【小説】夏の挑戦①
チャイムの合図とともに、クラスメイトの大半は慌ただしい勢いで教室を飛び出していく。これから始まる夏の長期休暇を一秒でも取りこぼさないようにと、もうその姿は見えない。教壇にいる先生の止める声もまるで、クラスメイトたちのはしゃぎ声や駆け回る音にかき消されてしまう。夏の楽しみは弾けたように始まり、教室の中はすでに乱れて、教室に残っているクラスメイトたちも、これからの夏の楽しみに心躍らせている様子である。
2階の教室の窓からは、先ほど教室を飛び出した元気な少年たちがすでに見える。彼らはグラウンドの砂煙を巻き上げる勢いで走り回り、隣のもの同士で小突きあったりし、夏の自由を表していた。そんな彼らに続いて、他のクラスの生徒や、下級生たちがぞろぞろと校門に向かって歩いていた。みんな誰一人として思い残すことのない日々を過ごしてやりたい、そんな希望に満ちたオーラを発していた。
あのとき、私はまだ幼い12歳のか弱い男子だった。小学生最後の夏を迎えてもなお、青年らしいたくましさを得られることもなく、ただ弱い自分を労ってばかりの、頼りない少年だった。教室の中でたくさんの少年少女のエネルギーが夏の熱とともに混ざりあって流れていく中で、ただ一人どこか大人しくかしこまっているだけの生き物だった。そして、そうやってあまり自分を主張しない自分こそが大人びているものだと、自分の中で決めつけているのだった。
しばらくは窓際の席でぼんやりと景色を眺めていた自分も、空腹が近づいてきていた。もうそろそろ家に帰って昼飯でも食べようか席を立とうとした時、ある一人のクラスメイトが近づいてきて、私に話しかけた。
---おい、ひよ。今日も結局”あいつ”来なかったな。お前なにか聞いているか?
話しかけてきたやつの名前とか顔は何となくでしか思い出せない。きっとその程度の仲だったのだろう。しかしあの時みんなから呼ばれていた私のあだ名は忘れもしない。
「ひよ」
その呼び名はクラスメイト皆んなが使っていた私へのあだ名であった。誰が最初に言い始めたのかも判然としない。「ひよ」の由来とは、単純に私がヒヨコみたいな貧弱だからだと言われているが、きっと後付けだろう。いかにも不名誉な名前であるが、別に侮蔑の印象もなく、だたみんな呼びやすいからそう呼んでいるみたいだったので、特に気にすることもなかった。
「いや、聞いていないよ。だって、随分前に図書館で会ったきりだからね」
「ふん、お前ともあっていないのならば、”あいつ”ももう不登校決定かな」
「どうだろう、少し早めに夏休み気分でも味わっているんじゃないかな」
そして”あいつ”というのは私たちのクラスにいる男子の一人だ。クラスの中では教師をはじめとして、要注意人物として恐れられていた。うちのクラスは基本的には争いを好まない奴らばかりで構成されている。悪く言えば事勿れの集まりである。
”あいつ”はその穏やかな気候を狂わせにきた暴風雨のような破天荒であった。5月のはじめ、唐突に隣の学校から来た転校生で、何やら上級生たちと面倒なトラブルを抱えていたことからこちらに来たとのことだった。一応は両親の仕事の関係で引っ越したとされているが、本当のところはわからない。転校してきた初日から、上手く馴染めていないようすで、他のクラスのガキ大将とは張り合いをし、教師の言うこともまともに聞かない、遅刻はする、早退はする、勉強なんてもってのほかのどうしようもないやつだった。
そんな、誰もが嫌でも注目してしまいそうな”あいつ”が、最近学校に来ていない。”あいつ”が来なくなったことで、クラスの雰囲気は和やかなものにはなったものの、実際のところどういった経緯で休んでいるのか、疑問に思う者も少なくなかった。二人で”あいつ”についてあれこれと話していると、他のクラスメイトたちがぞろぞろと後ろから来て話に加わった。
「あいつ、不良なのも大概にしてほしいよな。あいつのせいでうちのクラスは暴力がある集団だと思われているぜ」
「破天荒すぎるんだ。蹴飛ばされたことはずっと忘れないぜ」
「俺たちも中学の奴らに目をつけられそうで嫌だな」
「親がヤクザの知り合いらしいぜ、そして祖母はこの町を牛耳っているのだとか」
誰もが口々に勝手なことを言っている中、一人が私に問いかける。
「それで、あいつは宝探しに夢中なんだろ?ひよ」
その問いかけは”あいつ”に対してどこか見下したような、吐き捨てるような物言いだった。
「まあそれは、そう言っていたのは事実だけれども」
宝探し、というのは私が直接”あいつ”から聞いた言葉であった。私だけが知っている事実かと思いきや、意外と噂は広まっているらしく、今やクラスの大半の奴らがその噂を物珍しそうに囁いていた。私がその宝探しの話を”あいつ”から聞いたのは、およそ10日ほど前のむさくるしい図書室の中でのことだ。
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