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散歩の事

6月23日
 リンが僕と同じ頃に起きてきたので、一緒に散歩に出掛けた。夜の間に大陸沿いを台風が通過したせいか、嘘のようによく晴れている。
 突然の真夏日にリンは少し驚いたような嬉しいような、という感じの表情でしばらく玄関先から外を眺めていたのだが、僕が一歩先に出るとすぐに後をついてきた。
 普段から首輪はつけているが、綱をつけて外を並んで歩くのは初めてだ。犬好きのヨネヤによれば、散歩は毎日するべきものだという。
 確かに、それなりに広さはあるといっても、一日中家の中にいたら犬でなくてもストレスが溜まるだろう。スコップとビニール袋を提げ、いつも歩くコースをのんびりと歩いた。
 リンは初めて通る道なので、熱心に匂いを嗅いで回っている。あまり先を歩くと危ないと思い、僕はなるべく隣に並ぶか僕の後ろになるように調節しながら歩いた。

 ちょうど公園で会ったカンダさんに、リンの予防接種などについて聞いた。
 混合ワクチン接種と検便を生後三ヶ月頃にするのだと教えられた。生後二ヶ月までにする混合ワクチン接種、検便、歯の検査はカンダさんの家で済ませてあるそうだ。
 カンダさんが言うには、生後三ヶ月、正確には生後九十一日以降の犬は登録をして鑑札を着けなくてはならないそうだ。鑑札さえついていれば、迷子になっても保護した人や保健所などから連絡がきて、拘留された場合にも殺処分される心配がないという。
 狂犬病予防注射の接種を毎年しなければならないというのは、昔飼っていた犬が毎年注射を嫌がっていたので憶えている。痛いのは可哀想だが、病気になる方がもっと辛いだろうからそれは我慢してもらわなければならない。
 僕だって、子供の頃は予防接種をしたものだ。ひんやりとした注射針を思い出して僕が一人で小さく身震いすると、リンが不思議そうな顔をして僕を見ている。リンに僕の考えていることが分かるとは思えないが、妙に人間くさい表情がおかしかった。

 朝の散歩から戻って朝食を食べ終え、出勤する頃になると、先ほどまであんなに晴れていたのにまた雨が降りはじめた。
 僕は玄関先まで見送りに来たリンと、リンの後をついてきたサカエダさんに行って来ますと言って傘を広げた。傘を開く、ボンという鈍い音に驚いて、リンが慌てて部屋に駆け戻って行った。

 昼休みに、同僚の何人かと話をしているうちに、犬の話になった。
 会社の食堂だったのでいつの間にか人数が増えていて、どういうわけか昼休みいっぱいまでそこで犬の話題で盛り上がった。最初のうちは、私は猫の方が好きと言っていた、フジモリさんやサキカワさんも、誰かが出してきた愛犬の写真を見ているうちに犬もやっぱり好きになって一緒に盛り上がっていた。

 夕飯のおかずを、少しだけリンに分けた。といっても、鶏のささみを湯がいただけのものをいつものドッグフードに添える程度だけれど。
 毎日同じドッグフードだけというのは、飽きたりしないのだろうか。人間の感覚で考えていいのか少々悩ましい。今度誰かに聞いてみよう。
 僕の食べ物を欲しがらせてしまうのは可哀想なので、湯がいたささみは台所から別に持ってきてリンの皿に乗せてあげた。リンはささみの匂いを嗅ぐと、ドッグフードと一緒に行儀良く座って食べている

 子犬は一日四回くらいに分けて食事をするのが理想とされているらしいのだけれど、僕は昼間家に居ないので、家の二部屋に子犬用のドッグフードや水などを用意しておいて、あとはサカエダさんに頼んでおく。
 サカエダさんはどうやらリンの世話をするのに熱心で、一遍に全部食べてしまわないようにリンを誘導してくれているらしかった。リンは、僕よりサカエダさんに懐いているかもしれない。
 

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