#1 そのUXリサーチには『嘘』がある(UXリサーチの方法論)
今回から「UXリサーチの方法論」というテーマにて連載する。
昨今では「UXリサーチ」や「デザインリサーチ」といった分野が開拓され、ビジネスシーンにおいて市民権を得つつある。特に「N1分析」という言葉に代表されるように、定性的な調査からインサイトを得るプロセス・方法論の重要性が見直されている状況にある。私自身もbeBitのコンサルタントとして10年以上にわたって様々な企業のUXデザインやリサーチを支援してきたこともあり、自らの専門分野に光が当たってきたかのようで嬉しく感じている。
しかし一方で、私は「よくあるUXリサーチの方法論」に対して強い違和感を感じる瞬間がある。誤解を恐れずに言うと、そこには『嘘』があると考えている。
このような背景から、本連載では一般的に普及しているUXリサーチの方法論の問題点を明らかにしたうえで、新たな方法論を確立することを目指す。
1-1. UXリサーチがもつ怖さ・危うさ
まずはUXリサーチ / 定性調査がいかに怖くて、危ういものであるかについて説明する。定性調査は極めて繊細で、ちょっとしたことでバイアスが生じて調査結果が大きく歪んでしまうリスクをはらんだ手法なのである。
第一に、定性調査は「モデレーター(調査の進行役)の振る舞い次第で結果に大きなバイアスがかかってしまう」という性質を有している。たとえば、サービス仮説が顧客に受容されるか否かを検証したいシーンにおいて、そのサービス仮説の善し悪しではなく、モデレーターの振る舞いによって被験者(定性調査に参加したユーザ)の反応が大きく変わってしまう場合がある。正直に告白すると、経験豊富なモデレーターが強い下心を持って調査に臨めば、調査結果を恣意的に歪めることは可能である。それほど魅力的ではないサービスであっても、巧妙にモデレートすれば、調査ルームの場で被験者に「欲しい / 利用したい」と言わせることは可能であるということだ。実際にはそんなことはしないが、定性調査の結果はモデレーターの振る舞い次第で容易に歪んでしまうリスクがあることを、我々は忘れるべきではない。
第二に、定性調査は「分析者の捉え方次第で、いかようにも都合の良い解釈ができてしまう」という性質を有している。例えば、サービス仮説の説明を聞いた被験者が「このサービスがあると嬉しいかも。10点満点だとすると、利用したい度合いは8点くらい」と発言したとしよう。このとき、分析者は調査結果をいかようにも捉えることができる。「サービス仮説が刺さった」と捉えることもできれば「深く刺さっておらず、顧客に受容されなかった」と捉えることもできるのだ。解釈によって、調査結果はまったく逆のものになる。現状は調査結果をどのように捉えるかについて客観的なルールは存在しないことが多く、分析者の主観的な判断に委ねられてしまっているケースが散見される。
このように、定性調査はバイアスが生まれるリスクの大きい手法である。
インプット→スループット(解釈)→アウトプットの枠組みで整理すると、「インプット」と「スループット(解釈)」の2箇所でバイアスが発生するリスクを抱えていることになる。(図表-1)
これらのバイアスがもっとも致命的な問題を引き起こすのは、UXリサーチを「新たなプロダクト・サービス仮説の受容性を検証する」という目的のために実施する場面である。つまり、「こういうプロダクト・サービスを新たに開発すれば良いのでは」という仮説があって、それが本当に顧客に受け入れられるか否かを検証するためにリサーチを行う場面である。ここで間違った調査結果を出してしまうと、顧客にとって価値のないプロダクト・サービスに多大なリソース(時間・金・人)をかけることになってしまうため、企業は大きな損失を被ることになる。
UXリサーチを「既存サービスの問題点を探る」や「新たなサービスの可能性を広く探索する」といった目的のために実施する場合は、これらのバイアスは軽視されがちである。バイアスによって調査結果が多少歪んだところで、それほど深刻な問題にはならないためだ。ただし、「現時点で想定している新たなプロダクト・サービス仮説が顧客に受容されるか否かを判断する」という重要な意思決定を支援するシーンにおいては、我々はUXリサーチが内包する怖さ・危うさに対して強く自覚的である必要がある。
