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5章 新世界秩序 (1)先進国?

 南太平洋で、海面上昇による浸水に悩んでいたツバル、キリバスが中南米諸国連合に加わると、投資に制限が掛かり、中南米諸国企業や投資会社以外の外資参入のハードルが高くなった。両国は小さな島々で構成されているので、事前の過剰な投資は好ましくないと考え、中南米諸国連合の各国は申し合わせて隠密行動を取っていた。その「代わり」と言わんばかりに、日本企業を始め、ASEANや台湾企業が、フィジー、ニューカレドニア、タヒチ等の太平洋諸島へ、活発な投資を始め出した。                 
アメリカ海軍が駐留し、アメリカの物資が入ってくると、価格だけが高い 粗悪品であるのが分ってしまう。フィジー以外に進出している、日本資本のパンパシフィックホテル周辺の住民は、ホテル内のミニスーパーやファストファッション等の店舗で大量に物品を購入し、島内の人々向けに、物資を転売するようになる。ホテルの収益の半分以上がミニスーパーの売上に至ると、そもそもが宿泊客向けの店舗に過ぎず、島民向けの店舗では無いと、マネージャー達はIndigo blueの店舗出店を要請した。                
中南米軍の方が良かった、アメリカ不要と嘆いていた島民達は、突如として日本人や台湾人、ASEANの人々が来訪し、突然のように不動産を買いあさり、各企業が、市役所に対して事業計画をプレゼンし始めたので驚いた。投資が増えた状況を歓迎しつつも、何が起こっているのか俄に解らなかった。投資家や経済評論家が過去に生じたケースについて説明をして、ようやく状況が理解できるようになってゆく。          
嘗て、最貧国に喘いでいたベネズエラは、経済を少しづつ改善してゆく過程で、外資の参入を抑制する規制を導入したという。南国で風光明媚な場所は潜在的な観光地になりうると判断され、土地・不動産は、格好の投資対象・事業対象と見なされてゆく。外国とベネズエラの賃金格差、物価指数の相違という背景から、賃金体系の変化や物価の急上昇を懸念したベネズエラ政府は、外資の参入に一定の条件を定めて、ベネズエラ国民の階層化を抑えることに成功した。この外資規制のロジックが、中南米諸国連合に加盟している国でも徹底され、中南米以外の資本の参入に一定の規制を設けている。この規制がツバルとキリバスにも適用されたので、例え友好国の日本企業であっても、中南米諸国同様に投資が出来なくなった。そこで、日本を始めとする企業や資本家は「中南米諸国連合に今後加入するかもしれない国」に目をつけた。その島国が、もし中南米諸国連合に加入すれば、それだけで所有不動産の価値が上がるのは間違いないからだ。その影響でニューカレドニア、フィジー、タヒチ島、ボラボラ島など、観光地としても著名な島の不動産を探しまくり、ジャパンマネー、アジアマネーが買い捲る動きが始まった。  
資本家と企業の進出を受けて、日本人観光客が次第に増えてゆくと、日本人観光客目当ての航空会社が路線を増やす計画を打ち出し、旅行会社や飲食店が我先にと進出してゆく。日本からだけでなく、ハワイやグアムで事業を行っている日本企業も動き出す。令和の日本人の消費力・貯金額は過去最強を更新し続けていた。日本国内での投資が抑制されているだけに、その反動が海外向けで爆発する。嘗ての中国マネーの比ではない。規模も勢いも尋常ではなかった。国内で金は使わず、世界最強通貨となった円が使いまくられてゆく。 

ベネズエラの動きばかり注視していた米英仏、中国は、ジャパンマネーの攻勢の前に為す術もなく、傍観するしかなかった。対象が小さな島国なので、島内が変革してゆく速度は極めて急なものだった。当初は島民の生活に2極化を生み出してしまう。日本人、海外向けの事業を行っている人達から、成功した者が俄か成金のように出始めてゆく。                  

