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ブランディングの絶対神、「有名になること」の先へ

「有名であるため」という神話

マクドナルド、Apple、トヨタ、Amazon、無印良品、LUIS VITTON ーー ”ブランド”と聞いて頭に浮かぶ一般消費者を対象にしたBtoC企業ブランドたちの数々。『強いブランドの作り方』といったタイトルの入門書を眺めて見れば、巨額の広告宣伝費を投じられることを前提としたビッグブランドが並び、現実味を感じないことも少なくありません。実際、私自身BtoBブランディングに携わっていますが、同じチームのメンバーから「世の中のブランディングの本は、有名ブランドの事例ばかりで参考にならない」と言われた経験があります。

その結果として、多くのマーケターの方にある固定観念として、
”ブランディングの目的は知名度を上げること”
”ブランディングはBtoC企業がやることで、BtoB企業には不要”
のような神話が語られているように感じることがあります。私たちの頭の中には、なぜこのような考え方が染み付いてしまっているのでしょうか。BtoBには有名企業が少ないからか、BtoBでは広告宣伝が行われない傾向にあるからか、それともBtoBではブランディングによって得られる効果が薄いからかでしょうか。

その答えがどうであれ、私たちが教えられてきた”ブランディング”というものには、「有名になること」が絶対神のように居座っています。ですが、本当にブランディングの目的とは知名度をあげることであって、伴ってBtoC企業だけの専売特許なのでしょうか。私たちマーケターは、一度この神話を疑ってみる必要がありそうです。

ブランドを人として考えてみる

ブランドの性質をわかりやすく捉えるためによく用いられる考え方の一つとして「ブランドパーソナリティ」が知られています。企業ブランドや商品ブランドを一人物の個性のように捉えることで、そのブランドが持つイメージや資質、特性、長所・短所などをより直感的に導出するための手法です。考えてみれば、ブランディングという活動は、企業や・製品のみに適用できるものではなく、「セルフ・ブランディング」などの言葉もあるように、人の活動に置き換えてみるとわかりやすくなるところがあります。

人生の中で最も強く「自分のブランディングをしなさい!」と迫られるイベントの一つが就職活動です。このときのことを思い出すとブランディングの目的が、幾分か理解しやすくなりそうです。

就職活動に必要な物と言えば履歴書です。履歴書に書いてあるそれぞれの内容をブランド資産に置き換えてみると、まず、履歴書の一番上にある名前は、自身がプロモートするブランド名です。証明写真はそのブランドのロゴで、学歴・職歴がそのブランドの歴史や由緒を語ります。自己PRは言ってみればブランドの強みを整理した広告宣伝コピーのようなものでしょう。さらに直筆の履歴書の場合には、字の上手さがそのブランドの質的な証明にもなるかもしれません。企業のブランドがロゴや色、フォント、デザインなどによる総合的なクリエイティブ表現であることを考えると、履歴書とはまさに「私」というブランドに関する情報を総合的に詰め込んだクリエイティブに当たります。

さて、ここで考えたいのが、その履歴書のターゲットは誰かということです。企業の人事担当、セクションマネージャー、経営者など、ターゲットは様々に考えられますが、もう少し抽象化して言えば、ターゲットは不特定多数ではなく少数の特定人物であり、伴って大量の情報をバラまくような情報発信の仕方ではなく、また感性的なイメージ訴求では通用しない具体的な実績を伴ったブランディングが必要になるということが見えてきます。

こうして就職活動でのセルフ・ブランディングを振り返ってみると気付くことがあります。それは、就職活動でのセルフ・ブランディングが、特定企業をピンポイントに狙ってリード獲得していくBtoB企業のブランディングに極めて近い戦略を取っているということです。ファンを多く増やすことで価値を生み出すことに優先度があるBtoCブランディングに対して、セルフ・ブランディングに置き換えたBtoBブランディンの目的は、有名になることではなく、ライバル候補との違いを明確にすること、独自のポジショニングを気付かせるこにあります。「量のBtoCブランディング」と「質のBtoBブランディング」、こんな風にも言えるかもしれませんが、やり方は違えど、いずれも列記としたブランディングであることには間違いありません。

