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翻訳者とコピーライターがコンビを組んだら、トランスクリエイターは要らないのでは?

 トランスクリエイターは翻訳者とコピーライターが合体した職業。

 と聞いて素朴な疑問がひとつ。

 1人で2役こなす必要ある?
 各分野のプロが2人で共同作業すれば済む話じゃないですか。

 シミュレーションしてみました。
 こんな感じ。

・ ・ ・ ・ ・

 南夕子さんは翻訳者。
 北斗星司くんはコピーライター。
 ふたりで事務所を営んでいます。

 ふだんはそれぞれの得意分野を受注。
 たまにトランスクリエーション案件が舞い込むと、がっつりタッグを組んで一緒に日本語コピーを完成させます。ギャラは折半。

 きょうもこんな仕事が来ました。

Tom Eckersley (1957-1959)

 依頼主は日本郵便。「レトロな英国のポスターを日本全国の郵便局に貼り出して、小包サービスのユーザーを啓蒙したい」

  Please pack parcels very carefully.

夕子「切実なメッセージよね」

 開梱したら中身が割れていた。夕子さんにも経験がありました。購入したお店に伝えると「責任は配送業者に」との回答。でも素人目にも梱包が雑だったのです。

星司「英語が苦手な僕でもこれくらいはわかるよ」

  荷物の梱包は十分な注意をお願いします。

夕子「そうね。carefully は《ていねいに》とか《しっかり》とか」

星司「オッケ」

 5分後、星司くんの案ができたようです。

  梱包は  ていねいに

夕子「‥‥え?」

星司「文字数少なく、フォントを大きく。みんなが覚えやすいように」

夕子「うーん。これじゃまるで小学校の《廊下を走らない》の張り紙ね。星司くん、英文をよく見て」

  Please pack parcels very carefully.

 Pleaseから始まってるでしょ。

星司「あ、そっか。じゃあ」

  お荷物の梱包は  ていねいに

星司「お荷物の《お》でプリーズ感を出してみました」

夕子「あのね、もうひとつ見逃してるの。ほら気づかない?」

 星司くんはポスターに目をこらしますがわかりません。
 あなたはわかりますか?

 ではヒントを。
 トム・エッカズリーはこんなポスターも作っていました。

Tom Eckersley (1957-1959)

星司「Pがやたらと出てくるね」

夕子「それよ。頭韻」

  properly packed parcels please
  小包はきちんと梱包してください

 同じ頭文字の単語を連ねるのが頭韻(alliteration)。目で見て覚えやすくするテクニックです。Pが4つも並んでさすがマザーグースの国。

星司「韻律を整えて覚えやすいフレーズにしろってこと?」

夕子「それもあるけど‥‥」

 ていねいな梱包を促したいだけなら

  PACK PARCELS PROPERLY

 シンプルにこう言えばいいのよね。

夕子「問題はなぜていねいな言い回しにしたり、頭韻を使おうとしたかよ」

 夕子さんはこう推理します。
 荷物の中身が破損した時、梱包した荷主と運んだ郵便局どちらの責任か。悩ましいところです。郵便局としては「お願いですからしっかり梱包してください!」と声を大にして言いたいはず。

 お人形のポスターにはこんな一文も添えられていました。

  certain articles need special packing
  ...ask at Counter for the Leaflet
  特別な梱包が必要なお品もあります
  カウンターでパンフレットをどうぞ


星司「正しい梱包を教えてクレームを減らしたかったんだな」

夕子「そのためにも、言葉の摩擦係数を減らしたかったと思う」

 直球の言葉は時に冷淡で、相手のプライドを傷つけることもあるの。頭ごなしにでなく、優しくなめらかに伝わるようトムたちも苦心したんじゃないかな。

星司「投げかけた言葉を軟着陸ソフトランディングさせる工夫」

夕子「ええ。でもそのニュアンスを日本語でどう表現すれば‥…」

 2人はしばらく考えこんでいましたが、星司くんが何かひらめいたようです。

星司「話者を変えたらどうかな」

 郵便局からお客さんへ直接注意を促すんじゃなく、猫の置物が涙ながらに訴える語り口にしたらどうだろう。

夕子「上から目線ではなくなるわね」

星司「たとえばこんなふうに」

 郵便局を訪れた人たちにしっかり、しっとり伝わりそう。元々のポスターに込められた願いとも響き合います。2人はさらに案をいくつか考え、ついでに『割れにくい梱包方法』のパンフレット制作も自主プレすることにしました。

・ ・ ・ ・ ・

 とまぁこんな感じです。
 イケそうですね、2人体制。

 トランスクリエイター(以下トラクリ)が黙々と脳内で行っているプロセスを、2人が会話しながらきっちりおさえてゆけば同等のコピーが作れるんじゃないでしょうか。あなたの周りに夕子さんや星司くんのような仲間がいたら話を持ちかけてみては。

 注意点が2つ。

 海外のクライアントの場合、ビデオ会議などで直接やりとりするケースもあるようです。英語のできないコピーライターは足手まといになりやすく、横に通訳をつけるなど工夫が必要。

 もうひとつはギャラ。
 2人体制だからといって倍額請求はできなさそう。ちなみにトラクリの私はふだんのコピーライティングに多少色をつける程度の料金でお受けしています。

 理想を言えば夕子さんと星司くんのように、ふだんは各々の仕事で稼ぎ、たまにトラクリ案件を受けるぐらいのバランスが良いかもしれませんね。

・ ・ ・ ・ ・

 2人でも1人でも、自分に合ったスタイルでがんばるのが良いと思います。

 私もトラクリとして単身がんばります。



 さて次回のトラクリさんは
「1文字加えただけでドラマを激変させた昭和のトラクリ野郎たち」

 翻訳も広告も自分に関係ない?
 いえいえ、トラクリ案件は昔から私たちの身近にたくさんあるのです。次回は私の大好きなテレビドラマのお話を。



★そしてこちらも良かったら:

 夕子さんと星司さんの名前を聞いて懐かしくなった人は、kazeさんの美しい漫画をどうぞ。


 頭韻に興味ある人はこちらの記事も読んでみてください。


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