【短編小説】I do I.
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
「クッソ、マジ、ふざけんなよッ!」
腹を立てずにはいられない。カラダがカッカッする。
持っていたスマホを鏡に向かって思いっきりぶん投げた。スマホが鏡にあたった瞬間、とがった音が鼓膜に響く。鏡に蜘蛛の糸みたいな亀裂が広がった。おまけに床に転がったスマホの液晶も割れる。
それでも、私の苛立ちは、収まらない。
明日は、クソッタレ馬面裕子の頬をビンタしてやろうか。
あいつのメイクは気に入らないし、いかにも自分が世界で一番不幸ですみたいな雰囲気も気に入らない。まぁ私は優しいし、親密になってあげようと、親切に話題を振ってやってるのに、あいつは曖昧な微笑みを浮かべて、適当な相槌だけを返すだけ。
『はぁ』『へぇ』『そうなんですね』
私のご機嫌をうかがって、何かされないか怯えているのが丸見えだった。
あの媚びへつらう姿勢、あのブスを見ていると、無性に腹が立つ。
でも、それより、もっと、最低で、最悪で、クソッタレな事が、頻繁に起こっていた。
私は床に転がるスマホを手にとって、マネージャーの若木を呼び出す。あいつが私の通話に出たのは4コールめ。繋がった瞬間、叫ぶ。
「とっととでろ、若木ぃ!」
「も、申し訳ござぃません。お、お疲れさまぁです。舞様」
スマホのスピーカー越しからの若木の声は、呂律が回っていない。コイツ、寝てやがったな。まぁ、もう深夜か。
「あ、あの、舞様。恐れ入りますが、今日、僕は休日、」
「引っ越し」
若木が何か言おうとしたが、知ったことではない。私は若木の声を遮った。
「え?」
「私、今日中に引っ越しする。私の住んでいる部屋に似ている物件を見つけて、その日のうちに契約して。後、部屋の家具は全部あんたが全部運んで」
「ま、またですか」
「私のせいじゃないわよ! 文句は”ストーカー”に言え!」
「そ、そんなことをおっしゃられても、こ、困ります……」
「少しは私の気持ち考えたことあるの!? グチグチ言っている暇があるなら、私になりきったつもりで、どう動くべきかそのハゲ頭からひねりだせ!」
私は若木の返答を待たず、通話を切った。
あいつは私の言うことを何でも聞く。今頃青ざめた表情を浮かべて、ひぃひぃ言いながら、私の言う通りに動いている。
あのひょろい顔は、裕子の馬面の次にムカつくが、最近は少し使えるようになった。このケースはもう何度かあったし、今日中には引っ越し先も必ず見つけるだろう。
見つけなかったら、アイツの髪を引きちぎってやる。あっ、もう髪ないんだったけ? まぁ、いいや。
私はモノが散らかっている部屋を見回す。
棚の中のハンガーに掛けた服は、着ていく順番通りに並べたはずなのに、荒らされている。CM撮影の時に貰った最高級の化粧品は、キレイな装飾で施された箱だけ残して姿を消した。お気に入りのエルメス製のハンドバックは刃物でズタズタに引き裂かれて、ただの動物の皮になった。
こんなことされて、イラつかないやつなんている?