しかし、現状では必ずしも正しいとは言えないUXリサーチの方法論・枠組みが広く普及しており、これらのバイアスが野放しになっている。結果として定性調査の有効性・信憑性が棄損されており、企業に大きな損失・ダメージを与えてしまっている。
そこで本シリーズでは、「新たなプロダクト・サービス仮説の受容性を検証する」場面におけるUXリサーチの方法論を提示する。まずは一般的に普及している方法論の問題点を明らかにしたうえで、UXリサーチの方法論・枠組みをどのように再構築するべきかを明らかにすることを目指していく。
1-2. よくあるUXリサーチのプロセス
まずは現時点で広く普及しているUXリサーチの方法論を描写する。プロダクト・サービス仮説の受容性を検証する場面では、以下のようなUXリサーチのプロセスが採用されることが多い。(図表-2)
上記のプロセスについて、ステップごとに概要を説明しよう。
抽象的な説明だとイメージが湧きにくいので、ここでは「Baby Kumon」というサービスの受容性を検証する場面を例に説明する。仮に、公文教育研究会が「Baby Kumon」という新サービスを検討していたとする。月額2,200円のサブスク型サービスであり、契約するとKUMONが研究開発した0~2歳向けのおうち教材(読み聞かせ絵本など)が毎月届く。また、月に1度くもんの先生とコミュニケーションすることができる。以下では、このようなサービスの受容性を検証する場面を例に挙げて、よくあるUXリサーチのプロセスを解説する。
STEP1. 利用意向度の聴取
まずは被験者(UXリサーチに参加したユーザ)に対して、プロダクト・サービス仮説の概要を説明したうえで利用意向度を聴取する。より具体的には「もしこのサービスがあったとしたら、どのくらい利用してみたいですか」と尋ねる。
ユーザに利用意向度を尋ねる際は、
・ 渇望レベルで欲しい
・ あると嬉しいが、別になくても困らない
・ 自分には必要ない
といったレベルに分類したときに、どのくらい利用したいのかを質問する。このように尋ねることで、プロダクト・サービス仮説がどのくらいユーザに深く刺さっているのかを把握する。(図表-3)
STEP2. WHYによる深掘り・因果関係の把握
プロダクト・サービス仮説に対する利用意向度を把握できたら、次はユーザが「利用したい / 利用したくない」と答えた理由を、WHYによる深掘りを通じて明らかにする。より具体的には「なぜ欲しいと思ったんですか?」や「なぜ自分には必要ないと思ったんですか?」といった質問をすることで、利用意向度の背景にある因果関係を明らかにしていく。
たとえばBaby KumonのUXリサーチに参加したユーザが、『このサービスをお試しで利用してみたい』と回答したとする。モデレーターは、その回答に対して「なぜそのサービスを利用してみたいと思うのか?」と尋ねる。それによって『子どもを賢くしたいから。KUMONなら信頼できるから』などのような背景にある心理・認知状態を聞き出していく。さらに「なぜ子どもを賢くしたいと思うのか?」といった深掘り質問を通じて、『子どもの選択肢を広げるためなら何でもやりたい』や『自らの遺伝的能力に劣等感があり、早期教育を施すことで子どもの潜在能力を開発したい』などのような潜在的な心理・欲求を明らかにしていく。
このようにWHYによる深掘り質問を重ねることで、利用意向度の背景にある心理・内面を探求し、因果関係を明らかにしていくのである。(図表-4)
STEP3. 調査結果の分析・解釈
このような定性調査を何人かのユーザに実施して、得られた結果を横並びで比較することにより、利用意向度が高いユーザと低いユーザにどのような違いがあるのかを分析する。具体的には「サービス仮説はこのような価値観・潜在ニーズを有するタイプに刺さるが、このようなタイプには刺さらない」といったことを明らかにしていく。
