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007:母に誓う、「女性差別」との闘い|クレイジーで行こう!第2章

世の中にある、あらゆる差別の中をフラットに生きる

アメリカに比べて、日本の「男尊女卑」はまだまだ根強い。これは日本に住んでいると、それが空気のように感じられるので、なかなか気づくことが難しいことでもある。

しかし、一度でもアメリカに住めば分かる。日本は圧倒的に男性優位の社会なのであり、日本において女性に巡ってくるチャンスの量は、男性のそれと比べて10分の1にも満たないだろう。

ところが、日本人男性である僕は、「ラッキー!俺は日本で男に生まれて良かった」と、素直に喜べなかった。母子家庭で育ったことが、色んな角度から、僕という人間性を形作り、ある種独特な物の考え方を身につけるに至ったのだ。

それは結局、物事をフラットに見つめるという傾向として昇華した。アメリカにおける女性の話をする前に、このあたり、ちょっとだけ寄り道して話をしておきたい。

早稲田大学の理工学部で応用物理を専攻して、新卒で東京三菱銀行に入行してから、育ちのよろしいエリート銀行マンとはたいして仲良くなれないのだが、汗水たらして働く警備員の人や、何百人もが同じ場所で生活する銀行の寮(社宅)のコックさんとは、とにかく仲が良かった。

自分で言うのも何だが、昔から何故だかこういう人たちに好かれるのだ。寮に帰宅して、食堂でトレーを持って並んでいると、僕だけステーキを1枚多くもらえる。唐揚げは僕だけ山盛りだった。

「加藤君は、美味しい美味しいって言ってくれるから、俺、なんか嬉しくなっちゃうんだよ」

コックさんはいつもこんな風に話してくれた。

銀行では警備室にしょっちゅう出入りして、警備員のおじさん達とくだらない話に花を咲かせ、クリスマスになれば、寮のコックさんの部屋で、コックさんの家族と一緒にクリスマスパーティーをやった。

アメリカでも同じで、レストランのウェイターにもフラットに接するからか、すぐに名前を覚えられる。これはものすごい才能で、今週も韓国料理店で、「タカシさん!」と呼び止められて驚いた。

2週間に1回くらい立ち寄るカフェでも、先日、「ユーは、タカシだろ?」と言われて驚いた。これが毎回続くと、自分の雰囲気だとかキャラクターが影響していると考えざるを得なくなる。

理由について真面目に考えると、僕は昔から誰に対しても明るく接するし、相手に対して、とにかく差別なく、同じ目線で接するからだと思っている。要はフラットなのだ。

銀行時代には、パートとして働く女性が何人もいた。男性銀行員に接するのと同じように接して話していると、上司に呼び出され注意をされる。

「あの人たちは頭が悪いんだ。話をするな」

僕には彼が何を言いたいのか、よく分からなかった。宗教信仰にも似た女性蔑視。彼の受けた教育、彼の生きてきた世界は、どれだけ歪んでいたのだろう。とても悲しくなった。

さすがに今の大企業はそんなことは無いのかも知れないが、水面下に隠れているだけの可能性が大きい。日本はアメリカより20年遅れ。差別とは空気のようなもので、実に根深いものなのだ。

女性の権利を守るため、ハードランディングを選ぶアメリカ

アメリカ、特にカリフォルニアでは、女性差別というものを徹底的に排除しようと、社会全体が一致団結しているように思う。過去の裁判の判例を見ても、これをきちんとサポートしているのだ。

それが裁判でなくとも、女性を低く見るような態度を取ったり、こうした発言をしたら、周囲の人間からは相手にされないだろう。ひとたび勝ち取った女性の権利を、きちんと維持しようと社会全体が働いている。

こうしてフラットな文化が維持されている理由の一つには、教育の効果があるだろう。幼稚園(保育園)や小学生の頃から、男女をイコールに扱う教育が徹底しているし、世代的に先生にも差別意識が全く無い。

法律の影響も大きい。会社などで、女性が「差別された」と訴え、企業側が敗訴したら膨大な損害賠償責任を負うことになる(そして企業は結構な確率で敗訴する)。

数億円位での損害賠償を支払うだけではなく、企業の信用は地に落ちる。だからこそ、女性蔑視の発言に対してとてもセンシティブだし、セクハラに対してはなおのことなのだ。

一方で、僕がもともと極端にフラットな考え方を持って生きてきたからかも知れないが、アメリカ社会における、男女同権にまつわる出来事について、ちょっとやり過ぎなんじゃないかと思うところもある。