いたら、もう、仏だ。
あれも、これも、全部……ストーカーの仕業だ。
◇
今思い返せば、最初の被害はハンカチをなくした時だった。
私の持っているハンカチはそこらへんの店で売られているような安物のハンカチだ。これといって大きな特徴と言えば、布地にハート型の刺繍がされているぐらいだ。
でも、それは、私にとって、大事なものだった。
「へぇ、このハンカチが、アイドル大山舞を支えるものなんですねぇ」
バラエティ番組の収録時。大ベテランのお笑い芸人の司会者が、関心するように言った。私を囲っている芸能人たちも、こちらに視線を送り、興味ありげに頷いて、話を聞いている。
「はい。そうなんですよぉ」
私は微笑みを浮かべる。
この時、みんなから「かわいい」と言われるような笑みを意識する。
「私が芸能界で活躍できるのは、過去の私、大山舞がたくさんの汗と涙を流したからなんです。それを拭っていたのは肌見放さず持っていた、そのハンカチなんですよ」
「確かによく見ると、使い込まれているのがわかりますねぇ」
「このハンカチを持っていると、新人だったあの頃を思い出すことが出来て、これからも頑張るぞーってなります! お守りみたいなものです」
「そうなんですねぇ。ん? つまりこのハンカチには、無名だった舞さんの汗と涙がいっぱいついていたんですね!? こりゃあ、嗅がせてもらって、」
「だめですよぉ~!? 洗濯、ちゃんと洗濯してますから! それ!」
司会者のボケを見逃さないように、すぐリアクション。
それを見て観客たちも、周囲の芸能人たちも、ゲラゲラと爆笑していた。 とりあえず撮れ高は確保できただろう。あの司会者のセクハラは気持ち悪いが、大きなリアクションで反応してみせて、印象を残すことが大事だ。
そして、収録は特にトラブルもなく終わった。
収録終了した後、番組で使用した私のハンカチを返してもらい、それを楽屋に置いていた自分の鞄に戻した。その後、司会者に呼び出されたので、一度楽屋から離れた。
司会者から「また君を使ってもらえるようにプッシュしてやる。あと俺の別の番組にも出てくれる?」と大きな手応えを確信させる言葉をもらい、私の気分は最高潮だった。
でも、その気分に浸れる時間はあまりにも短かった。
私のハンカチは次の収録現場でも使うことになっていた。私はそれを取り出そうとしたが、
「……若木、私、ハンカチここに入れたわよね?」
「あっ、はい。ま、舞様は間違いなくご自分のお鞄に入れたはずですが」
「ないんだけど。私のハンカチ」
「え、えぇっ!?」
「どういうこと?」
「ど、どういうことなんでしょうか。あっ、つまり、これって、ぬ、盗まれたとか、」
「アンタ、まさか私の鞄を見張ってなかったの!?」
私の怒声に若木がビクッと身体を硬直させて、唇をぶるぶると震わせていた。
若木は捨てられた子犬のような眼差しでこちらを見ているつもりだろうが、私から見れば、求愛している雄のカマキリの眼差しにしか見えなかった。つまりキモイ。
「マネージャーのアンタが鞄を見張らないで! 代わりに誰が見張るっていうのよ!」
「も、申し訳ございません! 申し訳ございません!」
「泣くなよ! お前何年マネージャーやってんの? お前のバカやったせいで、次の仕事がーー」
その後、若木に同じハンカチを用意させた。
そして私が収録に出ている間、若木になくなったハンカチを探すように命じた。結局、私のハンカチが戻ってくることはなかった。
若木が泣きじゃくりながら床に額を擦り付けて土下座をする。
「も、申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません」と何度も念仏を唱えるように詫びてきた。
そんなことをしても、私のハンカチは戻ってこない。
怒りはふつふつと湧くばかりだった。
ハンカチを盗んだクソ野郎は、どこのこいつだ。
やり場のない怒りが消えるまで、私は、土下座した若木の後頭部に足を乗せてグリグリと擦りつけた。
それ以来、色々なモノがなくなっていく。
私が厳重に保管しても、消えていく。
一体、誰が?
飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍している私に、惨めな嫉妬をしている底辺アイドルの仕業?
自分の地位が陥落することを、影で怯えている劣化の道を辿り続ける先輩アイドルの仕業?
不幸を纏う悲劇のヒロインを気取った、私の容姿の美しさに憎悪を抱く馬面バカの裕子の仕業?
