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(7) Take off , our Galaxy Express


 静岡県、愛知県の市町村会議に出席し、各市長の前で熱弁を振るう一人の老女がいた。欧州・地中海沿岸の都市で孫達がリフォーム事業を始めた経緯を語り、各役所・地元金融機関との連携などを説明し、欧州と日本の住宅の相違点を上げて、日本では家の種類が木造もプレハブの各社各様で混在しているので、リフォーム自体が個別対応となり、かえって手間が掛かる。欧州のように共通した環境では無いので同じようにはいかないが、なんとか人様のお役に立ちたいと考えた。そこで新築住宅を日本のリフォーム価格以下、しかも事実上の無償で提供したいのです、と市長たちを説いた。
「愛知県内に耐震基準の十分でない築40年を越える住宅が50万軒あると言われています。いつ何時、南海トラフ地震が起きると言われ続けている中で、この状況を変えなければ、被害が増える可能性があります。古い家屋を、ある程度の揺れに対応できる家屋に刷新しておくのは、行政として必要なのではないかと次の様に考えました」
PB Homeのベースモデルとなる重量鉄骨住宅の原価に、建設作業の実費を提示する。およそ550万円となる。そこに10年間の維持管理費と企業の利益、と言っても輸送コストで赤字なのだがで50万円を載せた。600万円に杜 響子は固執した。年間の電力生産量と売電コストで、600万円の償却を10年間で行うというプランを示してみせる。この一時費用600万円をプルシアンブルーバンクが融資する。但し、融資条件は各市町村の長が承認し、責任を負って欲しいと要請した。あくまでも、行政の緊急施策であることと、震災発生時や火事等の不測の事態に対する対応策は、行政に一任するというものだった。一企業として破格の対応をするのだから、免責事項や細かな取り決めは役所が考えろと言うスタンスだ。インドネシアで始めているコンセプト「無償住宅」に近いものだった。 不測の事態が生じ、PB Bankの火災保険、地震保険の範囲を逸脱する出費が生じた場合は、財源を各市町村の発電費用で賄う事で、各市長と3県の知事が最後に決断した。当然ながら、強制ではなく任意となるが、静岡、愛知、神奈川県西部沿岸の小田原、真鶴、平塚、茅ヶ崎各市で、築40年以上の住宅所有者を対象にした無償住宅の案内がされた。3県で約150万世帯という規模となる。建設作業員以外は誰も儲からない公共プロジェクトとして話題になる。「来る」と言われ続けている震災が、やって来ない時間内で出来得る最善策だと評価された。3県各市長の2036年選挙に向けた後押しにもなってしまう。響子にすれば、プラン導入を決断した市長に、落選されるのだけは困る。不測の事態を引き起こしかねないからだ。例えば新市長に変わってしまい、取り決めを反古にされるのが一番困る。例え、契約でがんじがらめにしたとしてもだ。選挙の公約で「一部の業者と結託した内容で看過できない。当選の暁には全て無かったコトにする」とどこかの米国大統領のようにパリ協定から離れ、自分達が主導したTPPに参加しない等、破壊と否定に終止する候補者がゼロとは言い切れない。  更に、この150万軒の解体に伴う廃棄物処理のためのバイオ発電所を豊田、日本平、平塚の各スタジアムの隣接地に建設し、その燃焼熱を利用した銭湯を作る。災害発生時は退避施設の一つとしてスタジアム一帯が解放される。この銭湯はスタジアムの発電電源でも加熱、保温が出来るようにして、災害で送電が停止しても人々が利用できるようにする。決定事項として公表されると愛知、静岡、神奈川県西部の人達は喜んでくれる。すでに1千万円程の金額で販売されている家が、600万円でいいというのだから。他社なら3千万は優に超える内容だ。一番困るのは住宅メーカーだろうが、悠長な事を言っている間に地震がやって来るかもしれない。要はガタガタ言ってる時間は無い、何を優先すべきかという話だった。

