Takarin

沖縄在住の作家です。五十路です。痛風です。ハゲかけです。グルコサミン愛用

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最近の記事

小説 男岩鬼になりたくて15

こいつらは、同期のうちたった2人しかいない県外組。2人して同志というより細井のほうが一方的にシンパシーを求めるような感じに見えなくもない。  見た目が屈強に見える男社会の野球部だけど、まだ16歳。かあちゃんのおっぱいを恋しがる年ごろでもないけど、親のすねをかじって生きているのは間違いない。だからなのか、制限の中で思い切り羽ばたきたい衝動に駆られる。バレなければ何をやってもいい、それこそ、俺たちが思う特権だ。  せっかくの2人だけの世界を壊さないように、俺は身をすくめて反対

    • 小説 男岩鬼になりたくて14

      「なあ、昨日は大丈夫やったか?」  細井の優しい声がした。 「あ、おう……」  誰だ、もうひとりは? 「おまえな、ムチャしすぎなんや。少しは仲良くやれや」  細井はそう言いながらポケットをまさぐり、カチャッと百円ライターの着火音が恥ずかしそうに鳴る。もうひとりは、すでに美味そうに吹かしていた。 「なあ、あんとき、ワザとヤラれたやろ。おまえ、ひとつも抵抗しなかったもんな。あれ見てわかったわ」 「蹴ったやろが」  あいつだ。口数がまったくないから分からなかったが、

      • 小説 男岩鬼になりたくて14

        奴隷以下の1年生だからって、まったく平穏な時間がないわけでもない。24時間緊張状態のままいては身も心も持たない。一番の平和は、授業中。大抵の者はそこで睡眠時間を確保する。だから野球バカと呼ばれてしまう。  2年生にはシバかれ続け、矛盾や理不尽なことに耐えながら生活する辛さが続けば、さすがに頭が狂って来る。だから時にはヤラれたらヤリ返す。もちろん、先輩をシバくことなどできないので、俺たちなりの洗礼をする。  よくやるのは、ユニフォームを洗うときに洗剤を入れずに洗濯機を回す。

        • 小説 男岩鬼になりたくて13

          「おまえ、どういうつもりなんや! おまえのせいでみんなが迷惑かかっているの知ってるやろが」  剛田を1年生全員が取り囲んでいる中で、慶太がまず口火を切った。なんか思うに、いつもどっかで聞いたような台詞しか吐かない。これじゃ、2年生の奴らとなんら変わらん。安っぽい恫喝ではなく、奴の本音を聞き出すような言い方をしないと意味がねえだろうよ。頭が悪すぎる。もう最初から殴る気まんまんでいるんだからな。  顎を少し上げ、斜めから睨みつけるように見下ろす剛田。敵意をむき出しというより、

        小説 男岩鬼になりたくて15

          小説 男岩鬼になりたくて12

           1年生は全部で21名だが、すべてがウチナーンチュではない。ウチナーンチュとは沖縄出身者という意味だ。出身地の判別の話のときによく使う言葉で。県外の人は「ナイチャー」と呼ぶ。今はそうでもないけど、昔はあからさまな差別用語だった。 「おいおい、あれナイチャーやぞ」  シーンによってこんな会話をする。区別する意味で使っているが、差別的意味合いも絶対に入っている。どうせ、俺たちも差別されているんだから、っていう思いがどこかにある。  俺たち同期の中に、2人だけナイチャーがいる。キャ

          小説 男岩鬼になりたくて12

          小説 男岩鬼になりたくて11

           その夜、1年生全員が呼ばれた。 「おい、今日の朝、笑ってた奴いたよな。手上げてみろ。自ら名乗りでたら許してやる」  もちろん、誰も名乗りあげる奴はいない。誰も笑っていないんだから。 「おい、舐めてんのか。大江、てめえが笑っているの知ってんだぞ」  大矢がイチャモンをつけてくる。 「いえ、笑って……ゴツッ!」  話し終わる前に左頬の骨の衝突音がして目の前が揺れた。 「いちいちうるせえんだよ」  うるさく言ったつもりはない。それからは、首根っこを摑まれて左頬を連続10発近く殴

          小説 男岩鬼になりたくて11

          小説 男岩鬼になりたくて10

           午前7時。  マウンド付近でムツが腕組みして寮の方向を見ている。  ジンジンと太陽光線が照りつける中、ジリリジリリと憤慨している様を隠すかのような仁王立ち。間違いなく、平穏無事では終わらない姿だ。オレンジ色がかった朝の光が照らされる中、微動だにしないムツの肩の辺りがワナワナと微かに震えている気がする。  ドタドタと走って来る2年生。この慌てぶりの2年生たちと泰然として構えているムツの対極の構図は、絶対にただじゃ済まない。 「あぁ〜、おらぁ!!」  もはや怒号じゃない。雄叫び

          小説 男岩鬼になりたくて10

          小説 男岩鬼になりたくて9

          決起集会ってさっきのはなんだったの? 嫌な予感がしながら俺はバッテリー組として、同部屋でもあるエース大矢のとこへ行くことになった。 「よーし! 今夜は新しい門出ということで乾杯しよう」  大矢が陽気な声で話すときは、きまって何かが起きる。 「さあさあ、大江! まずは駆けつけ3杯といこうか!」  並々と入っているグラスを渡される。 「ん? なんですか、これ?」 「なんですかやないやろ。ウチナーンチュなら誰でも知っている島や」 「島って、泡盛ですか?」 「そうや。つべこべ言わんと