容疑者はいくらでも思い浮かぶ。
けれど決定的な手がかりが見つからず、犯人は捕まえられない。
私のモノがなくなるたびに、若木が涙をこぼして土下座をする。
そのたびに私は若木の後頭部を踏みつけるが、靴で強く擦り付けていたので、若木の後頭部がハゲかかっていた。ハゲネズミになりかけた若木の後頭部に比例するかのように、被害がどんどんエスカレートしていくようになった。
最初の被害に遭って、数週間が経った時だった。
私は仕事で私物を持ってこなくなった。鍵や免許証、最低限の必要なモノは若木に預けた。それ以外で何かが必要になったら、若木に買いに行かせた。
何も持ってこなければ、何も盗られることは心配はない。
これで目の前の仕事に専念できる。そう思ったその矢先だった。
その日は早朝から深夜までの長時間の収録だった。私は死ぬほどクタクタで、さっさとベッドの中に潜り込みたい気分だった。運が良いことに明日は久しぶりの休日。明日はたっぷり寝ようと決めて、玄関の扉を開けようと鍵を取り出そうとした。その時である。
ドアが、僅かに開いている。
それに気づいた瞬間、全身に鳥肌が立つほどの寒気が走り抜けた。
とっさに私は左右を見渡し、マンションの廊下に人影の気配がないか確認した。いないのがわかると、私はすぐに小走りでそこから離れた。そして、スマホで若木を呼び出した。
若木はその15分後、タクシーでやってきた。
「クソ若木。なんでお前の方が私よりも疲れている表情浮かべてるんだよ」
「ま、舞様、申し訳ございません。た、確か部屋の中に泥棒がいる可能性が……?」
「そう。アンタが部屋の中の様子を見てきなさい」
「お、お言葉ですが、このような場合は警察に通報したほうが良いのではないかと」
「うるさいわね。私、今疲れてるの。警察の取り調べなんて受けたらもっと疲れるじゃない。いいからさっさと中に入って様子を見てこい」
私はそう言って、若木のひょろひょろの細い背中を思いっきり蹴った。
「か、かしこまりました」
若木はそう言って私の部屋に入っていった。あんなやつに私の神聖な領域に足を踏み入られるのは、かなり不愉快だったが、警察官に何人も踏み入れられるよりはマシだ。
若木が戻ってきたのは、すぐのことだった。
「ま、舞様」
その声は震えていた。私に説教されている時の震え方とは違っていた。
「な、中には泥棒らしい人はいませんでしたが、へ、部屋が」
「どけッ」
私はおどおどしている若木をどかして、部屋の中に入った。
玄関に踏み入れると、異臭がした。思わず息を止めたが、すぐにそれが吐き気を催すような刺激臭でないと気づいた。どこかで嗅いだことのある臭いだったが、なんだったかは覚えていなかった。居間を見た時、その正体がわかった。
「何よっ、これ」
居間は真っ赤に染まっていた。
天井も、床も、家具も、居間の全てが赤いペンキで汚されていた。
そして突如、脳裏に過ぎったのは、ハンカチをなくした時の出来事。
ストーカーはすぐ近くにいる。
いつだって大山舞を見ているし、狙えるんだと警告している。イライラする。まるで自分が優位に立っていると思っているあいつが。
「こんのっ、卑怯もんがぁっ」
私は吼えた。ただ吠えることしか出来なかった。
もし目の前にストーカーがいたら、こんな私を見て、ケラケラと笑っているのか。
むかつく、むかつく、むかつく。
「若木ィ」
「は、はい!」
「私、この部屋から出てく。引っ越しの手配、家具の新調、今すぐにしなさい」
「い、今ですか? で、ですが、もうお時間が、」
「あのよぉ、誰がお前の都合を言えってつった!?」
若木の右往左往する姿、影を潜めるストーカーに苛立った私は、若木の髪を掴んで乱暴に引きちぎった。
「い、イギィィ!!」
若木は抜き取られた箇所を押さえて悲鳴を上げる。
私が掻き毟ったことで、薄くなっていた若木の髪の毛は完全に消えた。
「絶対に、捕まえてやる」
私は、気づけば、声に出していた。
「捕まえて、殺してやる」
その瞬間から、私はストーカーに殺意に近い衝動が芽生えたのだった。
◆
頭がズキズキする。
お酒を飲んでいるわけでもないのに、頭が焼けたようにヒリヒリする。 きっとストレスのせいに違いない。
引っ越し作業を終えた私はすぐにベッドに潜り込む。
このまま寝てしまおうかとも考えたが、そんなことしている場合ではない。あのストーカーの正体を捕まえなくてはいけないのだ。
私は寝転がった姿勢のまま、スマホを手に取って。液晶画面を見る。
私が見たのはSNSやネットオークションサイト。盗まれた私物を撮影してネットにアップロードしたり、売っていたりしているんじゃないかと考えたが、掠りもしない。
やはりストーカーは、私の近くにいる人?
