「アンチャンティー」5
バックヤードに引っ込むおじさんの背中を見送って、イカの抱くニンジンを引き抜いては抱かせ、また引き抜いては抱かせを繰り返している打謳をゴボウで叩く。
「お前はなにをやっている」
「見てわかるだろう。タコを大根で叩くとやわらかくなるように、イカにニンジンを抱かせてやわらかくなるかの実証実験だ」
「そんなもの、見てわかるか」
――なぁ、あれ。そうじゃないか。
――あぁ、間違いない。絵貸し屋だ。
そんな声が後方から聞こえ、なんとなしに振り向いて見る。次の瞬間、脇腹を強い力で突き飛ばされ、眼前に迫っていた黒い棒をかすめて、誰かのお腹にタックルするような形でつんのめってしまった。
「いや、これは大変失敬――」
顔を上げた先で目にしたものは、私の巻き添えを食らった男の持つスタンガンだった。しかも、トランシーバーみたいな携帯用のではなく、黒い棒の先に金属のポッチがふたつついた、映画とかでよく見るデカいやつだ。
すぐさま戦闘態勢を整えるべく、跳び退る。つもりだったが、運動不足の身体は脳からの緊急指令に上手く反応することができず、倒れた男の上で醤油をかけられたゲソのような、うねうねグネグネとした動きをしただけだった。けっきょく、いったん呼吸を整え、重ね重ね失敬と一言おいてから、普通に立ち上がった。私の下敷きになっていた男は、肘やら膝やらお腹やらにもみくちゃにされて、ひどく乱れた格好をしていた。おい、大丈夫かと、仲間が助け起こす。
「すまない。いまのは違うんだ。このバカがなにを血迷ったのか私の脇腹を押したのが悪い」
「すばらしいタックルだったぞ、我が友よ。見事敵の奇襲を退けたな」
「黙れ。見ろ、彼の可哀そうなアロハシャツを、まるで濁流が押し寄せたあとのビーチだ」
立ち上がったアロハの男は憤慨した様子で棒状のスタンガンを構え直した。助け起こしたもうひとりの男も同じスタンガンを握っている。
――あいつ、絵貸し屋の仲間か?
――我が友って言っていたぞ。
怒りの形相をしたアロハ男と、助け起こした男の視線の先がかすかにズレている。おそらく、このふたりの狙いは打謳ただひとりだった。しかし、突き飛ばされたとはいえタックルしてしまった私の行動と、打謳が口走った「我が友」という言葉に、どうもあらぬ誤解が生まれている様子である。アロハ男の視線はチラチラと私にも向けられていた。
――このシャツ気に入っていたのに。
――大丈夫だ。捕まえればクリーニング代くらいは出してもらえるさ。
「待ってくれよ。私はべつにきみらが打謳を捕まえるのを邪魔したりしない。ここは穏便にだね――」
「問答無用。我々の明確な敵を前にしてなにをのらりくらりと言い逃れようとしている」
打謳がジャケットの内側からドラムのスティックを取り出した。一級品から削り出した樫製の二振りは、その焦げ茶色のカラーも手伝って、どこかの密林に暮らす原住民族の道具のように見える。
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