マーケティングの世界にいると「ブランディング=有名になること」と盲目的に捉えがちですが、実際には、ブランディングの目的は一つに絞られるものではありませんし、BtoC企業のみに限定される話でもありません。実際、キーエンスやテルモ、ローム、横河電気などのように、たとえ世間一般で有名でないとしても特定少数のターゲットに対して独自の存在感を示すことに成功し、高い収益を上げることを達成しているBtoB企業が存在しています。

「ブランディング=有名になること」という神話が私たちマーケターの中で生まれてしまった背景には、どうしても情報として世に出やすく、拾われやすい有名ブランドのケースを入門書やビジネス記事などで多く見かけることを重ねた結果、「ブランディング = 有名でなければならない」というある種の強迫観念が生まれてしまったことによるものなのかもしれません。

そして、さらに言えばたとえ「有名になること」を目指すBtoC企業であっても、有名になること自体が最終的な目的になるべきではないように感じられるのです。

ブランディングの目的は「交渉力」

では、ブランディングの目的とは一体何なのか。BtoCかBtoBか、企業か製品か、こうした単位ごとにその目的は異なるものの、すべてに共通するブランディングの大目的としては「交渉力UP」が一つの正解だと考えられます。

BtoC企業がファンを増やして有名になることは、高い知名度それ自体が目的なのではなく、多くの人に知られることによってその企業・製品の信頼性が口コミ等で担保されることになり、細かい説明不要での商品販売を可能にしたり、より高い価格で販売するための交渉力を得ることに意義が見出されます。

LUIS VITTONやROLEXなどのラグジュアリー・ブランドは交渉力UPのわかりやすい例ですが、たとえUNIQLOであっても、もしヒートテックに「UNIQLO」というブランドが付されていなければ、何の説明も無しにあの価格の商品を迷うことなくカゴに入れることは行われないはずです。UNIQLOの店頭ではヒートテックを手に取った人の数だけ無言の交渉が行われており、その交渉の結果としてあれだけのビッグヒットへとつながっているに違いありません。

BtoBビジネスで考えてみても同様で、SFAやCRMツールとして世界的に知られるブランドの一つSalesforceは、決して安くはない月額費用にもかかわらず、多くの法人契約を勝ち取っています。これはSalesforceのブランディングが、やはりビジネス界で有名になることそれ自体が目的なのではなく、ユーザーを増やしコミュニティ化することを通して「ネットワーク効果」(ユーザーが増えることによって、新たに加入するユーザーのメリットがより増える効果)を生み出すことで、「他のSFAツールよりも加入価値がある」と認識させ、対ユーザーへの価格交渉力を獲得していることが目的に据えられているからに違いありません。

ブランディングの目的は、有名になることそれ自体ではなく、有名になることで得られる何かしらのターゲットに対する交渉力を得ることにあるように思えるのです。

今注目するトリッキーな「B4Bブランディング」

そして、この交渉力UPという観点から、いま個人的に注目しているのが国内BtoB企業のブランディングです。その理由は近年、ある種のトリッキーなブランディングが試みられているからです。何かと言うと、それまで国内のBtoB企業が当たり前のように取り組んでいた”BからBへのブランディング”ではなく、”BからBのために行う、Cへのブランディング”という新しいアプローチがみられるようになってきていることです。

BtoB企業の例としては、例えば鉄鋼などの産業材メーカーや、生地メーカー、産業用機械の製造企業、マーケティング領域だと広告代理店やデジタルマーケティングサービスを提供するSaaS企業などが考えられますが、これら企業のブランディング・ターゲットは、普通に考えれば、それら産業材やサービスを用いて一般消費者向けの消費財を販売するメーカー、あるいはそれを消費財メーカーへと流通させる卸売業者など、消費者との中間に存在する企業です。これらの特定かつ一部企業に対してブランドのプレゼンス(存在感)を上げるためには、マスメディアを活用したような広告宣伝施策はロスが多いことは想像に難くなく、一般的にはセールスパーソンによる営業活動や会社パンフレットなどの販促ツール、ターゲティングがしやすいデジタルマーケティングチャネルなどを用いるのが通常です。