アメリカでは、従業員を解雇することが難しくないことは以前も書いたとおりだ。それがどんな理由であれ(「私はあなたが嫌いです」でも全く構わない)、企業側は自由に、即日解雇をすることができる。

ただし、もしも解雇理由が、「性別、人種などの差別的理由」による場合は、それが禁止されているのがアメリカ社会の特徴でもある。「あなたが女性だから解雇します」「あなたが黒人だから解雇します」は通用しない。

しかし、「女性だから」、「黒人だから」という理由で解雇したのではないということを、企業側は明らかにする必要がある。なぜなら、もしその疑いがあり、証拠があった場合には、企業は多額の損害賠償責任を負うからだ。

結果としてアメリカ社会で何が発達したか。それは「差別が無かったこと」「解雇に関して、今後訴訟を起こさないこと」を従業員に約束してもらう代わりに、会社から「手切れ金」を払うという慣習が発達したのだ。

この5年間、フラクタのCEOとして女性解雇の瞬間に何件も立ち会ってきたが、この「手切れ金」制度に関して、残念ながら、相手から金額の積み増しを要求されるケースがほとんどだった。

男性と女性の権利を「等しいもの」と捉えている僕からすると、なかなか理解できないところだったが、弁護士からはだいたい「要求を飲んでおいた方がいい」と言われてしまう。

「相手が敏腕弁護士と結託して訴訟に踏み切れば、加藤さんの身に覚えがなくても、女性差別だと認定される場合もあります。念のため、積み増しておくのがセオリーです」

繰り返しになるが、アメリカの法律は、「私はあなたが嫌いです」という理由であっても、即日解雇を認めている。そもそも「手切れ金」なんて払う必要は無いにも関わらず、相手から積み増しを要求されるのだ。

僕は、母と姉と3人だけの母子家庭で育ち、その最愛の母を大学3年生のときにガンで亡くした。僕が今ここにいるのは、まぎれもなく2人の女性のおかげであり、根っから、女性に対するリスペクトは強い。

だからなのかも知れないが、身に覚えのないことで訴訟に持ち込まれる可能性を考えて「手切れ金」を積みますなんて、むしろ女性の立場を長期的には貶(おとし)める行為に思えてしまうのだ。

ただ、女性として、過去にひどく差別されてきた歴史があるからこそ、法律をかいくぐったほんの少しの汚れも見逃さないよう、徹底的にやるしかないのだろうと、今は思うことがある。

アメリカにおける「時代遅れで女性蔑視のおじさまたち」を一網打尽にするためには、たとえ過剰反応であったとしても、これくらい極端に女性の権利を守っていかなければならないというのは勉強になる。

なぜなら、変な話だが、ここまで極端にやらなかったとすると、社会がある時、逆回転を始め、また男性優位の社会に戻ってしまうということを、アメリカ社会は知っているからかも知れないからだ。

副作用もあるが、それでも女性の権利を徹底的に守る

フラクタでは以前、アイリーンという黒人女性を雇用していた。書籍『クレイジーで行こう!』にも書いた、スタンフォードで博士号を取ったとても優秀な人だ。

技術の分かる製品開発マネージャーを目指したいからと、プログラミングをさらに学ぶため、彼女は会社を辞めた。とても前向きで良い卒業だったし、僕は個人的に、今でも連絡を取り合う仲だ。

ところが別の見方をすると、彼女はアフリカンアメリカンの黒人女性だ。もし、彼女を解雇しなくてはいけない状況が起きていたら、弁護士は過剰に反応したに違いない。

そう考えると、何とも不思議な気持ちになる。彼女は「手切れ金」を要求する人などでは絶対ない。そして、こちらも彼女に対して差別的な気持ちがみじんもないのに、弁護士が作成する契約書には金額が多く記載される。

僕は何度も考える。何度も自分に問いかける。本当の本当に、自分の内側に、女性に対する差別、他の人種の人たちに対する差別が1ミリも無いのかと。自分ではそう思いたい。しかし答えは見つからない。