耐震基準が充分ではない住宅の建て替えは、大きな揺れが想定されるエリアで限定することで対応可能だが、農家は対象が限られているので、日本全国で行える。9月から沖縄・九州南部からスタートした「収穫サポートサービス」は、10月になると東北南部、北陸、中部地方に到達した。 この自治体主催の有償サービスは2回目となる。秋の収穫期を迎え、働き手が満足ではなくお困りの農家に、農機具メーカーとのタイアップで農機とロボットを貸与し、収穫のお手伝いをする、という内容だ。昨年も依頼を受けている農家であれば、作業データが残っているので配送するだけだが、初めて依頼を受けた農家は、技術員も同行して田畑の面積、栽培対象、収穫の手順を確認しながら、AIにデータをインプットしてゆく必要がある。昨年と作業内容に変更がある場合も、変更箇所だけ、事前に確認する必要がある。
当初、農器具にAIを搭載して、自動運転を考えたが、どうしても販売価格が高くなる。北海道や北朝鮮のように広い農地を所有する農家であれば、費用回収も難しくはないが、小さな農地を耕す、多くの日本の農家には高額で負担となる。そこで国内はロボットを活用するサービスメニューに特化し、AIを搭載した農機は海外の規模の大きな農家向けに販売する方向となった。繁忙期は年間を通してみても限られる。日本で言えば稲作を始めとする収穫が集中する秋に当たるが、その期間の為だけに高額な農機を所有するのは、勿体無いという発想だ。日本の農家も発電事業で懐が温かくなっているとはいえ、所有して維持管理する手間から開放された方がいいだろうと考えた。これで農機具メーカーも国内の売上が上がり、海外では競合にないAI搭載による自動操縦で爆発的に売れ、日本製造業のお家芸となっている。

この農機レンタルの発想は、大型漁船から生じた。例えば、サンマ漁も期間が限定される。沿岸部でのサンマ捕獲量が少なくなった為に、金森前首相の時に政党が資金を出し、外洋へ向かえる大型レンタル船を用意した。今では航行や作業の補助員として、ロボットを乗せている。無人で行って帰ってこれるようにまで進化した。こうしてー次産業でも、ロボットが活躍し始めていた。建設現場、コンビニ・スーパーは勿論だが、これで東南アジア等から人足を集う必要がなくなった。これから来年以降、新しい州政府は住民増加に向けてあの手この手を打ち出すのだが、建設、農業、漁業、介護、警備、流通、製造の分野はロボット支援が増えてくるので、それ以外の場面での人材活用、登用を考える必要が出て来る。

その頃から 世界中の「Angle Variety」放送局で、3本のCMが流れ始めた。CMが流れたのは日本、台湾、北朝鮮、韓国、ロシア、英国、スコットランド、アイルランド、フランス、ドイツ、オランダ、ベルギー、スペイン、ポルトガル等々と言った、某プロジェクトに出資して頂いた国々向けに流れた。
1本目の映像は滑走路に一人の女性が立っている。ドローンが上空から写し、アップにしてゆくと金森前首相だと分かる。場面が変わって前首相の目前を大型旅客機の上にドッキングした小型ジェット機という奇妙な機体がゆっくりと動いてゆく。その機体がゆっくりと滑走を始めて、飛び立ってゆくのを金森が見送る。BGMは2010年に放映された公共放送のドラマ「坂の上の雲」の主題歌「Stand Alone」で、真っ青な空を,合体したままの飛行機が飛び去ってゆく。

もう1本は戦闘機用のヘルメットを被った阪本総督が眺める小窓の外は、眼下に地球が見え、周囲は宇宙空間のようになっている。先のCMでも出てきた合体していた飛行機が、坂本の座席の窓から見えている。上部の小型機がメインエンジンを点火してジャンボ旅客機と分離すると、漆喰の闇の中へ一直線に上昇し、宇宙服のようなものを纏った阪本が拍手しながら泣いている映像だった。顔を拭おうとして、ヘルメットなので拭えないことに気付き、笑顔で終わる。BGMはTVアニメのサウンドトラックの一曲だった。宇宙戦艦ヤマトが地球から旅立つシーンで使われた交響曲「Take off」だ。1977年、小学生だった阪本が初めて買ったLPレコードのお気に入りの組曲の一つでもある。

