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018:ヒデのもっとも長い夏|クレイジーで行こう!第2章

はじまりは、ヨーロッパとの電話会議

8月のお盆を挟んだ2週間。ある歯車の違いが、ヒデにため息をつかせていた。

ことの発端は、クリタ・ヨーロッパからフラクタに対して、欧州における共同事業の打診があったことだ。クリタ・ヨーロッパは、フラクタの株主である栗田工業のグループ会社で、ドイツにオフィスを構えている。これまで、フラクタはイギリス市場に展開した実績はあるが、その他のヨーロッパ地域には進出していなかった。

クリタグループの欧州における地盤を活かして、デジタルトランスフォーメーション領域で協業しようというのだ。クリタ・ヨーロッパのCEOであるジョルディさん本人がデジタル領域に大きな興味を示し、フラクタと6月に何度かやり取りをしていた。

今回の件は、栗田工業(東京の本社)と、クリタ・ヨーロッパ、フラクタの三社間の協業となる。6月、7月と何度かのビデオ会議を経て、7月後半に提案書を作成した。

僕は、この件にはCOOのヒデが適任だと思い、基本的にすべて任せることにした。彼がスタッフと一緒に数日徹夜して作った数十ページもの提案書には、財務の分析などもしっかりと記載してある。お膳立ては済んだ。クリタ・ヨーロッパがそんなにやる気なのであれば、助けてやれば良いのだ。僕からすれば、そんな気持ちだった。

大企業とベンチャー企業:決裁スピードの非対称

これまで、栗田工業内におけるフラクタのカウンターパートはイノベーション推進本部だった。社内から変わり種を集めた、新しいチャレンジをいとわない人たちだ。一方で、昨年末に組織再編があり、フラクタのカウンターパートは、グローバル本部に変更となっていた。今回の共同事業につき、グローバル本部からは、

「フラクタ側で追加の資料を作って欲しい」

「決定までのプロセスが何段階もある」

と話があり、なかなかことが進まない。面白い会社だなあと思った。何しろ、こんな簡単なことを審議するのに1ヶ月半もかかるというのだ。自分の会社の欧州法人がデジタル事業をやりたいと言っていて、それを本社のサラリーマンプロセスが必死で止めている。

さらに面白いのは、クリタ・ヨーロッパがやりたいと言ったことを、フラクタが助けてあげようと思って提案書の形に仕立ててあげたら、「審査します」と言われたことだ。

これには本当に笑ってしまった。構図としては、何やらフラクタから提案書が届いたから、本社で審議するという建て付けにはなっているが、フラクタにも機会コストが発生する以上、これと同じ理屈が通用するならば、僕もクリタ・ヨーロッパ、ならびに栗田本社から資料を要求し、フラクタでも何段階も審査のプロセスを経なければこの事業を行えないということになる。

一方で、ヒデがこの事業に前向きだということが分かった7月のある日、僕はヒデにこう言った。

「やりたいなら、やっていいよ。助けてやりな」

フラクタサイドの決裁は、この一言で終わった。ヒデから30分話を聞けば、だいたいのことはシミュレートできるし、フラクタサイドでも、この事業が技術的に実行可能だということについては一瞬で算段が付く。

技術の提供が親子会社間であることを考えれば、そもそもお金の話は最小限のはずで(真面目な話をすれば、フラクタには栗田以外の株主がいるので、取引価格が、独立第三者間価額 [アームスレングス価格] になっていれば良い)、大切なことはもっと他にある。

資本が優位だった時代の終焉

最近強く思うことがある。それはもはや金銭(資本)が最も大きな価値を持っていた時代は、とうの昔に終わったということだ。今や世界を支配するのは、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)を中心としたテクノロジー企業であり、テクノロジー企業の発展、とりわけ初期の発展にとって、資本の価値は驚くほど少ない。必要な道具が買えるか、それだけだ。成功要因の大半は、

