見出し画像

私立高校の雇用実態 ~専任・常勤・非常勤~

 教員の志願者が減少しているというニュースが話題になっている。
 原因として長時間労働の問題などが挙げられているが、今回は雇用問題という角度からこの問題について書きたいと思う。

 この現象が関西の話なのか全国的な話なのかはわからない。1つ言えるのは大阪近辺では常態化し、すでに定着している話だ。

 以前は高校教師の採用と言えば地域や学校によって呼び方は違うが、専任(正社員)と非常勤という2パターンの雇用体系が主だった。
 非常勤というのはその名の通り学校に常駐せず、授業だけ受け持つ先生のことだ。担当している授業数分の給与が生じ、授業の前に出勤して、授業が終わったら帰る。

 私学の高校は入学者の変動が激しい。公立高校の結果が出るまで入学者数(クラス数)が確定できないので、どうしても調整弁となる教員が求められる。思ったより入学者数が多い場合は非常勤の先生に多くの授業を持ってもらい、逆の場合は授業数を減らしてもらう。専任の先生は授業数の規定が決まっているので、規定以下になったら学校としては損害だし、多すぎると他の業務に支障が出る。

 専任と非常勤。そのような形で学校現場を回していたのだが、十数年、あるいは数十年前から様相が変わってきた。それが常勤講師と呼ばれる雇用体系だ。

 常勤講師はその名の通り授業があろうがなかろうが毎日定時に出退勤する。業務内容は学校によって異なるが、多くの学校では担任やクラブ顧問、校務分掌といった専任と同じ業務を受け持つ。違いでいうと、管理職や部署の主任といった役職に就かないことと、有期契約であるということだ。

 だからまぁ簡単に言ってしまえば、1年ごとにクビを切れる正社員ということ。生徒側からすれば、専任と非常勤は見分けがつくかもしれないが、専任と常勤の見分けはつかないだろう。

 教員の採用というのは結構難しい。筆記試験や面接だけで適性を測るのがそもそも困難だ。学力が高くても、生徒との対人コミュニケーションや保護者対応が下手な人もいる。
 また、一般的な企業であれば営業部に向いていなくても他の部署で適性が高いという場合もあるが、教員の仕事内容は管理職以外は基本的に全員似たようなものなので、教員としての適性が低かった場合、それを他で補う術がほとんどない。
 教員として採用した人を事務や経理に回すことはできないし、なるべく生徒と関わらない教師の仕事なんて基本的にはない。せいぜい担任を外すか広報活動をしてもらうくらいだ。だから、クラス運営や授業が下手という教員を専任採用した場合、その人が定年を迎えるまでお荷物的な存在になる恐れがある。

 そんな悩みを持つ学校経営者にとって常勤講師というのは非常においしい存在だろう。以前は3年ほど常勤講師として働きぶりや能力を見て、そのまま専任になるか契約を打ち切るかというのがよく見られた。
 教員側からすれば不安定な雇用ではあるが、専任=定年まで勤務ということを考えると、試用期間があるのはある程度仕方ないとも思う。この仕事はやはり生徒の人生に与える影響が小さくない。適性がない人は早めに軌道修正するのは双方にとって悪くないとは思う。

 しかし、近年の常勤講師は試用期間というニュアンスが弱まり、使い捨て、使い回しの側面が強くなっている。
 教育において成果主義は相性が悪い。だから、基本的には年功序列型の賃金体系になる。その観点からいくと、経営者にとって常勤講師ほどおいしいものはない。
 私立高校は公立高校と違い、学校ごとに教員を採用している。そして、年功序列というのは年齢に応じてではなく、その学校に何年勤めたかで号俸が決まる制度である。
 だから、仮に教師歴10年でも、別の私学へ転職した場合は1号俸から再スタートとなる。私の勤務校でも他校で勤務経験がある35歳の教員の給与が新卒1年目の教員と同じであった。

 このやり方は悪用すると恐ろしいことになる。例えばA高校とB高校の経営者が結託すれば、永久に3年以上昇給させずに働かせることができる。

A高校で3年勤務→B高校に転職し、3年勤務→A高校に戻り、3年勤務

 このループを繰り返していけば、経験値の高い教員をMaxでも3年目の給与で働かせ続けることが可能だ。そして、上記のように露骨ではないものの、3~4校をグルグル回っている教員は実際に少なくない。
 私の勤務校でいうと、昨年は専任を1人も採用していないし、さっき数えてみたところ、全学年のクラス担任のうち55%は常勤講師の教員だった。

 このやり方は経営者にとってデメリットが少ない。バリバリの進学校は進路実績を出せる教員を長く確保しておきたいため、あまりこうした手段はとられないが、それ以外の学校にとっては「並みの働き」さえしてくれれば教員なんて誰でもよいといえば誰でもよい。
 偏差値による序列化は入学時点で確定しているので、中堅の高校から中堅の大学に進学して文句を言う保護者は少ない。入学時点の学力と進路先に余程大きなギャップさえなければ特に問題にはならない。

 変に能力が高い教員が揃うと、「偏差値帯による市場の棲み分け」が崩れて逆に入学者数が減る場合もあるので、経営者にとっては犯罪やトラブルを起こさず、真面目に無難に働く教員を安く確保できるのが一番ありがたい。

 そのような暗黙の了解があるのかないのかわからないが、私立高校において、常勤講師をグルグル回していくというスタイルは既に定着している。現場にいると、この人は専任で採用すべきだろうという常勤講師も少なくないが、近年はほとんど採用されなくなっている。
 一度、常勤講師の旨味を知ってしまうと、進学校以外は敢えて専任で採用する必要性が乏しいので、この流れは自然だとも言える。少子化で入学する生徒のパイ自体が減っていくことも考えると、当然とすら言えるかもしれない。

 30~40代になっても常勤で使い回しにされている教員からすると、異業種への転職も考えざるを得ないが、残念ながら中堅の元教員を評価してくれる異業種はあまりない。よって、今の状況に甘んじざるを得ない。

 書いてて気分のいいものでもないが、それが今の高校教員の残酷な現状である。おそらく、似たような状況は派遣労働が解禁された後、様々な業界で起こっているのだと思う。
 こんな状況下で結婚して子供を育てろというのも酷である。「異次元の少子化対策」と大風呂敷を宣うなら、こうした現状にもメスを入れるべきであろう。少子化問題は雇用問題でもあるのだ。

 特に労働契約法の改正以後は非常勤講師の雇用も不安定化している。以前は十年、二十年と非常勤を続けている教員も多かったのだが、5年ルール(無期転換ルール)ができてからは非常勤も3年で切るのが通例になった。
 雇用の安定を目的に導入したルールなのだとしたら、完全に逆効果になっているのが現状だ。

 常勤講師も非常勤講師も3年でグルグル回すようになってきたので、最近は顔と名前が一致しない教員が多くなった。新しく来た教員が仕事を覚えた頃にはいなくなっているので、そのしわ寄せは専任の方に来ている。
 結果として初心者と疲弊した専任ばかりになり、職場の雰囲気も教育力も落ちる一方なのだが、偏差値序列によってある程度の市場の棲み分けが済んでいるのが高校という業界なので、経営面や生徒・保護者に対する直接的な害が表面化するような事態にはまだなっていない。

 こんなことを続けていたら日本全体の教育力が低下するのは目に見えているが、結局、表面化するのはまだまだ先なので、しばらくは何も変わらないだろう。ジャニーズの件からもわかるように、外圧でしか変われないのが日本人なので、今のところは「異次元の少子化対策」にでも期待するしかない。

 

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?