見出し画像

【大人の童話】都会の猫もネコ

もしもし、おばあさん。なんだか今日はとても寒いですね。
もうすぐ、そこに着けると思います。そうしたら、ドアを開けて、少しだけ話をさせて貰ってもよいでしょうか。
ほんの少しでよいのです。今日はとても、お話がしたいのです。


ボクがおばあさんと出会ったのは、暗くて細長い、この路地裏でしたね。ボクたち一家は中ほどに並ぶ、古い室外機の近くで暮らしていました。

住み易いかどうかは意見の分かれるところです。夏になると、騒音と一緒に室外機から熱い風が吹き出してボクたちは苦労します。ビルとビルに挟まれた細い一本道なので、挟み撃ちにあったならボクたちは一網打尽になって、一巻の終わりだったりもします。

でもボクはここが好きです。
まずまずではありますが、雨風をしのぐことができます。人影もありません。
それに何よりも、おばあさんがいます。
この街の片隅で、
ここがボクの居場所になったのは、おばあさんのおかげなのです。


ボクには兄弟がいます。物心がつくとボクたちは、われ先にと母さんのお乳を奪い合いました。でもボクは体が弱っちくって、お乳にありつくのも一苦労でした。
それでもお母さんのお乳の出が良かったので助かりました。
お母さんは言っていました。お乳がたくさん出たのは、おばあさんが、何かと親切にしてくれたお陰だそうですね。
本当に、ありがとうございます。おばあさんが良くしてくれたおかげで、ボクは立派に育つことができたのです。

ここら一帯は学生街と言う場所だそうですね。表の長い坂道で物陰に隠れて、そういう会話を聞いたことがあります。
「学生さん」という言葉は、おばあさんの口から聞いたのですよ。たぶん、あの人たちのことですね。間違っていないと思います。そう言うところは任せてください!

夕方近くにもなれば、ビルから学生さんが街にあふれ出し、ゾロゾロと坂を下だっては、大きな道路を一本隔てた向こう側に繰り出していきます。

学生さんばかりではなく、もう少し遅くなると、もっと大人の、なんだが同じような格好をした人たちが、ソワソワと浮き足だって、むこうの街に繰り出します。あの人たちは昼間元気がないくせに、夕方になると張り切るのは何故ですか?

隣の街は不思議な街です。驚くほどの高さのビルがそびえています。そうかと思ったら、何軒ものお店が連なっています。

兄弟が言っていました。あそこは繁華街と言うそうですよ。

ビルなんて、どれほど高いことか!ボクたちがいくら身軽といっても、流石にあの高さから飛び降りたら一巻の終わりです。
でも大丈夫!ボクは弱虫なので、あんな高いところには登りません!

お店のほうは、色々です。でも、すごいのです!ご馳走が並んでいるのです!魚や肉を焼く香ばしい匂いが店から漏れ出すと、ボクたちは色めき立ちます。そうなると大騒ぎです。中にはやりすぎて、街の人から嫌われる仲間もいるそうだけど・・・

そうかと思うと、本が山積みになっているお店もあります。
本とは何か、ご存知ですか?皆さんが真剣な顔つきで、ペラペラめくっているヤツです。あれは何をしているのですか?面白かったりするのですか・・・

実はこの街に、本を作る町工場があるのですよ!
ボクが入り口から覗くと、皆さん和気あいあいとした様子です。しかし一旦機械がゴトゴトと回り出した途端に、大忙しになります。
途中のことは詳しく知りませんが、裏口から本が次々と運び出されるところをみると、あの機械を回すと、ペラペラと平べったい何かから、本ができるのでしょう。

それにしても、あそこは酷く不快な臭いがしますね!体に悪そうな臭いなのです。鼻にはツンと来るし、目はショボショボするしで、えらい迷惑です。きっとあの液体のせいですね。黒くてドロドロとした液体です。床にこぼれた液体をうっかり前足で触ったら、ベトベトするは、足跡が残るはで、大騒ぎでした!

でも皆さん、働き者ですね!夕方になり夜が来ると、工場には明かりが灯ります。そして機械が回る音は夜遅くまで続きます。その頃になるとボクたち猫の好きな時間が始まります!日暮れが近づくだけで、ソワソワします。夜がくれば、人通りが減ります。ビュンビュンと道路を行き交う、自動車とかいう鉄の箱も疎らになります。

それを待ってボクたち兄弟は、夜の街に飛び出すのです!