ですが、これらのチャネルにはライバル企業が集中するだけでなく、営業担当者のの属人的な力に成果が左右されることに加え、いわゆる”お付き合い”で成り立つ世界であることが多いことから、マーケティング施策がストレートに効果を発揮しにくいことも事実です。そこで近年、少数ながら国内のBtoB企業が行なっているトリッキーなブランディング戦略が、それら中間企業を中抜きにし、直接消費者へのブランディングを行う手法です。

例えば、精密機器や化学品を製造する日清紡ホールディングス『NISSHINBO』、ガラス製造を主事業とする旭硝子『AGC』、不動産デベロッパーの三井不動産が挙げられます。動物たちがコミカルに『NISSHINBO〜♪』と歌うTVCMや、人気女優 広瀬すずさんを起用したAGCのTVCM、そしてこちらも広瀬すずさんが出演する『三井のすずちゃん』のCMは、多くの方が目にしたことがあるはずです。(広瀬すずさんご自身のブランディングとしても、BtoB方面を狙っている…??)

このBtoB企業によるBtoCブランディングの目的は、やはり単に有名になることを目指したものではありません。これら企業が製造する産業材は、最終的に消費者の手に届く商品やサービスに組み込まれます。そのため、BtoCブランディングを通じて消費者側から「AGCのガラスが付いた家でないと住みたくない!」のような声が上がる状態を作ることができれば、中間にいる建設業や家財メーカーなどの企業が、AGCのガラスをどうしても入手する必要性に迫られ、結果としてAGCはこれら中間企業に対する価格交渉力をUPさせることができ、より高い価格で販売することが可能になるわけです。近年、こうした「BがBに対する交渉力UPのために行う、Cに向けたブランディング」が採用され始めています。

余談ですが「BtoCtoBブランディング」などとすると長ったらしい上に、何やら暗号チックにも見えてしまうのと、もう少し見た目としてわかりやすくするため、「BがBに対する交渉力UPの"ために(for)"行う、Cに向けたブランディング」という点から「B4Bブランディング」と私なりにこの戦略を名付けてみたいと思います。

国内企業では非常に珍しい、交渉力UPを目的にしたB4Bブランディングですが、海外ブランドでは多くの人がその名を知っている大成功事例が存在します。それは『SWAROVSKI』と『intel』です。

そこにエビデンスはあるか

今や誰もが知るジュエリーブランドSWAROVSKI(スワロフスキー)は、1895年にダニエル・スワロフスキーが創業したオーストリア発のクリスタル製造企業です。さらっと書きましたが、SWAROVSKIの発出がジュエリーメーカーではなく、元々はジュエリーメーカーにクリスタルという産業材をカットして納める“製造企業”だったということはあまり知られていません。ブランドロゴとして思い出されるSWAROVSKIのあの象徴的なスワン・ロゴが採用されたのは1989年のことで、創業から100年近くも経ってからのことでした。

SWAROVSKIがここまで知名度のあるブランドになるためには、長年に渡って多額のプロモーション費用が投じられたことは想像に難くありませんが、何より欠かせなかったのが精度の高いクリスタルカットの技術力を証明し、正規品であることを保障するオリジナルタグです。本来、ジュエリーの一粒でしかないクリスタルにも関わらず、ブレスレットやリングなどの最終商品にそのタグが付されて消費者の手に届くことによって、消費者はSWAROVSKIの価値を知ることになり、次第に「SWAROVSKIのクリスタルが使われたジュエリーが欲しい」とその価値が見出されるようになっていきました。