もう1本には、柳井首相が僅かだが登場する。音声はやはり無く、BGMは首相が小学生の頃に劇業公開されたアニメの主題歌だった。宇宙空間の船内らしき所で、ロボットが遊泳し、華麗な舞いを披露する。複数の船内のロボットと通信しあい、窓越しに手を振っている。最後に日本の首相が出てきて、宇宙に居るロボットと和やかに会話をしているのだが、話している内容までは分からない。ただBGMのサビの箇所だけテロップが出る・・・The Galaxy Express 999 、Will you take on a Journey、A never ending Journey , A Journey to the stars!・・「Project YAMATO, Start!」とロゴが突然出てきて終わる。そんな60秒のCM3パターンが放映された。   
随分とリアルな映像だと思いながらも、精巧なCGだろうか、ひょっとして、実写?見た誰もが悩むような映像だった。しかも、プロジェクト・ヤマトと銘打って来たので年配層は大騒ぎとなる。「(C)松本零士」ともテロップが出ていた。
いつの間にか、3本のCMの人気投票が始まり、世界中の人々がコメントを寄せていた。火星で終わらないのではないか、と。不思議と投票は分散し、ほぼ一線で並んだ。身重の杏がAIに一切頼らず、自分一人で作り上げただけの事はあって作品のレベルが高かった。3人は予想を越える仕上がりで、物凄く気に入っていた。それだけ、選んだ楽曲に想い入れがあるのだろう。

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10月に3ヶ国の代表チームによる飲料メーカーが恒例のスポンサーになった「麒麟チャレンジカップ」が埼玉スタジアムと新横浜スタジアムで行われた。初戦のウクライナ戦の前半間もなくの時間帯で、杜 圭吾が内転筋を痛めて負傷退場すると、そのままスコアレスドローで終わった。次のコロンビア戦では中盤を制圧され、攻めあぐむ日本は2-0で破れてしまう。AIは更に失点が増えると予想していたので、それだけ選手が奮起したとも言える。負け試合だが、部分的には見どころのある好ゲームだった。しかし、結果が出せなかった坂出新監督の采配に、批判が殺到する。壮行試合という名目が不安を抱えた船出となり、コーチ陣を取り巻く事態は暗転していた。バックアップメンバー4人がそれぞれのリーグで調子が良いだけに、選手の入れ替え待望論が盛んになった。