おばあさんには、申し訳なく思っています。兄弟たちの中には自立して、今では街から街に渡り歩いている猫もいるというのに、ボクときたら、おばあさんに甘えきってしまい・・・

お母さんですか?お母さんはいつの間にか姿を消しました・・お母さんにはお母さんの生き方があります。その位は、わきまえています。夜の集会に連れ立って出席したのが、最後の思い出です。

夜になると、路地に面するドアを少し開けて、おばあさんは呼んでくれます。

「ネコ、ネコ、ネコ・・・」

月明かりも届かない、ビルの壁に挟まれた路地に、ボクを呼ぶ、おばあさんの細く穏やかな声が、優しく儚げに響きます。
毛の色が真っ黒くて、ごめんなさい。こんなに暗いとボクを見つけるのも大変ですよね。
そう思って一声発します。すると効果はてきめんです。おばあさんは、ボクを見つけてこう呼んでくれましたよね。

「ネコ、ネコ!おいで。ゴハンだよ」

両目が暗闇に光っているのが見えますか?おばあさんに名前を呼んでもらったボクの目は、キラキラ輝いていたことでしょう。

ボクの方からは、お見通しです。ドアを開けてくだされば、すぐにでもわかります。だって、ドアの隙間から漏れ出すようにして、細く長い、光の影が隣のビルの壁を照らすのです。そして、おばあさんの姿がその中に浮かび上がるのです。

本当はすぐにでも駆け寄りたいのですが、持って生まれたプライドからなのか、警戒するような足取りで、持って回ったように、照れ笑いを浮かべながら、ゆっくり、ゆっくり、ドアの方に向かいます。

その姿に気がつくと、「ほら、ネコ。お食べ」と嬉しそうに、ゴハン茶碗を差し出してくれるのです。

ボクは時々思うのです。この街は夜になると、何故人影が減るのでしょうか。どの街でもそうなのでしょうか。街の灯がビルから消えてしまうのは、何故なのでしょうか・・・
たしかに町工場からは、機械の回る音がずいぶん遅くまで聞こえます。でも、やがて夜が更け、工場の明かりも消え、街は静寂に包まれます。自動車が走り去る音と、どこまでも続く街灯の明かりだけが、街全体に満ちるのです。
しかし、この路地は違います。ドアの向こうからは、タバコの煙と一緒に、何やら大勢の声が聞こえます。ジャラジャラという賑やかな音も聞こえます。「ポン」とか「チー」とか「ロン」とかいう、勇ましい掛け声は何ですか?誰かの名前を呼んでいるのでしょうか?ボクはネコという名前なので、返事をしなくて良いのですよね?

ある時、学生さんのヒソヒソ話が聞こえました。ここは麻雀荘という名前のお店だそうですね。マージャンソウ。なんだか美味しそうな響きですね。おばあさんもお好きだったりするのでしょうか?

ボクはこの場所が好きです。おばあさんがいる場所が好きです。おばあさんにいつでも会える、この街にある、この路地裏が大好きなのです。

ゴハンついでに、お店にご招待頂くこともありました。入ってすぐ横に置いてあるのは、冷蔵庫ですね。年代物とお見受けします。ボクのゴハンと一緒に、なんだか色々と入っているようですね。

学生さんから声がかかる度、おばあさんは冷蔵庫の扉を開け、冷えた茶色いビンやら缶やらを取り出して、手渡します。学生さんは缶やビンの中身を飲み干しながらも、真剣そうな顔つきを崩しません。

棚の上に綺麗に並んでいるのは、タバコの箱ですか?学生さんの好物みたいですね。ボクは煙たいのは苦手だけど、おばあさんが大丈夫ならば、まあ良しとしましょう。
でも路上のポイ捨てだけは堪忍して欲しいところです。万が一、ボクたちの口にでも入ったら一大事なのですよ。

階段もあるのですね。2階にも部屋があるのでしょうか・・おばあさんは階段を上がったり下がったりして大変ですね。でも階段があるビルなんて珍しいのはないでしょうか。それともここはビルではないのですか?

