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シード期外資スタートアップ、日本立ち上げ1年目のHARD THINGS

#SaaSLovers 秋のブログ祭り14日目を担当します。パナリットという人事アナリティクスBIを提供する外資系スタートアップの、日本法人代表を勤めております小川です。いわゆるカンマネです。

先日、スタートアップ経営に関わる人ならおそらく馴染みのある名著、Ben HorowitzのHARD THINGSを遅ればせながら読みました。読みながら、パナリット・ジャパン立ち上げからの1年を振り返り、私なりのHARD THINGSもまとめてみたいと思い、このエントリーに至ります。

何事も、はじめの一歩は苦労が付きものです。役にたつかはさて置き、ちょっと珍しい外資スタートアップの日本法人設立秘話、ぜひご笑覧ください。

はじめに自己紹介▶︎パナリットの前はグーグル日本法人と米国本社で、採用・人材開発・人事戦略と幅広く人事領域をやっていました。本社の人事戦略室というところでは大規模でなかなかカオスな組織改革をいくつもリードし、人事マンとして稀有な経験をさせてもらったと思っています。

🌴目次🌴

1. パナリットとの出会い
2.【お金】キャッシュ枯渇。入社後即、資金調達&営業の同時進行
3.【チーム】日本法人設立、最強のチーム作り
4.【顧客】日本のお客様は世界一クオリティに厳しい
5.【PR・パートナーシップ】キャズムを越えるだいぶ手前
6. さいごに

パナリットとの出会い

パナリット日本法人の奇妙な立ち上げストーリーを理解していただくには、まずパナリットという会社の特異性を知っていただく必要があります。

私が昨年パナリットと出会った時、本社シンガポールは設立から1年半が経ったところで、従業員は6名。イギリス人CEOに、インド人の開発チーム3名、フランス人のデータサイエンティスト、南アフリカ人のUXデザイナー…というなんとも多国籍なメンバー構成に驚きました。

さらに、モルスタ・アップル・UBERという大企業での人事部長経験を25年以上有する大ベテランのCEOに対して、残りのメンバーはアジア有数のトップ大学を最近卒業したばかりの若手。聞くところ、会社設立時にインターンとして関わり始め、みんなそのまま正社員として残ったということです。つまり、ミドルマネジメント世代が全くいない、でこぼこな組織でした。そんな親子ほども年齢が違うメンバーが、それを全く感じさせないヒートアップした議論を繰り広げている姿が面白くて、7人目として関わることにしました。

ただ、最初は正社員のオファーを断り、業務委託として関わることを選択しました。スタートアップは外からじゃ分からない泥や闇を抱えていることも多いので、中の人として働きながら正式にジョインすべきかしっかり見極めをしたかったのと、託された「日本市場開拓」というミッションにはたして私が適任かどうか(そもそも市場にニーズがあるかどうか)をしっかり会社側にも見極めてもらうべきだと判断したからです。

一般的にグローバル展開は、本国でのPMFが見えてから潤沢な資金を持ってして行うものだと思っていましたが、パナリットの場合は本国でのPMFはおろか、マーケットインしてまだ半年未満というタイミングでの日本市場展開となるので、リスクも相応に大きいです。

かくして、日本市場開拓のパートタイムBizDevとして、私のパナリットジャーニーは始まりました。

【お金】キャッシュ枯渇。入社後即、資金調達&営業の同時進行

入社してまず最初に驚いたこと。

「キャッシュ無さすぎでしょ」

よく今のタイミングで採用しようと思ったなと感じられるほど、本国の資金プールが危うい状態になっていました。関わってしまった以上、四の五の言わずに危機を脱するすべを考えるほかありません。営業活動と、投資家巡りをほぼ同時にスタートしました。