また、PCなどのコンピューター製品に組み込まれる半導体の製造企業である『intel』も、「intel、ハイッテル ♪」のサウンドロゴとともに、そしてまた大量の広告プロモーションによって、多くの知名度を勝ち取ってきたブランドです。私たちのほとんどは、intelの半導体がどのような大きさで、どのような形をしているかも知らないにもかかわらず、intelのチップが搭載されたPCに必ず貼られているステッカーで正規品であること確認し、それを所有することで価値を感じることができます。

この2つの企業は、もちろん技術力が優れていたことにも加えて、消費者におけるブランド価値を高めることによって、中間企業に対する価格や生産・納品数などの交渉力を向上させ、より収益性の高いビジネスモデルを構築することに成功しています。わずか2つの事例ではありますが、この例からわかることは、B4Bブランディングには対消費者プロモーションに向けた多額の広告投資だけではなく、SWAROVSKIのタグやintelのシールのように、最終製品にその産業材が組み込まれていることを証明するエビデンスが欠かせないということです。

場合によっては直に目に見することすらもできない産業材の弱点を翻し、そのエビデンスをもって「私はintelの製品を使っている」ということを消費者に自覚させ、「このタグがないと偽物だ」「このシールがないなら買わない」と言わしめるまでの市場環境をプロモーションの波及力と持久力とによって勝ち取ることができてはじめて、「有名になること」の一歩先の領域に踏み出せるのです。(ちなみに、両者のブランドの歴史を知るとわかるのが、何より難しく時間を要するのは、このエビデンスを付与してもらえるよう、最終製品メーカーに交渉することだそうです。)

近年見られるようになった国内BtoB企業によるトリッキーでチャレンジングなブランディングは、現時点では知名度アップのためのプロモーション段階にあり、SWAROVSKIやintelと比べると、まだ道半ばのところにあります。今後「有名になること」だけを目的とした消費者向けの広告宣伝で終わってしまうことなく、中間企業に対する交渉力UPをゴールとして、それら企業のエビデンスが私たち消費者の手元にやってくる日を心待ちにしたいと思います。

「有名になること」の一歩先へ行く

「有名になる」、これはことBtoC企業のブランドにとっては望ましいことではありますが、それは結果として訪れる”状態”であり、目的とするものではありません。ターゲットに対する交渉力を上げることがブランディングの目的であり、「有名になること」はそのための一つの手段でしかないはずです。仮に高い知名度を目指すのだとしても、高い知名度を用いて何を達成するのかを前提として据えておく必要があります。

BtoC企業、BtoB企業、メーカー、小売、流通、産業材、サービス業、企業や業態によって、ブランディングのターゲットも目的違えば、やり方も様々です。だからこそ、ブランディングには定説として言える正攻法は存在しません。セルフ・ブランディングの話で言えば、全ての企業から内定をもらう履歴書の書き方が存在しないことと同じようなものです。

私たちマーケターがブランディングにおいて考えるべきは、「どうやったら有名なブランドになれるのか」という神話を実現するためのやり方についてではなく、「何を達成するためのブランディングなのか」を考え抜くことなのではないでしょうか。

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【執筆】
和田 崇
株式会社Laboro.AI 執行役員/マーケティングディレクター
経営学修士(マーケティング論・消費者行動論)
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【 経歴 】
立教大学大学院 経営学修士(マーケティング論・消費者行動論)。
立教大学大学院 ビジネスデザイン研究科 博士後期課程 中退。
2005年、KDDI株式会社に入社、コンシューマ向け商品・サービスのクロスメディアによるプロモーション施策の立案・企画運営に携わる。
2014年、全国漁業協同組合連合会に入会、水産庁が推進する地域支援プロジェクトの推進メンバーとして従事。
2019年にLaboro.AIに参画。PR・広告宣伝・プロモーション領域をメインに、マーケティング/ブランディング業務を担当。
日経クロストレンド、ニュースイッチなど、寄稿多数。
日本マーケティング学会、人工知能学会、情報処理学会、各会員。
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