学生さんのために、カレーライスの出前をとったり、お湯をカップに注いだりもしていますね。それを階段で運ぶのは大変ではないですか?

その姿を見る度に、おばあさんが大丈夫か、ボクはヒヤヒヤして気が気ではないのです。


ボクは大人になってからも、この路地を離れることができません。体が弱っちかったこともあって、遠出するの怖かったのです。
兄弟たちなんか、とっくに隣街で遊びまわっています。白黒のマダラな兄弟など、大威張りです。あそこが繁華街と呼ばれていることを教えてくれたのも、その兄弟です。

「あそこはすごいぞ!道路一本隔てただけで、食べ物なんか、いくらでもある。ネズミだって丸々と太っている。お前も今度、一緒に行ってみないか!」
「ボクはいいよ。あんなに大きな道路、渡る自信が無いや。キミは怖くないの?」
「お前は弱虫だな。夜になれば楽勝さ。連れて行ってやるよ。楽しいぞ。あそこの、もっと向こうには何があるのかね。考えるだけでワクワクするとは思わないか」

でも結局ボクは、約束を果たすことができませんでした。白と黒のまだらの兄弟は、道路の向こうに渡ったきり、帰ってこなかったのです。

それからもボクら兄弟の数は減り続けました。
ある日、夜の集会の帰り道、一人の兄弟が何かを拾って食べました。ボクは一足早く路地裏に帰りましたが、その兄弟は二度と帰ってきませんでした・・・

別の日は兄弟が罠にかかりました。オリのような中に閉じ込められたママ、どこかにさらわれて行きました。必死に助けを求める兄弟を、ボクはどうすることもできませんでした・・・

先ほどお話ししたとおり、ボクたちのお母さんも知らない間に姿を消しました。
そうしてボクは一人きりになりました。

そんなボクにおばあさんは、優しくしてくれました。
体が汚くてごめんなさい・・。撫でてもらえるのはとても嬉しいのですが、手が汚れないでしょうか・・・兄弟がいる時はお互い毛づくろいができたのですが、一人だけだと限界があるのです・・・

ある日の夕方のことでした。学生さんが、まだこない時分です。表通りに面したドアガラスを照らす西日が眩しかったのを覚えています。
日が長く、とても蒸し暑い日でした。おばあさんは、裏のドアを少し開けて涼んでいらしたのですが、ボクが近づくのに気がついたのでしょう。少し早めのご飯をくださいましたね。

すると、お客さんが入ってきました。学生さんではなさそうです。一人は見覚えがあります。近所の町工場のご主人です。もう一人は知らない人です。手にはカバンを下げています。格好は、表通りタバコをポイ捨てする大人たちと同じようでもあります。ここではポイ捨ては厳禁ですよ!

でも、何故ですか?おばあさんが不機嫌になったのは・・・

「お忙しいところ申し訳ありません」
「わかっているなら帰っておくれ。話すことなんか、何もないよ」
「そう仰らず、もう一度お考えいただけないでしょうか」
「くどい人だね。なんども言わせないでください。ここを売る気なんてサラサラありませんよ。帰ってください」

すると工場のご主人が口を挟みました。

「気持ちはわかるよ。生まれ育った場所だしね。私だっておんなじですよ。でも時代も時代だ。だからうちは、思い切ることにしたよ」
「お宅は他所でも商売ができるからね。それにこちとら、生い先も知れたものだしね・・・お宅はお宅、うちはうち。立ち退く気なんてないよ」

その後も押し問答が続きました。最後は学生さんが入ってきたことで、あの人たちは退散しましたね。

でも喧嘩はしないでください。おばあさんが怒っている姿を見るのは、悲しいのです・・ボクはおばあさんが喜んでいる姿の方が好きなのです・・・

ご機嫌が悪いときはボクの背中を撫でてみてください。悔しいときはボクのオツムに手を当ててみてください。そして悲しいときは、ボクの喉をくすぐってみてください。ゴロゴロという音が喉の奥から出るはずです。きっと気持ちが穏やかになります。少しでもおばあさんのお役に立ちたいな・・・立てるとよいのですが・・・


それからもボクはおばあさんのお世話になり続けましたね。おばあさんはいつも変わらず優しく、親切でした。あの人たちは、まだ来ますか?もしもの時はボクを呼んでください。きっとお役に立てると思います。


そしてボクにも恋人ができました!