こういった分析を通じて、今回のサービス仮説がターゲットとするべきは「どのようなセグメントにおける、どのようなペルソナ像のユーザなのか」を特定・描写することにより、顧客からの受容性を明らかにする。
たとえばBaby Kumonの場合だと、図表-5のようにセグメンテーションして「価格重視 × KUMONブランドへの信頼あり」の顧客セグメントが親和性の高いターゲットである、などの結論を提示する。そして、ターゲットとなるペルソナの深層心理や潜在ニーズを描いたうえで、そのセグメントに属するユーザのボリュームを推定することにより「想定される市場規模は〇億円」といった数値を提示する。
以上のSTEP1~3で提示したものが、よくあるUXリサーチのプロセスであり、方法論であり、代表的なアウトプットとなる。
さて、ここで考えてみて欲しい。
このような調査結果は正しいだろうか。あなたが事業責任者だったとして、このアウトプットは信じるに値するものだろうか。
1-3. UXリサーチの『嘘』
このようなUXリサーチの調査結果には『嘘』がある、というのが本書の主張である。これではプロダクト・サービス仮説の受容性を正しく検証することはできない。そして、こういった正しくない方法論が普及しているために、定性調査の有効性・信憑性が過小評価されている状況にある。
よくあるUXリサーチの方法論のどこに『嘘』があるのだろうか。
結論からいうと「意味のレイヤー」を無視していることに嘘がある。
どういうことか説明しよう。
人間はサービスに対する利用意向度を「どのようなサービスであるか」ではなく、「そのサービスを利用することで自らの生活がどのように豊かになりそうか」に基づいて評価・判断する。
たとえ同じBaby Kumonというサービスであっても、それが生活にもたらす意味合いを「1) 子どもを賢くする絵本を選ぶ手間を省いてくれるもの」として捉えるか「2) 乳幼児との絵本を通じたやりとりを可能にするもの」として捉えるかによって、ユーザに示される利用意向度は大きく変わってくる。
前者のように、Baby Kumonが生活にもたらす意味を「子どもを賢くするための絵本を選んだり探したりする手間を省いてくれるもの」として捉えることは可能である。ただしこのような捉え方をすると、大半のユーザは「絵本選びはそれほど手間ではないので、このサービスを利用したいとは思わない。月額2,200円を払うほどの価値はない」という反応を示すことになる。
その一方で、後者のようにBabyKumonがもたらす意味を「乳幼児との絵本を通じたやりとりを可能にするもの」として捉えることも可能である。0~2歳の子どもは絵本のストーリーをまだ理解できないため、両親が読み聞かせをしても強い興味を示さないケースが散見される。また、0~2歳の子どもだと言葉を十分に喋れないため、絵本を読み聞かせても「あだぁ…」などの聞いているかどうかの解釈が難しい反応しか得ることができない。結果として、両親は「うまく読み聞かせられているか心配」や「読み聞かせをして本当に意味があるのか」といった不安・疑念を感じている。このような生活シーンにおける痛みを解消できるものとして、Baby Kumonがもたらす意味を提示すると、「実は読み聞かせているときの子どもの反応が悪くて困っていた。こういうサービスならば利用したい」といった反応が得られるようになる。Baby Kumonを「絵本選びの手間を省いてくれるもの」として提示したときは高い利用意向度を示さなかった人が、意味合いの捉え方が変わった瞬間に「それなら利用したい」と言い始めるということだ。
このように同じBaby Kumonというサービスであっても、その「生活シーンに対する意味合い」をどのように捉えるのかによって、ユーザの利用意向度は大きく変わってくるのである。(図表-6)
「そんなの当然じゃないか」という人もいると思う。ただ、前項で提示したよくあるUXリサーチの方法論を振り返ってみて欲しい。「意味のレイヤー」を無視していることが分かると思う。
