幼い頃に夢中になった、薄暗い部屋の本棚 【SIDE-B】
これは私の、本が好きで好きでたまらなくなったルーツを語るお話しである。
私が生まれた京都の家には、こじんまりした書斎があった。鰻の寝床と言われる伝統的な京町屋は、奥に細長く薄暗い。
書斎は特に暗かった。天井付近の明かり窓から、磨りガラス越しの光がほろほろ届く。このぼんやりとした部屋の本棚に、煌びやかな全集が並んでいた。
それは各国ごとに1巻から10巻まで揃う、図鑑のような世界写真全集である。
まだ幼稚園児だった私は、親が見せてくれた「エジプト」巻がお気に入りだった。エキゾチックな黄金のマスク、ピラミッド、金銀輝く玄室(棺を収めた部屋)のミイラに壁画の数々。
幼心にもうっとりするほど美しい。これらが王様のお墓だと教えられてゾクッとし、母の上着をギュッと握りしめたものである。
それからは後ろめたいような気持ちで書斎に入り、こっそり「エジプト」巻を開くことがたびたびあった。
ページを繰るだけで、棺の中から王様が蘇るようなドキドキ感で満たされる。
幼児なりの、神秘とロマン。幼児なりに、厳粛な時間を過ごしたのだ。
父の煙草の匂いがかすかに漂う本棚は、まさに大人の象徴だった。
そんな本棚を前にして、まだ小さい自分が、たったひとりでミイラや王様の棺を怖がらずに見ている。もう大人の仲間入りをしたのだろうかと息を飲む。
誇らしかった。ひとりで書斎に入ると、何か特別な力が得られるようなそんな気がした。
私は自分の絵本も持っていたが、それらはおもちゃ箱の隣に飾られていた。母が喜んで買ってくれたディズニー絵本には、残念ながら嬉しかった記憶がまるでない。
当時の写真を見ると、ディズニー絵本は落書きだらけのしみだらけ。頭を引っこ抜いたリカちゃん人形と一緒に、おもちゃ箱の中でゴミ化している。
ものを大事にしない私に、母は罰を与えた。
絵本を全部取り上げ、書斎の本棚にしまい込んだのだ。大好きなぶーふーうーの「3匹のこぶた」も没収された。
叱られて泣くのは、もはや脊髄反射。本当に悲しいわけではない。反省なんかみじんもしてない。
それよりも、取り上げられた絵本のおさまる本棚が、なんとステキに輝くことか。とにもかくにも自分の絵本が、あの「エジプト」巻と一緒に並ぶ嬉しさよ。
奇しくも、本棚に自分の居場所が作られた瞬間である。
全く反省に繋がらなかった母の罰が、私の「本棚好き・本好き」を形成する礎になったのである。
以来、私はどんなおもちゃより、本棚に並べる自分の本を欲しがるようになってしまった。
飽きっぽい性格だけれど、これだけはずっとずっと変わらなかった。今も本棚が大好きだ。そこに並ぶ本はみな、愛おしい相棒たち。
電子書籍の便利さは十分わかる。だからしっかり活用しているし、楽しんでもいる。でも本棚に詰め込まれる紙の本は、やっぱりずっと特別なのだ。