いている。
 亡くなった今でも、それほど有名ではないようだが、後年はそれなりに売れていたという話も聞いたことがある。弟子もいたそうだ。
 日本画ばかりを描いていたのだが、あまり実物を目にする機会がなかった。曾祖父は僕が一歳になるかならないか、という頃に他界したのでほとんど記憶にない。幾枚かの

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客人の事

客人の事

6月27日
 朝は少し涼しく、リンと散歩に行ってもそれほど汗をかかなかったが、日が高くなるにつれ、だんだんと蒸し暑くなってきた。
 朝の八時過ぎ、ヨネヤが嫁さんのチカコさんと一緒に遊びに行ってもいいかと電話をかけてきたので、構わないと答えるとそれから一時間もしないうちにやって来た。
 チカコさんとは高校の時の同級だった。ヨネヤとは大学で知り合ったのだそうだ。僕は会社勤めをするようになってからヨネヤ

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日常の話

日常の話

6月28日
 早朝、公園でカンダさんと会ったので少し世間話をする。カンダさんは、リンの母犬と兄弟の子犬を三匹連れて歩いている。一匹は、もらわれてゆく先が決まったのだという。
 リンは、カンダさんの連れていた母犬に鼻面をぺろりと嘗められて、何故か目を丸くしている。その様子が可笑しかったので、二人でしばし笑う。
 リンは、自分が笑われたのが分かったのか、咎めるような目で僕を見た。ごめんごめんと頭を撫で

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蟻の話

蟻の話

6月29日
 朝の散歩から戻って朝食を済ませ、洗濯までしたのに、それでも家を出る時刻までまだ余裕があった。
 縁側へ出て爪を切ることにする。
 不精をして、庭掃除のついでに掃き集めればいいだろうという算段だ。
 リンが物珍しそうな顔をして爪を切るのを眺めている。左手の爪を切り、右手の爪を切り、ついで右足の爪を切ってふと地面を見ると、数匹の蟻が僕が切り落とした三日月型の爪を必死になって運び始めている

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