翌週、Jリーグの所属チームに戻った代表の先発メンバーは、試合で良い結果が出せないでいた。代表チームでAIを知り、そのガイド機能が使えないがために、個で突破する能力の無い選手ほど行き詰まるだろうとコーチ陣は見ていたが、実際その通りになった。Jリーグのクラブがウクライナ、コロンビアの代表チームとレベルが違いすぎるので、同じプレーをしようとして代表選手が空回りする場面が目立った。周囲の味方選手との連携が取れずに浮いてしまうのだ。Jリーグが全く成長しておらず、世界標準からズレてしまっているのを代表選手達が実感してしまう。サッカー協会が自分達の範疇を崩したがらず、現状維持にこだわり続けた影響が「マンネリズム」を日本のサッカー界に浸透蔓延させ、ある意味でガラパゴス化させてしまっていた。ぬるま湯のリーグ環境下で海外で通用しなかった、出戻りのベテラン選手が居座り、新しい選手の台頭を阻害していた。逆に高校や大学、ユースチームで目立った若手選手は海外の向けクラブに青田買いをされてゆく風潮が強くなっているのだが、海外で芽が出るのは僅かだ。海外クラブにすれば2部3部リーグの選手になれば御の字、成功だと捉えているので給与は安い。青田買いなので移籍金は必要無い。最初から育成計画の目標自体を低く設定している。欲しいのは主力選手の練習相手で、欧州のクラブはアジア人選手にトップチームを担わせようとは考えていない。選考され、期待ばかりする日本と、世界中から有能な若手を搔き集める欧州のクラブとの思惑が全く一致していないのだ。
坂出代表監督はバレンシアで、日本人コーチ陣がスペインクラブの指揮を執る機会を得て、日本サッカーのギャップと、事態の深刻さを具に理解した。サッカー協会は日本人選手が海外のチームに移籍する風潮に、ただ満足しているだけだった。
欧州のトップクラブでレギュラーで結果を残しているのは、杜兄弟くらいで、2部3部のリーグに在籍する選手が大半を占める。そこから先は「プロなんだから」と、サッカー協会は選手の個人の能力に一方的に期待するだけで終わる。国内の指導者育成もただ人数を増やしたいのが主目的の為、非常に緩い基準で用意されている。欧州のクラブの競争を煽るような育成方針など興味も示さず、日本は違うと学ぼうともしない。変革するだけの知識もノウハウも協会には無いのだ。AIを採用して、それだけで満足してしまったのだろう。協会としてのAI導入の分析は何もなされていなかった。日本サッカー協会が求めるレベルが予選突破、ベスト16入りにAIで設定されると、選考された選手で適応出来るのは僅か数名で、選手が11人揃わない。その実態を思い知った前任の監督は、守備的に戦う選択肢を取った。それしか手段が無いと判断したのだろう。予選突破は極めて難しいとAIが判断すると、遂に最終予選の途中から、AIを一切使わなくなってしまった。過去に何回かベスト16入りしているので、協会も慢心していたのだろう。世界の基準が高くなり、日本が成長していないとも知らずにアジアの予選を勝ち抜き、W杯の切符を手にして満足してしまう。何故、欧州の名門クラブのレギュラーの日本人選手が居なくなったのか、分析が何一つとして出来ていなかった。ブーメランのように自分達に返ってくるから黙っていたのかもしれない。AIが無かったら協会やJリーグの闇は明かされないままだったかもしれない。

1名の選手が故障からの回復復帰は難しいとクラブチームが報じると、W杯出場辞退となった。全治3週間と診断された杜 圭吾がバックアップメンバーに後退し、カタールリーグ・アルサッドの2人が代わりに代表入りし、新たなバックアップメンバーとして、スコットランドリーグのエスパルスOBの1人が招集された。再選出された2人が杜兄弟ではなかったので、坂出監督は再び矢面に立つ。圭吾が本番まで回復しない事を想定したら、歩が必要だろう。攻め手を増やすならラ・リーガで得点王を争っている火垂だろう、一体監督は何を考えているのか、と非難を浴びていた。
それでもカタールから合流した2人が、千葉の練習地に入り、J2のチームとの練習試合で機能し始めると、多少の批判はやや減った。しかし、J2のチーム相手ではチームの実力を推し量るのは不十分だった。ウクライナとコロンビア戦で十分に機能しなかった選手達が再生できるのか、本番前の最終マッチアップがブラジル、ドイツ、ナイジェリアと、どこも優勝を狙う国だけに難しいのではないか、ギリシャやトルコ、ポーランドといった本大会に出場しない国と急遽練習試合を組んで、サッカー協会は代表チームに自信を与えるべきではないかと、様々な意見が飛び交っていた。そうこうしている内に代表チームは合宿地ギリシャへ移動する。スペイン、英国、スコットランドの3人も、ギリシャへ向かった。杜 圭吾は治療で、横浜の実家に残った。

ーーー
夕方に、首相が記者会見を行うと通達が流れた。
会見の内容は伏せられていたが、北韓総督府の阪本総督と2人で会見を行うというので報道各社が集まってきた。阪本が一緒なので、恐らく中国北部の開発に日本が関わるという噂ではないかと憶測されていた。

17時の定刻に始まった会見の趣旨は、中国政府との間で北朝鮮に接する経済特区が決定したと、首相が述べた後で、阪本総督が詳細の説明を加えた。
 「吉林省と黒龍江省に水素発電所を15基建設し、ロシアのハバロフスク、ウラジオストク、中国河北省までカバーできる電力を送電します」と阪本が発言すると、どよめきが起こった。
「長春市近郊に大規模な学園都市を建設します。各宗教別に居住区をブロック分けしますが、各宗教、各民族共通の学習メニューも用意する。国際大学を設立します。開校は来年の9月で、200万人が寄宿舎生活を始めます。最終的には1000万人近くなると想定しています」200万人、1000万人と口にする度に、想定していない人数だったのか、ドッと反応が返ってくる。

