小説 男岩鬼になりたくて9

決起集会ってさっきのはなんだったの? 嫌な予感がしながら俺はバッテリー組として、同部屋でもあるエース大矢のとこへ行くことになった。
「よーし! 今夜は新しい門出ということで乾杯しよう」
 大矢が陽気な声で話すときは、きまって何かが起きる。
「さあさあ、大江! まずは駆けつけ3杯といこうか!」
 並々と入っているグラスを渡される。
「ん? なんですか、これ?」
「なんですかやないやろ。ウチナーンチュなら誰でも知っている島や」
「島って、泡盛ですか?」
「そうや。つべこべ言わんと、飲まんかい」 
 大矢が威勢良く言う。一気、一気、一気と手拍子が鳴る。大学生の新歓コンパノリで、どう見ても断れない状況。軽く会釈をし、グラスに口元をつける。冷えた液体が咽喉に流れ込みと、胸の辺りがカーッと熱く火照ってきた。拍手が起こり、気がついたらまた並々とグラスに注がれていた。続けざまに飲み干した。
「おまえ、いけるじゃねえかよ」
 大矢は蛇のような目で睨んでいる。挑発的な目だ。返杯できないのが悔しいが、これはこれで負けられない。幸い、中学校の頃から祝い事があれば飲んでいたせいか、酒は大丈夫な身体だ。間髪入れずに最後の3杯目をグイッと飲み干した。さすがに身体の芯がジンジンと熱い。
「ほれ、最後の3杯目だ!」
 今、3杯飲んだけど……そうきたんか。
「はい、最後の3杯目いただきます」
 あえて声を発し、3杯目だということを強調するため大矢の目をじっと見据えながら、4杯目をジワリジワリと飲み干した。
「おおおおおお〜」
ウザい観衆の声が耳にまとわりつきながら、俺はグラスを片手に奴から目を逸らさなかった。

 午前7時。
 マウンド付近でムツが腕組みして寮の方向を見ている。
 ジンジンと太陽光線が照りつける中、ジリリジリリと憤慨している様を隠すかのような仁王立ち。間違いなく、平穏無事では終わらない姿だ。オレンジ色がかった朝の光が照らされる中、微動だにしないムツの肩の辺りがワナワナと微かに震えている気がする。
 ドタドタと走って来る2年生。この慌てぶりの2年生たちと泰然として構えているムツの対極の構図は、絶対にただじゃ済まない。
「あぁ〜、おらぁ!!」
 もはや怒号じゃない。雄叫びだ。震え上がるほどの声でグラウンドの土埃が一瞬吹き上げられるようだった。
 2年生は帽子を取り、急いで一塁ライン上手前で整列するが、すかさずムツが近づき、口を真一文字にして順々に平手打ちを喰らわせる。個別に殴っているのは日常茶飯事だが、整列して順々に殴っているのは初めて見た。
「ガツッ! カツッ!」
 いつものスナップが効いたパチーンという音じゃない。骨と骨がぶつかり合うにぶい音だ。ん? グーパンチ!? よく見ると拳で殴っている。平手打ちは数えきれないほどあるが、拳で殴られたことはまだない。見ているこっちも痛い。
 1年生は深めのショート付近で一列に並ばされ、2年生が殴られている姿を遠くから俯瞰気味で見ている。隣にいる慶太が呟く。
「おい、ムツめちゃくちゃやな」
「今は壮観でも、明日は我が身だぞ」
「今はゴーカン?」
「……」
 面倒だから無視することにした。とにかく、腹の中では「ざまーみろ!」だったが、2年生が殴られている間は、少しでも俺たちが油断した顔をしたら、奴らは間違いなくそこに付け込んでくる。だから、腹の中を悟られないように神妙な顔でいた。
 大矢はよろめいて姿勢を正した後、俺と目が合った。少しニヤつきながら俺をじっと凝視していた。
「おまえら、練習しなくていい。外野で球拾いと草刈りだ。おい1年、レギュラーバッティングに入れ!」
 この時点で新チームの要となる2年生はスポイルされた。前日、決起集会と表して酒をしこたま飲み、案の定寝坊して練習時間に遅れた。どんないい訳も通じない。まだ二日酔いがバレてないだけマシだ。いやバレていたからこそのグーパンチだったのかもしれない。
 新チームの初日が、波乱の幕開けだった。

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