若木、裕子、共演した底辺アイドル、粘っこい性的な視線を送る司会者、馬車馬のように慌ただしく動く裏方スタッフ……。私の知っている人となると、容疑者の数は多すぎる。
だが、最初の事件がテレビ局の楽屋で起こったから、犯人は芸能関係に携わっている人物が犯人であることは間違いない。
イチか、バチか。
私は一つの作戦を思いついた。
この作戦が成功する可能性はとても低い。でも私の私物に執着している犯人だったら、引っ掛かってくれるかもしれない。小さな望みに賭けてみることにした。
もう、やられっぱなしは、まっぴらごめんだ。
犯人が芸能界の重鎮だろうと関係ない。私を付け狙った報いを必ず償わせてやる。
それにしても、頭痛が止まない。
でも、犯人を捕まえれば、きっとこの痛みと卒業できるはずだ。
◆
作戦はシンプル。待ち伏せだ。
今日の収録現場の控室に私物をこっそりと置いておく。私物は犯人を釣るための餌だ。
犯人の興味を惹くものとして、化粧品を持ってきた。
それをこれ見よがしに置いておき、犯人が気づくのを待つ。私は帰ったふりをして、控室のトイレで息を潜めて、犯人を待ち伏せする。
子供でも思いつく幼稚な作戦だ。
でも幼稚な真似をしてくるストーカーが、この作戦に引っかかる場合だって有り得る。
私は化粧品を控室の鏡台に置いて、控室の明かりを消した。
控室のトイレに入って、僅かに開いた扉の隙間から覗き込んで、犯人が訪れるのを待つ。犯人がいつここに訪れるのか全くわからない。
すぐかもしれないし、そうじゃないかもしれない。気は全く抜けなかった。
額から汗が伝ってくる。
喉が乾く。
心臓がドンドンと太鼓を叩くみたいに強く打ち鳴らしてくる。
おまけに頭も火傷したみたいなヒリつきを感じる。
これまで味わったことのない緊張感。
何万人の大規模なライブでも、私が敬愛する大御所との絡みでも、こんなに気持ちが逸ることなんてはなかったのに。
「お、落ち着くの。落ち着くの。ま、舞」
私はボソリと言った。
声にならないほど小さくつぶやいたつもりだが、声が震えていたのが自分でもわかった。
それにしても汗が止まらない。
一度汗を拭おうと、ポケットからハンカチを取り出そうしたその時だった。
ガチャリ、と控室の入り口の扉が開いたのだ。
その途端、私の身体が硬直した。息も止まっていた。目線だけは隙間の向こう側に動いていた。
「ったく、なんでここ暗いのよ」
そいつはうんざりした口調で控室に入っていく。
控室の明かりをつけたことで、シルエットだけだった人物がハッキリとした。その人物を見た途端、思わず目を見開く。
落ち着け、落ち着けと、何度も心のなかでそうつぶやく。
そいつは私が置いた化粧品をひと目見た。
「なんでこんなところにあるわけ? でも……いいか」
口元に笑みを浮かべて化粧品に近づいていく。
それに手を伸ばしたその瞬間、
「あ、あなただったの?」
気づけば私はトイレの扉を開け放ち、その人物と対峙していた。
緊張のせいで息が荒くなっているせいだろうか、自分の肩が大きく上下していた。私の化粧品を握っているそいつは、私を見て困惑の表情を浮かべている。
どうして私がここにいるのか理解できないような感じだった。
私だってそうだ。なんで”彼女が”、そんなことをしたのか。意味がわからない。
でも、瞬時にわかった。
私がトップアイドルだからだ。
「わ、私になり切ろうとしているのね」
私はそいつに向けて一歩進む。彼女に詰め寄る足は震えている。
「ま、真似をすれば、トップアイドルになれると思った?」
私は聞いてみる。けど、彼女はまるでいきなり外国人に話しかけられたかのような怪訝な表情。
「ハ、ハンカチ盗んだり、鞄盗んだりして、めちゃくちゃキモかったんだけど。いくら私に憧れているからって、普通そんな事する? 私、ずっとアンタでイライラしてたんだから」
私の足はどんどん、彼女に向けて進んでいく。
「ちょっとあんた? どうしたの? ”頭を擦り過ぎて”おかしくなった?」
「し、喋らないで! 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い」
「わかった、わかったから。ていうかなんであんた女装してるの? 後、それ、私の盗まれた衣装じゃーー」
「く、口を開かないで、気持ち悪い。もうあんたなんか……私の偽物の声なんか聞きたくない!」
私は彼女の首元に手を伸ばして、両手に思いっきり力を込めて首を絞めた。なんて細い首なんだろう。もっと力を込めれば骨も音を立てて砕けてしまいそう。こんなやつを殺すのに3分もかからなそう。
「てっ、め、なにやっ、はな、は、離せぇ!」
首を捕まれて紅潮している彼女は、私の両腕を掴んで抵抗する。
私の前腕に爪を立て、喰い込んだ皮膚から音もなく血が垂れる。まるでホッチキスで挟まれたような鋭い痛み。でも私は絶対に首を離さない。ここで離せば、きっと私が殺される。
こいつのせいで、”僕”は……僕は?