「この経済特区では電子マネーが主流となりますが、基軸通貨は北朝鮮ウォンです。勿論、ASKAと連携するので、どこの国の電子マネーも利用できます」北朝鮮ウォンと聞くと、不思議そうな顔をして、記者達の手が挙がる。
「中国領なのに、なぜ元でなく、ウォンなのですか?」
「経済特区の管理元が北韓総督府になるのが、最大の理由です。
吉林省には、北朝鮮企業が既に多数進出しているというのもあります。中国企業のパーセンテージが予想以上に少ない。まぁ、ASKAなのでどこの通貨でも問題はありませんが・・
それから、ロシア企業、日本企業、韓国企業の進出を期待しています」


2時間弱に渡る質疑応答が終わって、会見場から2人が退出しようとしていた時だ。新聞社の記者がさり気なく聞いた。
「首相と総督、それに前首相が出演されてるCMですが、プロジェクトヤマトって、火星の話ですよね?それとも別の何かが始まるのでしょうか?」,首相と阪本が顔を合わせて、笑い合う。首相がマイクに戻った。
「まだ 細かい事は言えないんですけど、あれは実際の映像です。我が国は、上空5万メートルでロボットの稼働テストをしている真っ最中なんです」 帰ろうとした記者がどっと詰め寄って来る。
「どうやって打ち上げたんですか!ロケットの打ち上げなんて聞いていませんよ!」
「打ち上げ方法は、まだ言えないんです。でも、ロケット以外の方法です。回答はCMに思いっきり出ちゃってますけどね」
「あの映像で、2隻の船内でガラス越しにロボット同士が手を降ってる場面がありますよね。あれが本物なら、1隻じゃないってことですか?」
「ええ、複数隻が宇宙空間で停泊中です。今日はこの位にしましょう。またはっきり報告できる日が来たらお伝えしますので・・」頭を下げて、足早に阪本と官房長官、秘書官と去っていった。
「総理!ちょっと待って下さい!」「総理!もう少し!」記者達の問いかけに対して2人が反応することは無かった。
宇宙空間に日本のロボットがいて、アレは実際の映像だと報じられ、映像の分析がそれこそ市民レベルでも始まる。この日は金曜の夕方だったので、東証株式には反応しない。因みに週末の首相動静は、阪本総督と箱根で宿泊となっていた。旧満州経済特区や日本代表チームの話どころでは、無くなっていた。火星に何体のロボットを送り込むつもりなのかと騒ぎになる。週末のメディアはヤマト計画一色となってゆく。 

日本の1時間遅れで、中国の報道官が、旧満州経済特区の報告を記者達に向けて行った。
「日本政府の電力供給計画は寝耳に水で驚いている。ただ、電力を北京まで包括してくれて、水素発電列車も中国国内に乗り入れてくれるのは感謝するしかない」と報道官は頭を下げた。
記者達からは「宇宙空間に日本のロボットが居るそうだが、我が国も関わっているのか?」と場違いな質問が出ると、ロボット絡みの質問が続いて、報道官を困惑させた。