          小説 男岩鬼になりたくて9

          小説 男岩鬼になりたくて9

          決起集会ってさっきのはなんだったの? 嫌な予感がしながら俺はバッテリー組として、同部屋でもあるエース大矢のとこへ行くことになった。 「よーし! 今夜は新しい門出ということで乾杯しよう」  大矢が陽気な声で話すときは、きまって何かが起きる。 「さあさあ、大江! まずは駆けつけ3杯といこうか!」  並々と入っているグラスを渡される。 「ん? なんですか、これ?」 「なんですかやないやろ。ウチナーンチュなら誰でも知っている島や」 「島って、泡盛ですか?」 「そうや。つべこべ言わんと

          小説 男岩鬼になりたくて9

          小説 男岩鬼になりたくて8

          「おい、今の見たか?」  思わず小声で慶太に言う。 「見た見た。やっぱ本当だったんだな」 「なんだよ、本当って?」 「おまえ、知らなかったば。3年生が負けた日の午前0時を過ぎた瞬間から、新チームの2年生のほうが上になるんだよ。さっきの見たやろ!」  言われてもまだピンとこなかった。徒弟制度というかヒエラルキーがきちんと確立しており、それが崩れることを想像したことがなかったからだ。卒業するまで3年生が神様だと思っていたのが、一夜にして逆転。 「これって、甲子園行けなかったからな

          小説 男岩鬼になりたくて8

          小説 男岩鬼になりたくて7

          5年連続夏の甲子園出場はこのとき途切れた。3年生の先輩たちは泣きじゃくっていた。高校野球でよく見る光景だ。負けたチームの選手がグラウンドにうずくまり、顔が汗と土と涙でグチャグチャになる。人目も憚らず感情を思い切り出せるのは、人生でも数えるくらいだろう。この瞬間は感情を爆発しても許され、そして精一杯戦った者の涙は美談として語られる。お涙頂戴に弱い日本人の最も好む光景なんだろうけど、これが美しい場面? あれがか!?  ベンチ前で大袈裟に泣く先輩たちを見ていたら、ああはなりたくない

          小説 男岩鬼になりたくて7

          小説 男岩鬼になりたくて6

          「ねえねえ、大江くんってなんで勉強もできるの?」  クラスメイトの花城由美子が屈託のない笑顔で唐突に話しかけてきた。 「んっ……」  喉を鳴らすように一瞬、顔を少しだけ上げたが無視した。 「休み時間なのに本読みながらボールを触ってるなんて、なんか変わってる」  語尾を上げて言い終わると、スタスタと教室から出て行った。  はぁ、それを言いたかっただけ? なんかよくわからん女だな。まあ、いい。少し気が散ったのを整えようとすると、 「おい、蒼。なんだよ、また女かよ」  同じクラスの

          小説 男岩鬼になりたくて6

          男岩鬼になりたくて5

          「大江! きさま、野球をナメてるよな」  挨拶する間もなく、いきなり張り手が飛んで来た。  儀間のグローブのような平手で右の頬を叩かれた。なんかやったか、俺? と少しきつねにつままれたような顔で睨み返すと、儀間はすかさず言った。 「いいか! おまえのシートバッティングのスウィングの速さと打球の強さを見て秦先生が俺にすぐさまメンバー入りさせろって言ったんや。だがな、こうも言った。“あいつは野球をナメている。謙虚さが足らん。存分に教えてやれ!”とな。だから今日から教えてやるんだ」

          男岩鬼になりたくて5

          男岩鬼になりたくて4

          「おおーーおえー、おおーおえー」  いつからだ、この決まりきった掛け声で練習するようになったのは! 酔っぱらいのサラリーマンが道端で指を突っ込んでいるような掛け声はいい加減どうにかしてほしい。    入学したての一年坊主は、外野グラウンドの隅で球の拾いが定位置。両膝に手を置きながら「おおーーおえー、バッチこいよ!」。  絶え間なく大声で吠え続けるだけ。端から見るとなにかの罰ゲームのように見えるかもしれないな。  特待生で入った18名と一般入試で入った3名の計21人が、1年生の

          男岩鬼になりたくて4

          男岩鬼になりたくて3

          全国学力テストでほぼ毎年最下位の沖縄だけど、スポーツは全国に誇れるのもがある。その中でも沖縄実業といえば、野球、ボクシング、ボートが全国的な強豪であり、野球少年にとって沖縄実業のユニフォームを着て甲子園に出るのは憧れの的だ。中学時代から大型右腕として県内では敵無しだった俺は幾多の高校から誘われたが、もの心ついたときから当時沖縄で最強だった沖縄実業に入ると決めていた。  入学から遡ること半年前、中学3年の9月上旬、沖縄実業のグラウンドへ行きピッチングを披露したときから、ケチのつ

          男岩鬼になりたくて3

          男岩鬼になりたくて2

          「ヒューヒュー、ヒューヒュー!」  突然、耳をつんざく高音域の音が響く。 「パンッ! パンッ!」  え、銃声? 沖縄には米軍があるから発泡があっても不思議じゃねえ。 「痛っ!」  身体に何か当たった。何、なんだ、何が始まった!?  「よっしゃー、倒したぞ!」 「てめえら、なに逃げてんだ」 「このバカ猿ども、死ね!」  罵声が否応無しに浴びせられる。それも、左右からロケット花火で俺たちを狙い撃ちしながらだ。  先輩の命令で、俺たち1年生21名が寮の敷地内にある細い通路を縦一列に

          男岩鬼になりたくて2