小説 男岩鬼になりたくて8

「おい、今の見たか?」
 思わず小声で慶太に言う。
「見た見た。やっぱ本当だったんだな」
「なんだよ、本当って?」
「おまえ、知らなかったば。3年生が負けた日の午前0時を過ぎた瞬間から、新チームの2年生のほうが上になるんだよ。さっきの見たやろ!」
 言われてもまだピンとこなかった。徒弟制度というかヒエラルキーがきちんと確立しており、それが崩れることを想像したことがなかったからだ。卒業するまで3年生が神様だと思っていたのが、一夜にして逆転。
「これって、甲子園行けなかったからなのか?」
「いや、甲子園に行っても同じらしい。ただ、甲子園に行けずに引退した3年生への扱いはやっぱ違うらしいけどな。だからよ、夏の大会に近づいてくると、3年生が2年生への集合を少なくするんだとよ。負けたとたんに、いつ寝首かかれるか分かんねえからだってよ」
 真相を聞いた俺はなんだか拍子抜けした。
 アホじゃねえのか。引退して立場が逆転することを恐れて“集合”を少なくするだと。代々続いたしきたりか何かしらねえけど、だったら甲子園優勝して引退すればいい。夏の大会全勝だ。これでも0時を過ぎた時点で2年生に大きな顔ができるのかどうか。保身を考えて行動しているようでは、大いなる目標には届かない。そりゃ、県大会の準決勝で負けるわ。
 俺の心の奥底に泥に塗れて溜まっているメタンガスが今にも点火しそうだ。もう、誰にも負けない。
立ち止まらずにこのまま突っ走ってやる。もう何が来ても大丈夫だ。後は、潰されないように上手くやるだけだ。誰も俺の心の中までは支配できない。上辺だけで協調性を宿しているように見せれば、首脳陣も先輩たちも納得するだろうよ。ただひとつ、同期に対しどう接していいのか分からないままでいたけど、まあなんとかなるだろう。
「遅いぞ、1年!」
 ミーティングルームには2年生全員が待ち構えていた。全員、憑き物が取れたように晴れやかな顔をしている。
「おい、てめえら、今日から新チームが始動する。俺たちの目標はだたひとつ。最低でも甲子園。それ以下はない。今までのようにはいかねえからな。分かるよな?」
 キャプテンの新城がさもしたり顔で言う。表向きは新チームとして規律と統制をはかるための訓示なのだが、どう見ても新しい恐怖政治が始まることを強調しているだけにしか見えなかった。なぜ「おい、てめえら――—―」と古いヤクザ映画に出てくる親分のような言い方でわざわざ誇示したがるんだろうか。バカ丸出しっていつになったら気付くんだろか。下級生を押さえつけることで野球が上手くなるとでも思っているのか。それとも、実力では負けるから先輩風を吹かせることでビビらせ、レギュラーにさせないのか。あ〜奴らの言動や行動にいちいち腹を立てている。これじゃ、術中にはまるだけだ。バカな慶太の顔を見て落ち着こう。
「じゃあ、これから3つの部屋に分かれて決起集会するから、1年も3班に分かれて来いや」
 そう告げると2年生は一斉に散らばり、各自部屋に戻っていった。

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