日本が金曜の夜になってしまい、追加の情報提供が週明け以降となる。各国ではCMの映像の分析を始めていた。「ロケットではない」打ち上げ方法とは何なのか?この映像の通りに、航空機が分離して大気圏を脱出出来るのか?と学者達が議論し合ったが、宇宙船を上げるには、ロケット並みの推力が必要だ。その推力をあの小型機が持っているのだろうと極めて当たり前の結論を下すしかなかった。
モサドはイスラエル軍と協力して、ロボットが碇泊駐留しているであろう、宇宙空域の捜索を始めようとしていた。
最も慌てたのはNASAであり、米軍だ。映像を分析すると、少なくとも5機の機体が確認出来る。しかし、レーダーにはそんな形跡は一切残っていない。一体いつ、日本は打ち上げていたのか。室内空間の映像からは、宇宙空間向けの特殊な密封構造にはなっていないようにも見える。つまり、生物は搭乗出来ない船だろう。だからロボットであり、AIだと言うのかと歯軋りをする。日本のスパコンで解析すると、機体は大気圏突入は出来そうではない、つまり、地球に帰る事を想定していないかもしれない。仮に、10-20体のロボットが火星に滞在し続ける為に必要なものを研究者が上げてゆくと、ロボット稼働の為のエネルギーを太陽光発電だけに頼るなら、いずれ破綻するとスパコンが打ち出した。しかし、日本製のスパコンは解決手段を幾つか掲げていた。どれもこれも、今の日本であれば出来そうな話ばかりだった。
ーーー
土曜の夜、日本の内閣府のHPに、先の3本のCMのロングバージョン、BGMで利用した曲をまるまる使って再編集されたものと、10分少々に編集された新しい動画が公開された。どうやって日本がコスモゼロを打ち上げたのか、その過程を映像で確認できるようになっている。英字と日本語の同時テロップで随時説明を行う。撮影は2034年5月となっていた。1号機が初めて離陸した際の映像だ。
カザフスタン、バイコヌール宇宙基地に到着していた一行は、少々異なる服飾を纏っていた。全員が自衛隊のフライトスーツを着用し、戦闘機用のヘルメットを受け取るとPBJ3に乗り込んだ。この220人乗りのジェット機には、プルシアンブルー社の中山智恵会長、サミア社長、ゴードンCIO、他の幹部も研究者達も居た。全員がこの日を待っていた、政府首脳と創業者達の夢が、いよいよ結実する。
カザフスタン大統領と国防大臣、ロシア外相と副外相に、モリと愛娘が最後に乗り込むと、エンジンが始動する。ここからモリが選曲したBGMが流れ始める。航空機は全てAIが操舵する。PBJ3がゆっくりと動き始めると、滑走路上にPBJ3の上に「飛鳥」と漢字で書かれたプレートがある機体が上部に括り付けられている。テロップで「コスモゼロ」と表示される。その合体した機が先行して滑走路を走り始める。重量があるので滑走路を目一杯使って加速し、フワリと浮上した。
別の航空機の中で見学している連中はそれだけで拍手喝采だった。北朝鮮の基地からこの日の為にやってきたA-1戦闘機が、合体機を追いかけるように5機が離陸していく。5機で合体機を囲んで、レーダーに映らなくする為だ。後続の観察者や関係者が乗り込んだPBJ3が滑走路に入ると、こちらは普通の機体なので難なく離陸する。後続からA-1戦闘機 4機が離陸する。後続のPBJ3の護衛機を兼ねる。これから機体は高度を上げながらオホーツク海上空を目指してゆく。今は高度を上げるので速度はマッハ1.1だった。このまま8000mまで上昇する。シートベルトは着用したままだ。高度6000mで先行の合体機に追い付き、右手に見る。5機のA-1が体系を崩さず合体機をカバーしていた。
「皆様、これより酸素吸入のテストを行います。各自、ヘルメットを装着して下さい」英語とロシア語と日本語で機内コールが掛かった。屋根から管が降りてくる。勝手知ったるモリも自衛官に加わって、各人のヘルメットと酸素吸入管の接続の確認をしてゆく。特に海外の要人のヘルメットは念入りに確認してゆく。ここで何かあれば、外交問題に発展しかねないからだ。
粗方確認が終わると、後は携行吸入器を付けて作業している自衛官に任せて、自席へ戻ってヘルメットを装着する。「こんなの被って戦闘機に乗ってるんだ」娘に言われて頷く。
「マイクテストを行います。ヘルメット内の音声を聞き取れた方は座席のコールボタンを押して下さい・・」
「全員、異常はありませんでした。では5秒後に酸素を送り込みます。3.2.1・ゼロ。酸素が問題無く送り込まれているようでしたら、再びコールボタンを押してください。
・・ありがとうございます、全員、酸素吸入で問題はありませんでした。
当機は、これより高度1万3千メートルまで上昇致します。通常の航空機は8千m附近を移動しますが、それよりも遥かに高いです。体調に異変を感じましたら、目の前の自衛官に必ず伝えてください。周囲の方々とも何かしら会話を続けていて下さい。隣の席の方が「おかしい」と感じましたら、自衛官に伝えてください」英語とロシア語で2度づつ復唱した。