まず営業活動。悠長にマーケットリサーチをしている余裕もなさそうです。幸いにしてプロダクトが人事向けなので、Facebookを漁り自分の人事ネットワークでこの手のプロダクトに興味のありそうな人、有益なアドバイスをくれそうな人に片っ端からコンタクトしていきました。ありがたいことにカレンダーはみるみる埋まり、向こう2週間くらいの予定が埋まりました。最初の商談は3日後です。さっそく本国に営業商材やスライドの共有を頼むと、衝撃の一言が。

「営業用スライド?無いよ。商談なら、いつもプロダクトDemoを見せてるけど」

シード前のベンチャーってこういうものなのか…!と驚愕しつつ、徹夜でなんとかお客さんに持っていっても恥ずかしくない資料を作り、最初の商談に臨みました。スライドは日本語にしたものの、もちろんプロダクトもDemo画面も日本語化は未対応です。

当たって砕けろ、のメンタルで挑んだこの商談、まさかのその場で成約に至りました。入社から3日目で、です。これはラッキーとしか言えないのですが、たまたまリーチしたお客さんがRightターゲットで、ちょうどパナリットのようなソリューションを求めているタイミングで、かつ購買意思決定のできるレイヤーの方だった、というミラクルに他なりません。また、日本語化未対応でも「アナリティクスプロダクトだし、グラフや数字なら英語でもわかるよ」と粋なコメントをくださり、日本での初事例になることについても前向きに捉えてくださりました。利用規約は英語、支払いも海外送金です。本当に、この決断をしてくださったことに感謝しかないです。

その後、3ヶ月後に日本法人を設立してプロダクトを日本語化するまでに、合計日系企業5社に導入をいただきました。今日に到るまで、この超初期のタイミングでパナリットに賭けてくださったこれらのお客様には本当に頭があがりません。日本語未対応の外資エンタープライズSaaSプロダクトの導入ハードルの高さを考えればこそ、この事例は私の中でのパナリットというプロダクトの日本市場の可能性を“直感”から“確信”に変えるには十分でした。

話し変わって資金調達について。もともと資金が尽きかけていたことに加え、新しい市場開拓となればお金が入り用なので、早急にブリッジラウンドを行う必要がありました。ここでは元Googleネットワークに掛け合い、状況を説明して急いでVCやエンジェル投資家への紹介をもらい、それからは本国CEOと一緒にとことんピッチを行いました。紆余曲折ありましたが、4000万円の出資を、かなりのクイックなタイムラインでクローズすることができました。元人事の専門家として長年現場を経験してきた私たちだからこその、パッションが伝わったのだと思います。

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(元GoogleコミュニティのスタートアップDemoDayでのピッチ)

実際に投資が決まったのは、リードエンジニアが「来週までに調達ができていなかったら、家庭の事情もあって、転職を余儀なくされるかもしれない…」とCEOへ相談していた翌日のことでした。こんなドラマみたいな展開もあるのかと、感激したものです。このギリギリの危ない橋を渡っている期間、幸いタレントは一人も失いませんでした。私も、調達が終わるまで請求を控えていた労働代と経費を(数百万に膨れ上がっていましたが)このタイミングで回収できました。同時に、業務委託からフルタイムに切り替え、晴れてカントリーマネジャーに就任しました。3ヶ月間瀕死の極限状態をCEOおよび全社員と乗り換え、この会社だったらやっていけると感じました。

しばらく資金調達で緊迫状態だった緊張が解け、少し休める…と思った側から、CEOから1通のメールが届きます。

“How's hiring going? (日本の採用状況はどう?)”

