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カラフルな街並みの世界遺産ハンザ都市

北部ヨーロッパの美しい景観「ハンザ都市」
このハンザ都市には数々の世界遺産があり、ハンザ同盟最盛期の歴史的建造物が色濃く残っています。


みなさんハンザ同盟を知っていますか?また、学校で習ってから大人になって覚えていますか?
高校時代、世界史で習ったきりで記憶の奥底で眠っていたのですが、まさか「ハンザ同盟」を記憶から引っ張り出してくる日がくるとは!(笑)
そんなのあったな~程度で全く覚えていませんでした...。


歴史を刻んだハンザ商人たち

まずは、「ハンザ同盟」をおさらいしましょう。
わかりやすく解説していきますのでご安心を!(^^)

【ハンザ同盟】
中世後期の12世紀ごろに生まれ、14世紀に最盛期となり、近世初期の17世紀中頃まで、ドイツ、フランドル、東ポーランド、ロシアなど、北ヨーロッパ地域の商業都市が結成した都市同盟。リューベックを盟主にハンブルク、ケルン、ダンツィヒ、リガなど多くの都市が加盟し、さらにヨーロッパ主要都市に在外商館を設けた。

引用:世界史の窓

「ハンザ同盟」って名前だけ聞くと、何か強い同盟関係(書面を交わすような国同士のお堅いやつ)というイメージがありますが、実際は非常にルーズな関係だったと言われています。
共通の法律や共通の軍隊などは存在しません。ローマ帝国支配に対する抵抗という政治的、軍事的目的での都市同盟とは違い、あくまで経済的目的で組織されたのがハンザ同盟なんです。

最盛期には加盟都市70前後を数えたともいわています。しかし、強い結びつきがないため加盟も脱退も簡単にできたそうで、実際には200ほどの都市が同盟を組んだという説もあります。
ゆるい同盟だたからこそ、入るのも抜けるのも簡単だったんですね~!

もともとは貿易商人ギルドから派生した言葉が「ハンザ」でした。はじめは北西ヨーロッパ(フランドル地方~イングランド)で用いられ、シャンパーニュ地方との毛織物取引を行う商人たちを指していました。商人ハンザの仲間は、木材や穀物・毛皮を求めて、バルト海の外側に活動範囲を拡げ、外地に進出していきました。

南ヨーロッパの「地中海貿易」が胡椒や宝石など奢侈品が主力であったのに対して、北ヨーロッパは穀物や材木、毛皮など生活必需品を扱うことが多く、地中海貿易に比べると比較的安価な商品ばかりで協力が必要不可欠でした。
同盟を組むことで大量に仕入れて売りさばき、利益を出していたのです!

ハンザ=北ドイツのイメージが強いのですが実際はそうではなく、スウェーデンやロシア、ラトビアも有力な同盟都市でした。




ハンザの女王と呼ばれた商業都市


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画像引用:LINEトラベルjp
https://www.travel.co.jp/guide/article/43112/#photo2

ドイツにある「ハンザ都市リューベック」はハンザ同盟の中心地・盟主として栄えた商業都市。
1226年に神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世から「帝国自由都市」の特権が与えられ自由都市になると、ハンザ同盟が解体する1669年まで繁栄し続けました。

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画像引用:LINEトラベルjp
https://www.travel.co.jp/guide/article/43112/#photo2

街のシンボルである、ホルステイン門をくぐるとレンガ造りの旧市街が広がっています。
街にはドイツ最古のゴシック建築のひとつである市庁舎をはじめ、聖堂や病院、広場、組合会館などが立ち並んでいます。

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画像引用:LINEトラベルjp
https://www.travel.co.jp/guide/article/43112/#photo2

史上最古の老人ホームといわれている「聖霊養老院」もリューベックを代表する建築のひとつ。

老人ホームとは思えない佇まい...!


カラフルな家々が並ぶブリッゲン都市


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画像引用:トリドリ- 旅行をもっと、身近に。
 https://tori-dori.com/europe/2019/12/12/37169/

は~!!可愛い~!!

こちらはノルウェーにある「ベルゲンのブリッゲン地区」

このブリッゲン地区は当時、ノルウェー最大の首都として繁栄しました。

在外ハンザ商人(商取引をしたドイツ人)の居留地であり、この地には商人だけでなく職人も移り住んだと言われています。
ドイツ人のための聖母マリア聖堂が建てられたりと在外ハンザ商人の街として栄えました。

中でもカラフルな街並みはハンザを代表する建築で、設計計画に大きな影響を与えました。
中庭を複数の住宅が共有する形式になっているのが特徴。
これはご近所さん同士仲良くなりそうですね~!

ベルゲンのブリッゲン地区の中でも有名なのが、ハンザ同盟の会議場「ショートスチューエネ」。

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画像引用:ITmedia ビジネスオンラインhttps://www.itmedia.co.jp/makoto/articles/1106/24/news007_2.html

この「ショートスチューエネ」はハンザ商人の共同財産として1840年代まで使用されていました。
何度も火事に見舞われてきたブリッゲン地区では、家の中で料理や暖房のために火を使うことが禁じられてきました。そのため厨房が別の場所に設けられていたんだそうです。

現在は博物館の一部として、入れるそうですよ!
博物館には当時の船や家具が展示されています。


「バルト海の真珠」と称されるリガの歴史地区

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画像引用:阪急交通社
https://www.hankyu-travel.com/heritage/northerneur/riga.php

こちらも圧倒的景観美な街並みが特徴的な、ラトビアにある「リガの歴史地区」。
旧市街と新市街に分かれています。
カラフルな旧市街はドイツ人によって築かれました。建築様式はゴシック、バロック、ロマネスクと混在。観光地としても有名です。

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画像引用:みんなでつくる旅行ガイドブック tripnote https://tripnote.jp/latvia/7-reasons-you-need-to-visit-riga

新市街は18世紀にロシア帝国がこの地を支配。富裕層が建てたユーゲントシュティール様式(曲線的で花や植物などの有機物のエレガントな装飾が特徴)の建築が立ち並び、建築家ミハイル・エイゼンシュテインが設立した集合住宅が残ります。
旧市街が観光地なのに比べ、新市街は一般市民の住宅と業務中心なんだそうです。


この旧市街と新市街の融合はリガの歴史地区ならではの大きな特色でもあります。


世界遺産「ハンザ都市」まとめ

今回はハンザ都市の世界遺産「ハンザ都市リューベック」、「ベルゲンのブリッゲン地区」、「リガの歴史地区」をご紹介しました。

今回はハンザ同盟の主要都市の遺産3つをご紹介しましたが、ハンザ都市の世界遺産は他に6つもあります!

カラフルな街並みが特徴のハンザ都市はいかにも「映え~!」なものばかり!シックで落ち着いた建築も素敵ですが、ポップで可愛い建築もまた違った見ごたえがありますよね。
景観の美しさだけでなく、歴史的にも見ごたえある遺産ばかりなので、北ヨーロッパに旅行に行くときは訪れてみたいですね!

#ビタミンカラーは元気もらえる


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