「では、分離ポイント、高度1万5千メートルまで上昇します。機体は徐々に加速し、マッハ3に到達します。速度が達しますとそこで飛鳥のエンジンを点火します。異常がなければマッハ3.3まで加速し、ポイント到着後、分離します。分離のタイミングもこの放送でご紹介します。それでは全機、これより加速します、3.2.1、加速!」
軽くGが掛かった程度なので、人体に影響はない。右を飛んでいる機体を見ている娘の左手が伸びてきたので、握り返す。1万5千mはモリも初めてだった。酸素の層は1万m付近までなので、ここから先はエンジンに硫化酸素を送り込んで燃焼させる。5機のA-1のカメラが撮影している合体機の映像が、モニターに表示された。
「1万mを超えました。エンジンには酸素を送り込みながら燃焼を継続してまいります。 これより予定のマッハ3.3まで加速します。合体機の結合部位に問題はありません。計画はこのまま遂行致しますが、お体の具合が悪い方はいらっしゃらないでしょうかか、左右の方同士で今一度、ご確認ください」アナウンスが入ると、娘が強く手を弄ってきた。フライトスーツを着ているので何もできないが、妙に落ち着く事が出来た。手袋なのでゴワゴワ感だけで熱伝導はしないが。
「分離、30秒前です。モニターの映像と合わせてご覧ください。コスモゼロ、水素ハイブリッドエンジン点火! エンジンに異常なし!ブースター出力を上げます。これより当機も若干加速します。各自、Gに備えて下さい。
機体分離カウントダウンを開始します。7、6,5、4,3,2,1 分離!」
ゆっくりとコスモゼロが上昇すると、後方センター部にあるブースターエンジンが理科室のガスバーナーのような長い炎を放って、加速上昇してゆく。燃料は固定燃料2型と呼ばれているニトログリセリンに似た燃焼力のある化合物と水素を混濁させた燃料だった。地球と同程度の引力を持つ惑星、衛星を離脱する際に利用する専用の燃料となる。火星のように引力が地球の1/3となる場合は、水素燃料に硫化酸素を化合させて燃焼しながらエンジンを稼働させて飛行、航行する。コスモゼロが搭載しているエンジンは2種類の燃料が使える新型エンジンとなる。因みに水素と酸素は水をロケットで打ち上げる超小型原子炉が発電した電力で、水を分解して水素と酸素を生成する。酸素は植物栽培と、金魚の入った水槽を安置する部屋にも供給される・・そんなテロップが各国言語で再生できるようになっていた。

「分離成功。秒速8.5まで加速しました。成功!打ち上げは成功しました。Congratulations!おめでとうございます!」
そのままコスモゼロ1号機アスカは、地球を旋回しながら重力に逆らうように緩やかに上昇してゆく。高度5万mでエンジンを止めて、後続機が集まる10月まで実験を行う。
「当機も徐々に高度を下げてカザフスタンへと戻ります。皆様左右をご覧ください。一応ここは宇宙空間です。AIにとっても初めての高度ですが、今の所、我々には違和感はありません。もっとも、私たちには酸素の必要は無いのですが」そこで笑いがヘルメットの中のスピーカーから聞こえてきた。ここだけ音声共有しているのだろう。各人の話し声が混線したかのように次々と聞こえてきた。

映像はここで終わる。アニメのヤマトの艦載機、主人公・古代進の搭乗機「コスモゼロ」から採った名称が、ヤマトや999に熱狂した第二次ベビーブームの世代から物凄い反響を呼ぶ。杏からBGMを選んでほしいと言われ、モリは2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」のサウンドトラックの「オープニング」と「揺るぎのないもの」をお願いした。後者は、本能寺の延焼シーンで流れた名曲でもある。宇宙開発の主役が変わる局面に相応しいだろうと、モリは考えた。 
(つづく)

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