ずいぶん昔の話だ。エンジニアを採用していた時、インド人女性の応募者を、採用面接の当日まで男性だと勘違いしていたことがあった。オタク感たっぷりの経歴を見て、僕は彼女を勝手に男性だと思ってしまったのだ。

アメリカでは、採用時に年齢や性別を聞いてはいけないことになっている。またインド人だったので、名前から男女を判別できなかった。面接で彼女に会い、驚きとともに、自分のエンジニアに対する偏見を知ることになった。

女性の権利を守ろう。徹底的に守ろう。100%同意だ。しかし、上に書いたような弁護士の反応、企業の反応が常態化してくると、時として社会にはこれに対する副作用なものが生まれる可能性があることに注意が必要だ。

解雇する際の訴訟や高額の支払いで痛い目を見た会社は、もしかすると、次の採用では慎重になるかもしれない。訴訟回避の観点から、「黒人」「女性」を採用するのはリスクだと言う人も中にはいる。

黒人など、アメリカにおけるマイノリティの人たちに対して、過剰反応を示している時点で、どうやら本当にフラットな社会の実現というのは非常にやっかいなものであることが分かる。

女性が差別されず、本当に活躍できるカフェを作ろう

日本でも「女性活躍推進」ということが政策のテーマになるようになった。しかし、日本はアメリカのように訴訟社会ではなく、差別された女性に対して数億円単位の損害賠償が支払われることはない。

こうしたアメリカ的ハードランディングでもしない限り、日本で女性が自由に活躍できる日はまだまだ遠い。日本的に、どこか軟着陸できる地点をにらみながら、少しずつ進んでいるようでは、正直間に合わないのだ。

一方で、とにかく女性を会社の役員に引き上げれば良いというわけでも無い。日本の上場会社の社外取締役選任のプロセスで、「おじさま達を引き立ててくれる女性を選ぶ傾向」があるのは、誰が見ても分かるだろう。

日本には、素晴らしい能力に溢れた多くの女性がいる。この女性たちの可能性を「引き立て」なくとも、「男が邪魔をしない」だけで良いのだ。国全体でこれを実行するには、多くの人の意識が変わる必要がある。

しかし、嘆いているだけで社会は変わらない。僕が投資をして、女性スタッフと一緒に運営している渋谷二丁目のメンローパーク・コーヒーでは、素晴らしい女性が多く活躍している。

女性スタッフに最大限の裁量を与えており、自由にお店づくりを任せ、儲かった分はボーナスとして受け取ってもらう。つまり、フラットで完全実力主義の環境を作っているのだ。

僕は経営に口を出すのではなく、自分が苦労して覚えた経営知識を惜しみなく教える。客数や客単価の考え方、プロモーションの仕方、改善方法などを日々伝えている。僕は彼女たちの成功を心から願っている。

これは僕にとって、亡き母に対する恩返しのようなものだ。枯れることのないバイタリティと無限の知性、そして誰からも好かれる愛嬌を持っていた母。あの母にして、この息子ありなのだ。

1言えば10分かってくれる。世の中の差別や偏見について、子供に対しても誠実に事実を伝える。お勉強ではなく、社会の本質を教える。どこまでも自主性を重んじ、勉強だろうがスポーツだろうが、一言も口を出さない。

判断軸は「それがフェアかどうか?」。フェアじゃないなら、最後まで闘う。絶対に泣き寝入りはしない。それが僕の母だった。母から教わったことの大きさは計り知れない。

最近、社会変革を実現するためには、2世代かかると言い続けている。無限の知性とバイタリティを持ちながら、女性として生まれ、死んでいった母。その思いは今、僕の中にある。

それを今、メンローパーク・コーヒーを通して、女性スタッフに、またカフェを利用するお客さんに還元しているつもりだ。

理想主義を掲げているだけでは何も変わらない。行動がすべてだ。ほんの小さなカフェかも知れない。しかし、自分のお店で公平性を実現し、日本の制度や文化を草の根的に変えていけたらいい。

人工知能もロボットも関係のない、とてもアナログなビジネスで、女性の地位を向上させよう。こうしたことに、これからも真剣に取り組もう。これが、僕なりのやり方であり、母親に対する恩の返し方なのだ。

(記事終わり)

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