「令和元年まであと1か月。」
「新しい事を始めようと思うんだ」
飲んでいたウイスキーのグラスを置きながらそう言うと、彼女は軽く鼻で笑って代わりに自分のカクテルに口をつけた。こんな時は大抵の場合、どうやってこのあと僕を小馬鹿にしてやろうかと考えているもんだから、話を続けずに反応を待つ事にした。
「で、次は何をやりたいわけ? 」
意外にもあっさりとした返しに少し驚いたが、まだ気を抜けない。
「お酒の世界の面白さをもっと世の中に伝えるために、エッセイや小説を書いてみようと思ってる。新米バーテンダー向けに教本みたくまとめてみてもいい」
「なるほど、それは面白いわね。ただ、貴方って昔に似たような事をやっていなかったっけ。8年間くらい更新されていないようだけれど? このブログ」
彼女がおもむろにケータイ画面を差し出してみせると、そこには僕自身も今や懐かしいトップページが映っていた。
何で未だにそのサイトをブックマークしているんだ。いつか来たるこういった話題から僕へこの画面を叩きつけるためだけに今まで残しておいたのか。あまりの用意周到さに、顔が引きつってしまそうになる。
「まっ……まぁ、それはそれとして。一応、君にだったら良いアドバイスを貰えると思って話したんだけどね」
彼女とは月に1回か2回か、行きつけのBARで顔を合わせる程度でお互い連絡先も知らない。色恋沙汰などもちろんないし、それくらいの距離感だからこそ他愛もない相談などしやすいというモノだ。それになかなかの賢人であり、度々仕事の悩みなどでも頼りにしている。
「そういえば丁度グラスがカラで、次はマティーニを飲みたいと考えていたのよ」
「はぁ……。すいません、彼女にマティーニと僕にはおかわりを。今度はダブルで」
隣の女性にご馳走などオーセンティックバーではご法度に近いが、バーテンダーも先程までのやり取りを聞いていたようで半笑いで頷いてみせた。丁寧に作られたカクテルに口をつけると、ようやく話が進みだす。
「うちの仕事相手が『note』ってサイトを運営していてね。かなり好調でユーザーも多いみたいだから貴方のやりたいコトの良いプラットフォームになるんじゃないかしら? それに記事を販売する事も出来るから、頑張ったらいつも酔って語っている独立開業の夢への足しにもなるかもね」
さすがは賢人様。求めている以上の解答がさらりと出てきなさる。すると、「あぁ、そうそう」とまだ話足りないご様子。どうしたと聞けば、
「普段エッセイを書いている人間が掌編小説みたいな文章を突然書いたら、いつも読んでくれている人達は混乱すると思うわよ。あと現実の私はこんな口調じゃないし」
「それはメタ発言が過ぎるよ」
『バーテンダーの視(め)』はお酒や料理を題材にバーテンダーとして生きる自分の価値観を記したく連載を開始しました。 書籍化を目標にエッセイを書き続けていきますのでよろしくお願いします。