違う。僕、僕じゃない。
何を言っているんだ。
”私”だ。
私は、私だ。
訂正、訂正するの。舞。
こいつのせいで、”私”は怖い思いをしたんだから。
喉仏を掴む親指に力を入れて、そいつの首を圧迫する。
ほら、もう滑稽な姿。鉈で首を切断される恐怖で怯えるニワトリにそっくり。死ね、ほら、今すぐに死ね!
「――」
彼女は私を睨みつけて、言った。
その直後、彼女は、やがて瞼を閉じないまま白目を向き、口から唾液と泡が入り混じった体液がこぼれだす。私の腕を掴んでいた彼女の小さな手は、だらんと力なく床に向けて脱力していた。
彼女の首から指を離すと、彼女はその場に倒れる。
その姿から死んでいるのは明らかだった。
「……こ、殺しちゃった?」
控室に響く音は、私の荒くなった呼吸だけだった。
もうこれで、私は恐怖に怯えることはない。もう偽物は消えたのだ。
「わ、悪いのは、コイツ。コイツよ。散々私に嫌がらせをしてきた罰。だから私は悪くない。ト、トップアイドルの私がここで捕まらない……そうだ、若木、若木に処理させましょう!」
若木は一体どこにいる?
私はポケットからスマホを取り出して、呼び出そうとした。
そこで私は自分のスマホを見て、思わず眉間にシワが寄った。
どうして私は、自分のスマホじゃなくて、若木のスマホを持っているの? どういうことなの?
頭に手を乗せると、今度は、変な違和感がした。
どうしてあるはずの髪の感覚が全然ないの?
まるで、これじゃあ私がハゲ頭みたいじゃない。
おかしい。なにかがおかしい。
私に何が起こっているの?
私は、鏡の前に立った。
そこに写っていたのは、大山舞ではなかった。
女装していた、ハゲ頭のクソ若木だった。
「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!!」
持っていたスマホを鏡に向かって思いっきりぶん投げた。スマホが鏡にあたった瞬間、とがった音が鼓膜に響く。鏡に蜘蛛の糸みたいな亀裂が広がった。おまけに床に転がったスマホの液晶も割れる。
その瞬間、あの死体が死ぬ直前、私に向かって発した言葉を思い出す。
「ク、ソ、若、木」
「違う。私は、大山舞。私が本物のトップアイドル、大山舞」
あいつが、偽物。外見が大山舞に似ているだけ。
あんな言葉に、あんな鏡に、惑わされちゃ、ダメだ。
私こそが、本物。
「クッソ、マジ、ふっざけんなよ!」
ほら、”私”だったら、きっとそう言うに決まっている。
そして次、私がどうするか。もうわかっている。
「今日もアイドルとして活動しなきゃ」
私はこんなところで止まるわけにはいかない。多くのファンに注目を浴び続ける使命を背負っているんだから。
「きゃああ!?」
と不意に控室の扉が開いたかと思えば、クソッタレ馬面裕子が青ざめた表情でこちらを見ている。
「若木さん、あなた、どういうことですか!? どうして、どうして大山さんが倒れて、」
どうして?
どうして、こいつも、”僕”を、大山舞だと。
どうしてこいつも、私を大山舞だと思ってくれない?
いや、違う。
”大山舞はこんな時、そんなことを考えない。”
あぁ、怒りが収まらない。
そう考えるはずだ。そして、次にこう言って、こうするのだ。
「う、うるせぇんだよ、馬面裕子!」
私は、声を張り上げて、クソッタレ馬面裕子の頬を引っ叩いた。
(了)
【補足】
今作品はVtuberのモモンガ・アイリスさん企画のプロット交換会にて発表予定の小説です。Vtuberの狼狽騒さんから頂いたプロットを参考に作成しました。
【キーワード】
◆アイドル
◆ミステリー
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