【チーム】日本法人の設立、最強のチーム作り

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(Photostock風に撮ったチーム写真)

パナリット・ジャパンは立ち上げから資金・セールス・プロダクト、その他あらゆる面でHARD THINGSがありましたが、唯一あまり苦労しなかったのは採用かもしれません。手前味噌ですが、あらゆるポジションで本当に良いメンバーに恵まれていると感じています。

まず、立ち上げのタイミングから日本法人共同創業者として参画した、元Google時代の同僚。Googleの社内新規事業インキュベーター(Area120)でプロジェクト立ち上げした時から「見ている方向や仕事哲学は一緒、スキルセットは全く別」という理想のビジネスパートナーで、財務・マーケ・営業・CS・知財・その他必要に応じて広範囲にあらゆる業務領域をカバーしています。事業が常に前進していると思えるのは、ひとえに彼の手腕によるものが大きいです。

次に3人目の社員は、🦄purple unicorn “紫色のユニコーン”(とても珍しいスキルセットを持ち合わせた「奇跡の採用」を比喩するのに使われる表現)と言っても過言ではないデータエンジニアです。どれくらい珍しいかと言うと、データサイエンティスト界隈で有名な方に求人を見せて紹介を依頼したところ、「データエンジニアとデータアナリストとデータサイエンティスト(と一部マネジャー)の要件が混ざっているから、3つの別職種として求人を分けた方がいいよ…」と呆れられたほどです。且つ、日英バイリンガルじゃないといけないんだよね…と追い打ちをかけたら、お手上げだと言われてしまいました。ですがここで元人事のプライドにかけ、LinkedInを隈なくサーチしたところ、見つけました。しかも日英バイリンガルどころか、フランス語まで堪能!元ヘッドハンターのスキルが活かせ、大いにドヤれた瞬間でした。

その他、顧問弁護士・税理士や、インターン生についても、本当に頼りになるメンバーが揃っている、最強のチームだと自負しています。今後11月に入社予定のVP of Engineering と、現在募集をかけている5人目のメンバーにあたるビジネスパートナー職(ご応募待ってます!)が入社することによって、ますます加速すること請け合いです。

【顧客】日本のお客様は世界一クオリティに厳しい

日本法人設立後、いよいよプロダクトを日本マーケットに適応させるべく多言語化を急ぎました。その過程で思わぬトラブルが。

まず、どんどん新たに開発されていく機能やダッシュボードが、英語のまま日本のクライアントにもリリースされてしまう自体が発生し、苦情が舞い込みます。お客さんにとっては意味がわかりません。開発部に「新しい機能を英語のままリリースしないでね」と伝えると、今度は別の事態が…

ある日クライアントのダッシュボードを見ていると、消耗ダッシュボードという見慣れないダッシュボードが追加されています。「?」と思って言語を英語に戻してみると、Attritionと表示。これは…、離職率のことじゃないか!さては、自動翻訳。。なんて恥ずかしい。

人事領域は専門用語が多く、自動翻訳でカバーできないものや、そもそも日本には定着していないコンセプトがあったりします。たとえば離職率の考え方として、Regret/non-Regretを分けて捉えることが海外ではベストプラクティスになっていますが、そのまま訳すると「後悔する/後悔しない」…そしてやっぱり、そのまま「後悔する」の直訳がプロダクトに反映されていました。なんのことかわからんやん。(*離職率の捉え方のベスプラについては、こちらの過去記事もどうぞ)

開発部の皆さん。「新しい機能を英語のままリリースしないでね」というのは、自動翻訳すればリリースして良いってことじゃないからね…

(しばしの間お客様にとってBad Experienceとなってしまいましたが、上記の例は、Regretは“慰留対象”、non-Regretは“非慰留対象”と訳すことになり、今ではとても高評価をいただく分析フォーマットの一つです。)

未訳や自動翻訳については(今となっては)笑い話ですが、それ以外にも、日本のお客様からは海外とは比べ物にならないくらいの仕様についての質問、修正依頼、リクエストが舞い込みました。よく気付くなと思ってしまうような細かい部分にまでコメントが及びます。日本チームのCSは、この対応にてんやわんやでした。