「燃えるような情熱とビジョン」
※これが仲間集めの中心となる

と、

「トンチ」
※ある種の勘の良さ:本来的に繋がらない複数の概念を頭の中で繋げるスマートさ

を持った起業家の存在が大半で、残りはテクノロジー、すなわちエンジニアの技量と情熱といったところだろうか。Appleの創業者であるスティーブ・ジョブズや、Amazonの創業者であるジェフ・ベゾスを見れば分かる。

しかし、大企業の審査プロセスというものは、こうした起業家精神や、エンジニアの繊細さというものを全く理解していない。そもそも労働者などというものは全て一様であり、その中には「特段に優れた知性」などというものは存在しないという前提がある。

「だってそうでしょう、石や砂を右から左に運ぶのに、頭脳なんていらないのだから」と言わんばかりだ。本当に昔はそうだったのだろう。資本が何より重要だった。全員食えなかったので、資本家が、労働者を使うという構図だ。

現代はそんな時代ではない。僕がかつて会社を売ったGoogleは、1998年に、スタンフォード大学博士課程の学生だったラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンが、それこそ僕が今住んでいるカリフォルニア州メンローパークにあった友人の自宅ガレージ(車庫)で始めた会社だ。

あるのは情熱と勘の良さ、あとはテクノロジーだけ。そんな会社が今や100兆円の時価総額を持つ会社に成長している。日本の年間国家予算とほぼ同規模の金額だ。ここまで来るのに、たった22年しかかかっていない。この事実から目を背けてはいけないのだ。

だからこそ、シリコンバレーで生きれば生きるほど、テクノロジーベンチャー企業をきちんと経営しようとすればするほど、この大企業のサラリーマンプロセスというものが「Disrespectful(尊敬のない、無礼な)」なものに見えてしまうのだ。

ヒデのため息

プロジェクトの金額全体が大きくないこと、またプロセスがあったとしてもそれがサラリーマン的予定調和ということならば、要は社長の内諾があれば良いということだろう。

ヒデは、グローバル本部のカウンターパートに対して、

「何もせずに1ヶ月半待っているというのでは、あまりにも時間がもったいないです」

「栗田グループとしてこれを実行したいのかどうか分からないと、フラクタ社内の人的アサインメントも進められないので、一度3分でも良いから社長と話をしてみてもらえませんか?」

と正面切って話をするのだが、相手は一向に動かない。

「進めたいとは思っているが、社内プロセスがあるのです」

と、延々と聞かされる。話の全体が問題解決志向になっておらず、「結論はさておき、とにかくプロセスを踏めばいい」という風に聞こえる。

僕は毎朝ヒデとコーヒーを飲んで話をするようにしているのだが、いつも機嫌のいいヒデが、ため息をつくことが増えた。

「ヒデ、どうしたの? 暗い顔してるよ」

「いやあ、メールも電話も、返事が来ないんですよ。あちらから話をもらって、こちらはすぐに動いているのに。『どうですか』と再度聞いてみても、やっぱり返事がない。それで、がっかりしちゃうんですよね」

おとといも来ない。昨日も来ない。そして今日も……。

ヒデは、土日返上で急いで提案書を作ったものの、そのあとのサラリーマンプロセスが彼の情熱を殺していく。ヒデはさらに待たされたまま、日本はお盆休みに入った。1週間丸々、何の返事も来ない(「メールを受領しました」とさえ来なかったらしい)。

それが僕たちベンチャーにとって、どういう意味を持つのか、大企業に長くいると、理解ができないのかもしれない。「サラリーマン気質」の伝播。このネガティブな空気は、残念ながら感染性があるため、ことさらに注意をしなければならなかった。

「そんなにショックを受けなくてもいいよ」

「僕たちベンチャーとは働き方が違うんだよ」

僕はヒデを励ました。プロセス重視のリスク回避思考によってもたらされる意思決定の大幅な遅れが、ベンチャーのスピードと情熱を殺していく。この時ばかりは、初めて栗田工業と一緒に組んだことを、僕は心から後悔した。