白い毛並みが美しい彼女です。その日は雨が降っていました。雨宿りでもするつもりだったのでしょう。彼女が通りすがりに路地を覗き込むと、ボクたちは目が合いました。すると彼女はそのままスタスタと近寄ってきたのです。
随分と勇気があるものだと感心しました。ボクだったら警戒して、こんなにスタスタとは近づけなかったでしょう。
彼女は隣街から来たということでした。ボクは驚きました。昼日向です。あの道路をどうやって渡ったというのでしょうか。

「そんなの、関係ないわ」

彼女はこともな気に、澄ました顔で言いました。ボクは一瞬で恋に堕ちました。

彼女が目をキラキラさせながら話してくれる、隣街の物語がボクは好きでした。ボクたちは室外機の振動に身を委ねて仲良く丸まりながら、たくさん話をしました。ボクも顔を赤くしながら、この街と、この路地とおばあさんのことを話しました。彼女は微笑みながら、話を聞いてくれました。

おばあさんにも彼女のことを紹介しましたね。おばあさんは優しく言ってくれました。

「おや、お友達かい?」

おばあさん!違います!彼女です!大好きな彼女です!ボクの自慢の彼女なのです!

ある日、室外機のそばに二人でいると、彼女が言いました。

「私の生まれた街に行ってみない?」

あの道路を渡るのは怖いのですが、彼女にバカにされるのが悔しく、ボクは勇気をふりしぼって、彼女と一緒に道路を渡ることにしました。

夜中、道路に自動車の影は見えません。ボクは前を走る彼女のあとを追うようにして思い切って大きな道路を走り抜けました。

「何でも、なかったでしょ!」

彼女はそう言って振り返ると、ニコリと笑いました。
そこは昔、白黒まだらの兄弟が言った通りの街でした。ボクたちは街を楽しく探検すると夜明け近くに、室外機のある路地に帰り、二人で丸まって眠りました。

やがてボクらの間に子供が生まれました。黒いのもいれば白のもいます。そして白と黒のマダラのもいます。
ボクたち一家は仲良く路地で暮らしました。隣街を探検することも忘れませんでした。子供達が大きくなると、隣街を冒険しに、一緒に道路を渡ることもありました。
喜ぶ子供もいれば、路地に残ると言い張る子供もいます。昔の自分を見るようで、ボクはおかしくなりました。

子供は歩みが遅いので一緒に道路を渡る時は大変です。でも彼女は優秀なので、ソツなくなんでもこなします。ボクは父親としての立場がありません。でも、そんなこんなも悪くありません。ボクは幸せだったのだと思います。

しかし、またしても、家族が一匹一匹と減り始めたのです。子供が一人減るたびに、ボクと彼女は悲しみに暮れました。彼女の悲しい気持ちが痛いほど伝わってきます。ボクの悲しい気持ちも彼女に伝わっていることでしょう。

ボクたちは、悲しい出来事なのか、そうでないのか、なぜだかわかってしまう生き物なのです。
おばあさんの悲しみが分かるのも、そのせいでしょう。

ある日、ゴハンをくださる時、おばあさんの悲しみが伝わってきました。ボクは必死に叫びました。

――おばあさん。悲しまないでください。また誰かに何かを言われたのですか。おばあさんはいい人です。おばあさんがいてくれるので、ボクたちはこの路地にいることができるのです。だから悲しまないで。おばあさんがいてくれるだけで、ボクはこの街が好きになれるのです。何かあれば、必ずおばあさんのお役に立ちます。だからおばあさん、顔をあげてください。


ボクたちには最後の子供が残りました。白と黒の子供でした。一家三人で、隣街との間を行き来しながら、ボクと彼女はその子を大切に育てていました。

ある日、隣街に遠征した時のことです。出がけに、気がつきました。不思議なことに、その日の彼女は、いつもにも増して綺麗でした。彼女はボクの視線に気がついて、振り返りました。

「可愛いでしょ!」

彼女はイタズラそうにニコリと微笑みました。ボクは思わずクビを縦に降ってしまいました。顔がミルミルうちに真っ赤になりました。顔が黒い毛に覆われているので、子供にバレないのが幸いでした。ボクは幸せでした。