その昔ビルゲイツが、マイクロソフトは初期にIBMジャパンとパートナーシップを組んだことで(品質について多くの指摘があり)大幅にプロダクトが改善した、と言っていましたが、パナリットにも同じことが言えます。クオリティに対するデマンドの高いお客様が多かったことは、ジャパンチームにとってキツくもありましたが、シード期ベンチャーのプロダクトにとってはとてつもなく価値のあることでした。

Pick the toughest customers and meet their needs” -- そんなゲイツの教えを痛感した1年でした。

また、日本進出初年度の顧客開拓は“Throw spaghetti at the wall and see what sticks.”という表現が適切な、とりあえずなんでも試す期間でした。社員70人規模のSMB組織とも、10万人ごえのメガエンタープライズとも商談をし、自分たちのプロダクトがどんなクライアントのどんなペインを解決しているかの解像度を高め、その過程で課金体系の大幅な変更も2回行なっています。そこで見えてきたラーニングをベースに、2年目はもう少し戦略的にアプローチができそうです。

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(2年目に差し掛かる今、見えてきたGTMの優先順位)

【PR・パートナー】キャズムを超えるだいぶ手前

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これは多くのスタートアップにも共通することかもしれませんが、営業活動をするなか早々に気づいたことが、パナリットはこれからマーケットを作っていく段階にあるということです。こういう時は、商品のマーケティング活動だけでなく、商品が目指している先にある状態そのものの啓蒙活動をする必要があります。パナリットにとっては、人事意思決定をデータ・ドリブンに行う発想そのもの、またはピープルアナリティクスの啓蒙がこれにあたります。

これを行うには、創業者である私たちそのものを売り込むことが効果的だと考えました。人事の専門家、そしてデータの専門家として、パナリット・ジャパン創業メンバー2名のプロフィールを、ありとあらゆるところに売り込みに行き、毎月10万人以上の訪問者があるHRproでの連載企画、日経Xtech EXPOでの登壇、訳書「データ・ドリブン人事戦略」で知られる中原氏との合同セミナー、NewsPicksのプロピッカーのオファー…など、1年目から様々なところで発信する機会を頂けたことは本当に光栄でした。このような機会と引き合わせてくださった知人・友人の方々への感謝はもちろんですが、PMFならぬFounder fit to Marketがあったことも幸いしていると感じます。2年目も引き続き、積極的に啓蒙活動を行いたいと考えます。

啓蒙活動に関しては、メディアだけでなく、パナリット同様アナリティクス機能を持つHRtech企業の方々にも多大なご協力を頂きました。私たちとしては、同じ志をもつプロダクトやサービスはすべて“同志”と捉えています。一見すると一部カニバる競合のように思われるかもしれませんが、キャズムを越えるだいぶ手前にいる今、競合に負けるよりも市場がなくて消えていく方がよほど怖いと思っています。市場がなくて消えるよりは、同じゴールを目指すHRtech企業総動員でデータ・ドリブンな人事の未来を啓蒙し、市場を醸成していく方がより理にかなっていると思っています。

2年目も継続して積極的に同志を求めていますので、我こそはという企業さま、ぜひご連絡ください!

さいごに

改めて振り返ってみると、それなりにいろんなHARD THINGSに見舞われ、常に忙しい1年目でしたが、圧倒的に充実した1年でもありました。

昔Google時代に上司に「あなたには最も炎上してるプロジェクトを常にアサインするわ」と言われたことがあります。なぜ?と聞き返すと、「炎上しているプロジェクトをやってるときの方が、なんか楽しそうだから」と返ってきました。Ben Horowitzの言葉を借りると、もしかしたら私はPeace time CEOよりも、War Time CEOの方が向いているのでしょうか…。

資金のショートもプロダクトの遅延やバグも、全く気にしないで済む日がくるのが待ち遠しくはありますが…まだ少し先な気がするので、そこに行き着くまでの道のりも、精一杯学びながら&楽しみながら進みたいと思います。

2年目のパナリット・ジャパンも、皆さまどうぞよろしくお願いいたします!

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