事態を急展開させたもの

さて、この話はその後どうなったか。お盆休みが明けて、事態は急展開した。この話が、各方面から栗田工業の門田社長の耳に入ったからだ。社長というのは面白いもので、門田社長も一瞬でこの話の要点を理解してくれたらしい。

金額感が大きくないこともあり、無用なプロセスを一気に飛ばしてくれ、社長決裁で即日にこのプロジェクトに対してGOサインを出してくれた。ヒデが喜んだのは言うまでもない。

『クレイジーで行こう!』(日経BP社刊)にも書いたが、栗田工業というのは面白い会社で、僕の見立てが正しければ、この会社は、門田社長、現上席執行役員の飯岡元会長、伊藤専務という3人の経営力、意思決定の力で成り立っている。

こういう人たちの力は、正直代えがきかない。サラリーマン的、年功序列的に役員構成をリフレッシュしようとすれば、返って会社の経営力が下がっていく。年齢層は上だが、この3人の人たちには、栗田工業という会社の創業者精神がある意味で強く刷り込まれている。つまり、サラリーマンではない。

ベンチャーと組むことを考えると、カウンターパートに若手の役員を迎えれば良いと思う人が多いが、僕はそうは思わない。創業期を忘れたサラリーマン会社で育った若手ほど、役に立たないものはないからだ。日本電産の永守さん、キャノンの御手洗さん、ソフトバンクの孫さんが会社を辞められないのには、理由があるのだ。

日本になかなか帰国できず、直接会って話をすることはなかなかできないが、飯岡元会長には、メールや電話でたまに連絡を取らせてもらっている。この人と話をすると、「分かってもらっているなあ」と毎回思う。こういうことが、テクノロジーベンチャー経営者にとって、最大の救いなのだ。

大企業、いかにベンチャーと組むべきか

今回の件を見ても分かるように、それがどの組織であれ、トップに立って地平を見渡せば、内部調整やペーパーワークは、百害あって一利なしであることが分かる。しかし、中間管理職的な物の考え方が、あらゆる物事を腐らせていくのだ。

これは、僕たちフラクタだけが抱える特殊な問題というわけではないと思う。最近、日本の大企業でもベンチャーを買収するケースが増えている。ベンチャー企業というものは、感性で成り立っているのだと思う。

ビジョンに共感してくれる人とともに、心をひとつにして走り抜ける。「よし!」と気合を入れて、ときに寝る間も惜しみ、休む間もなく、「世の中を動かそう」「一日も早く実現しよう」と動き続ける人の集まりだ。

大企業がベンチャー企業を買収する目的にはいくつかのパターンがあるが、既に市場シェアを取り終えた技術やサービスが欲しいだけならば話は簡単だ。買収して、トップマネジメントを解雇し、大企業から派遣された人間がコントロールすれば良い。

しかし、栗田工業のフラクタ買収の目的はそれだけではない。既に70年前の出来事となった栗田春生の創業精神に立ち返るため、外部から起業家精神を取り入れ、その企業文化を変え、もう一度イノベーションを起こせる体質を創ること。これが本来的な目的であったことは間違いないだろう。 

そのためには、遥か70年前、他でもない自らがそうであった「ベンチャー企業」というものが、いったいどういう力学で動いているのかにつき、思いを馳せ、それに寄り添い、自らが実行してみなければならない。

僕たちは栗田工業という大企業の傘下に入り、今回記事にしたような問題に直面した。ヒデにとってはやきもきするとても長い夏となったが、僕たちの課題は、日本の多くの大企業と、買収されたベンチャー企業が同じように抱えることになるだろう。今回のことも、サラリーマン個人の問題というよりは、あくまで組織の問題なのだ。

こういうことをきちんと観察し、状況をオープンにして、改善が必要であればこれを正し、前向きに事業を進めていけることが望ましい。アメリカという国も、かつてこういう経験をたくさんしたことで、ベンチャー企業、その知性の取り込みに慣れていった歴史があるのだから。

(記事終わり)

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前編20分:

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