ボクたちは、いつものように隣街に渡り、いつものように街を散策して、ゴハンを一緒に食べました。隣街の集会に参加した帰り道、ビルの裏手を通りかかると、たいそうなご馳走が置いてあったのです。
しかし食べて少しすると、子供が苦しみ出しました。そして、苦しんだあと、動かなくなりました。
ボクたちはその場で凍りつきました。彼女の動揺が伝わってきます。ボクの胸は張り裂けそうでした。

しかし彼女の様子も変なのです。

――早く帰っておばあさんに助けてもらわないと。

ボクは彼女を促しました。

ボクたちは、必死の思いで、あの広い道路までたどり着きました。ですが彼女の足元が、おぼつきません。いつもなら、だれよりも素早く道路を渡り、得意そうに後を振り返る彼女なのに、それが叶いませんでした。

もう少しで道路を渡り切れると思った時、彼女の足が止まりました。向こうからは、不気味に光る両目をした鉄の塊がすごい勢いで迫ってきます。ボクは自分の身を守るだけで精一杯でした。ボクの瞼の裏側に、怪物の目が発する二本の光の筋が、悲しく痛々しく、焼き付きました。


そしてボクは、ここにいます。ドアまでは、もう少し距離があります。なのに、もう体が動かないようです。ここに来る間にお腹の中のものを全部はきだしたというのに、それでもまだ苦しいのはなぜなのでしょうか・・・

不思議ですね。こんなこととお話ししようと思ったのではないのです。なんだか昔のことが思い出されてならないのは、どうしたことなのでしょうか・・・

もしもし、おばあさん。なんだか寒くなってきました。こごえるほど寒いのです。
おばあさんには本当に良くしてもらいました。それなのに大した恩返しもできず、ごめんなさい。
路地裏でネズミはそれなりに獲ったのですが・・・でもそれは、自分のためでもありますし・・・
随分と長い間、お店を休んでいたことがありますね。体の具合でも悪かったのでしょうか。ボクは本当に心配でたまらなかったのです。体だけは、本当に気をつけてください。

おばあさんは本当にいい人です。それに、どこかがボクに似ています。ボクはひとりぼっちになった時、思ったのです。
おばあさんは、何故いつも一人なのでしょうか。ボクには家族がいました。しかしみんな何処かに行ってしまいました。
もしかするとおばあさんも同じなのでしょうか。だからおばあさんのことが、心配でたまらないのでしょうか・・・だからおばあさんが悲しい時がわかってしまうでしょうか・・・
もっとたくさん、おばあさんのお役に立ちたかったな・・・そうすれば、おばあさんは悲しくなかったですか?寂しくなかったですか?でもボクの名前を呼んでくれる時、おばあさんは優しく微笑んでくれました。少しでもお役に立てたのならば、よかったのですが・・・

おばあさん、教えてください。この街はどうなるのでしょうか。町工場が一つ、また一つと消え始めています。その代わり、そこに新しいビルが建ち始めています。本が置いてあるお店も、少なくなり始めました。いずれ消えていく運命なのでしょうか・・。

おばあさん、教えてください。
ボクたちはこの街にいて、よかったのでしょうか。
ボクはこの街に生まれて、よかったのですよね。


<注釈>

この物語は昭和バブル期に出会った実在の人物をモデルに執筆したものです。作中登場する餌付け行為が、非公式ながら容認されていた時代だと思っています。
実際に当時は、街おこし、島おこしの観光の名目で、猫が利用されていたかの記憶があります。そして、ここ数年、こうした地域で一斉避妊が励行され、野良猫の数が減少したと聞き及んでいます。

当然ながら、餌付け行為は動物愛護と社会通念の観点から、現在では違法と見なされる行為です。著者もこのことを否定するものではなく、不妊去勢手術と屋内飼育を支援するボランティア諸氏の活動に賛同するものです。

ただしそれを認めた上でも、過去に遡っておばあさんの行為を、真っ向から糾弾する気にはなれないのです。

拙著にも記した通り、人間の営みそのものが、自然と野生動物に対するエゴではないかーーとの思いは依然としてあります。この点については、今後の創作活動の中で言及する機会もあろうと思います。

なお、本作の舞台である今は無き神田神保町「乙女荘」については、エッセイとして別稿にまとめる予定です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?