小説 男岩鬼になりたくて12

 1年生は全部で21名だが、すべてがウチナーンチュではない。ウチナーンチュとは沖縄出身者という意味だ。出身地の判別の話のときによく使う言葉で。県外の人は「ナイチャー」と呼ぶ。今はそうでもないけど、昔はあからさまな差別用語だった。
「おいおい、あれナイチャーやぞ」
 シーンによってこんな会話をする。区別する意味で使っているが、差別的意味合いも絶対に入っている。どうせ、俺たちも差別されているんだから、っていう思いがどこかにある。
 俺たち同期の中に、2人だけナイチャーがいる。キャッチャーの細井聖二と、サードの剛田健一。ともに関西からの越境入学だ。
「おい、蒼! 毎日殴られてばっかで頭こえへんか。いちびっとったらあかんで。いくんやったら一緒にいくで」 
 いかにも武闘派みたいなこと言うキャッチャーの細井聖二は神戸出身で、2年生の前では借りてきた猫。関西弁だから威勢良く聞こえるが、大仏様のような丸々とした身体と顔は優しさとユーモアが入り混じり、誰が見ても「ポジションはキャッチャー」と思うくらい、プクプクとした身体から鈍臭さが滲み出ている。太いのに名前は細井。笑えない。
 問題は、サードの剛田だ。こいつは奈良出身。細井が大仏なら、剛田は疫病神。身長は182センチと俺の次にデカく、強肩強打でセンス抜群という触れ込み。しかし、性格に難ありどころじゃなかった。もともとは、奈良から越境入学で愛知の超名門校に入ったらしいが、1年の6月に沖縄実業に転校してきたという変わり種。1年の6月下旬に転校するということは、もちろん普通じゃない。小中学校と違って高校で転校はあまりないイメージだけど、入学してたった3カ月で転校って一体なにをやらかしたんだ……? まあ、推測するに超名門校ゆえに厳しい練習、管理野球に耐えられず、お山の大将が鼻を折られてメソメソ逃げ帰って母ちゃんに泣きついたマザコン野郎ってこところか。しかし、俺の予想は見事に外れた。
「今日から新入部員となる剛田だ」
 儀間コーチが紹介をすると、
「ちぃーす」
 帽子を取って軽く会釈するナメた態度。典型的なイカついヤンキーフェイスで、三日月を横にしたような鬼の剃り込みに加え、どうみてもヤク中にしか見えない血走った危ない目。
 大矢の目は睨まれたら身動きできないような蛇の目で一度見たら脳裏に焼き付く感じ。しかし、剛田の目は、絶対に関わりを持っちゃいけない悪魔のような目で、まるで年少から出て来たような近寄りたくない雰囲気を醸し出す。おい、どこの年少から出て来たか知らねえけど、また監獄に入るなんて世話ねえわな。
「おい、誰だ、来てねえのは!」 
「…………」
「剛田はどうした? 」
「は、はい……」
「はあ、なにが“はい”だぁ。名護てめえ、返事してりゃいいと思ってんじゃねえぞ、コラ! どんな理由で来てねえか、わかるように言ってみろや」
「す、すいません」
「すみませんでは、すみませんっつーの!」
 1年生のまとめ役として任命されている慶太は、朝練時から張り手を喰らう。慶太がヤラれると、1年生も連帯責任で殴られていく。
「おはよーっす!」
 まるで図ったようなタイミングで、寝ぼけ眼のままトロトロやってくる剛田。
「いや〜時差ボケですいません」
 イケシャイシャとフザけた理由を宣う剛田に、2年生たちの顔がみるみる紅潮し出しかと思うと、いきなり大矢が飛び蹴りを喰らわす。
「いて! なんすか?」
「てめえ、内地へ帰れ!」
「……」
「なんで遅れたかもういっぺん言ってみろ」
 倒れている剛田に凄む大矢。
「寝坊す」
「その前だ」
「時差ボケで寝坊したっす」
「時差ボケね。じゃ、時差ボケなおさないとな」
 一発、みぞおちにショートボディ気味にパンチを入れる。
「時差ボケなおったか? まだなおらねえよな」
 さらに連発して入れた。
 顔は一瞬の痛みで終わるが、腹はそうじゃない。胃が締め付けられ、気管に空気が入って来ない苦しみがしばらく続く。顔は天国にも登るが、ボディは地獄の苦しみって『あしたのジョー』に書いてあったっけ。
 剛田は悶絶して倒れ、おとなしくしていりゃいいのにあの目で睨みつけるから、ますます2年生が逆上し、抑えがきかなくなる。剛田だけヤラれるのならしょうがない。奴の態度の問題だから。しかし、剛田のおかげで1年生全員がとばっちりを喰らうのはたまらない。
「はい、剛田が遅れたから、夜集合な」
 先輩たちの機嫌を損ねて“集合”という単語を発せさせないように毎日最新の注意を払っているのに、剛田は我関せずといった感じで傍若無人に振る舞う。剛田たったひとりのために、全員が迷惑を被る。バカなのか、それともワザとやっているのか、どうにも分からん。ただ、根底にある思いは何なのか知りたかった。とにかく、このまま放置していいはずもない。
「おい、蒼、どうするよ」
「どうするって、何が?」
 夜中、洗濯場で慶太が神妙な顔で話しかけてきた。
「このまま、あいつをほっとくと、俺たちまでとばっちりがくる。たまらんぜ。なんで、あいつひとりのために、俺たちも殴られなあかんのや」
 慶太の言うことはもっともである。自分のヘマで殴られるのは仕方ないけど、あいつのふざけた態度のせいで、全員が連帯責任されるのはまっぴらご免だ。
「で、思うんだけど、おれたちでヤっちまわねえか?」
「ヤるって?」
「剛田にヤキ入れるんだよ」
「あいつにヤキ入れてもきかねえだろよ」
「聞いた話しなんやけど、あいつ、愛知の高校でもずっと先輩にヤラれ続けていて、それでしまいには逆切れして先輩をボコったって話よ。それも金属バットでやったっつうーの。それが表沙汰にならないうちに、放り出されたってわけらしい」
「なんやそれ? その漫画みたいなしょーもねえ話は。バットでボコったら死んじまうやろが。そんな事件起こした奴が別の学校で野球なんかできるかよ。よっぽどのヤンキー学校で、しかも裏のコネでもない限り無理やろ。そんなバカ話を信じてんじゃねーよ。さすが慶太だよ。おめでてえな」
 でも、うちもヤンキー高校だし、あり得ない話でもないなぁ。とにかく、剛田の処遇をどうするかだ。何もせずに指を加えていても何の解決法にもならない。
 慶太たちは、夜中に寮の裏側の空き地に剛田を呼び出した。

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