よくあるUXリサーチの方法論は、最初にプロダクト・サービス仮説に対する利用意向度を尋ねたあと、WHYによる深掘りを通じて「利用意向度の背景にある人間の心理・内面(潜在ニーズや価値観)」を探求しようとする。ユーザに「そのサービスを利用したくない」と言われたら、そのような利用意向度が示されたのは、ユーザがどのような心理的な特性を有する人であるためかを探求しようとするのだ。「そのサービス仮説を、どの生活シーンをどのように豊かにするものとして位置づければ利用したいと思ってもらえるか」という問いではなく、「そのユーザがどんな人であるために利用したくないと思うのか」という問いを明らかにすることを目指してインタビューを進めてしまうのである。
図表-7のような枠組みで全体像を捉えると、概念同士の関係性を捉えやすくなる。プロダクト・サービス仮説に対するユーザの利用意向度は「生活シーンに対する意味合い」をどのように提示するかによって変化する。しかし、よくあるUXリサーチは「意味のレイヤー」をブラックボックス化して調査を進めてしまう。そして「どのような属性・価値観の人であるために、そのような利用意向度になったのか」を分析することに力点を置いてしまうのだ。
ここに『UXリサーチの嘘』がある。本当は、生活シーンに対する意味合いの捉え方によって、プロダクト・サービス仮説に対するユーザの利用意向度は大きく変化する。それにも関わらず、すべての因果関係を人間の心理・内面の問題として処理しようとすることに『嘘』があるのだ。
よりメッセージをクリアに伝えるために、同じような話を異なる角度・視点から説明しよう。
よくあるUXリサーチは、図表-8の左側のボックスのような枠組みを暗黙的に採用している。「事物(プロダクト・サービス)」と「顧客」を二項対立的に捉えたうえで、事物がターゲットとする顧客の心理・内面を探求することを目指している。言い換えれば、「プロダクト・サービス仮説のターゲット顧客は誰か / どんな人か」を明らかにすることがUXリサーチの目的となっているということだ。
それに対して本書は、図表8の右側のボックスのような枠組みに基づいて、概念同士の関係性を捉え直すことを提案している。すなわち、「事物」と「顧客」の結節点に「意味」という概念が存在すると捉えたうえで、事物を人間の生活にとってどのように意味づければよいかを解明することを目指す。言い換えれば、「プロダクト・サービス仮説は、どの生活シーンをどのように豊かにするものとして位置づけるべきか」を明らかにすることをUXリサーチの目的として設定するということだ。Baby Kumonのケースならば、それを人間の生活にとってどのような意味をもたらすものとして位置づければサービスの魅力が最大限に発揮され、もっとも人間を豊かにできるのかを明らかにすることを、UXリサーチが果たすべき役割として捉えるのである。
このように捉えると、UXリサーチとは「事物と人間の関係性を(試行錯誤しながら)デザインする行為」であることが分かる。リサーチというワーディングではあるが、実際にやるべきことはデザインに近いのだ。UXリサーチが明らかにするべきは、ターゲット顧客の心理・内面ではない。顧客と事物(プロダクト・サービス)の結節点にある「生活シーンに対する意味合い」なのだ。試行錯誤しながら、顧客と事物のあるべき関係性を模索することがUXリサーチャーに求められる役割であり、態度なのだと考える。
まとめと次回予告
本記事では、よくあるUXリサーチには『嘘』があることを提示したうえで、それによって定性調査の信憑性が損なわれており、有用性が過小評価されてしまっていることを主張した。(あるいは、UXリサーチの結果を信じた企業が大きな損害を被っていることを主張した)
そして、UXリサーチの方法論を適切なものにアップデートするためには、「意味のレイヤー」に着目して、事物と人間の関係性をデザインすることをリサーチの目的に据える必要があることを提示した。
次節では、ここまでの主張を踏まえたうえで、プロダクト・サービス仮説の受容性を検証するUXリサーチのプロセス・方法論を体系的に提示することを目指す。
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