日本のプルシアンブルー銀行がその国の首都に出張所を設けると、住民向けに低金利融資制度を紹介し始める。ゲストハウスや食堂などの個人事業に加えて、住宅の建設資金を提供しますと言い始めた。「返済は太陽光発電の電気売却利益で相殺するので、原資は特に要りません。但し、本人の名義を他者に委ねるのは駄目です。あくまでも本島の住民向けの融資制度ですからね」と、沖縄のコールセンターのオペレーターがネット越しで説明してゆく。商業地で事業をしている人、住んでいる人々は建て替えようと融資制度に飛びつく。島の中心部の各市は、新商業地区を区画整理し、島の人々の事業を支えようと計画を立ててゆく。ASEANで話題になっている、日本の無償住宅制度が遂にやってきたと歓喜する。全住民とは行かずに偏りはあれども、経済全体は成長に転じてゆく。日本のバブル期のリゾート地に見られた再現だと指摘する向きもあったが、当時よりも激しさを増していた。その一方で、90年代初頭のように日本国内はバブル状態にはなっておらず、至って沈着冷静だった。             
南太平洋に中南米軍の方面部隊が展開しているので、南太平洋一帯が投資対象物件として更に安心出来る立地へと変わった、と判断されたのかもしれない。カリブ海やアフリカ沖、そして今現在は正にフィリピン、これまではASEANの沖合で、太陽光発電と魚の養殖のパッケージを展開し、缶詰工場等の食品加工業が進出し、廃棄対象の魚の骨や皮、内臓、海藻類を原料とする肥料工場が出来上がって行ったが、日本企業のお決まりのパターンが、南太平洋諸国でも展開されようとしていた。今や、食料や肥料はどれだけ生産しても買い手の需要がある。ただ単に、迅速な食料流通手段として高額な航空輸送手段しか存在しなかっただけだ。遠隔地へ出荷するので、生鮮物は敬遠され、冷凍モノ、腐りにくいものだけが運ばれたが、今では1時間以内で地球の裏側まで届くようになった。生鮮物の遠隔地配送が加わると、食料供給分配のバランスが変わり、フードロストも世界規模で修正されてゆく。          ーーーー                     従来と異なる安価で高速な輸送手段による食料供給体制の改善に加えて、海水浄水と海水CO2除去装置システムが諸島部に導入されてゆくと、「浄水、塩、アンモニア」が生産出来るようになる。塩の場合だが、それなりの観光地で、人の数が多い島の海水は、生活排水などの影響で雑多なものが海水に含まれている。濾過した「浄水」自体はクリーンでも、残る塩分は雑多なものを含んでしまう。食塩には向かないが、苛性ソーダ等の「工業生産用途で使う塩」として、中南米諸国やアジアに提供してゆく。塩化ビニール、革の鞣し、路面凍結防止剤など、工業用途の塩の需要は多岐に渡る。       
アメリカ、そして英仏は、この動きでベネズエラの意図を悟る。最終的にはハワイ・グアムのように、総合的な経済力で圧倒するつもりだったのだと。アメリカの資本家や企業が、日本連合と同じ手段を取れない状況になっているのが、分かっているのだ。日本連合の狙いは、単なる植民地開放や独立を促すだけではなく、普通の暮らしの実現を目標としている。富の収奪を目的としてきた欧米や、昭和の日本とはスタンスが大きく異なる。決して営利が目的な訳ではない。世界経済の一つのサイクルに南太平洋諸国にも参画して貰うだけの話だ。                 

第二次大戦終了後、当たり前の統治を一度もせずに、21世紀になっても未だに利益の収奪と権益の掌握ばかりをし続ける国が、国際社会の場やG7,G20では、平然と自由や民主主義を口にする。中国やロシアに人権侵害だ、民主主義を無視するなと言いながら、ベネズエラが関与するまではアフリカ、中南米を既得権益下に置き、最後に残った南太平洋諸国での行為については触れずに済ます。欧米の「ご都合主義」「二枚舌」「隠蔽体質」に灸をすえ、状況を世界に晒す。ダブルスタンダードをいつまでも容認していると、国際社会にマイナス要因となりかねない。そもそも、国連常任理事国、先の大戦の勝者は須らく経済敗者になっている。国際社会でのポジションを落とし続けている国をいつまでも、G7,G20に出席させ、国連の場で拒否権など台与する必要は無くなりつつある。また、旧態依然とした列強思想を内々に宿した国を、経済勝者である国々が支援したり、協力する必要があるでしょうか?という話になる。英米仏の既成政党は、ダブルスタンダードを容認し続けた政治を続けているので、パートナーに据えるはずもない。その国に理解者が現れて、政治を掌握する日が来るまでは、手を組まない。中国に至っては一党独裁体制が是正されるか、民主的な制度が根ざす迄、距離を置く。口にはしないが、それが日本連合の外交スタンスだ。    ー                     南太平洋諸国でも、やがて日本やアジアのスーパーやデパートが進出してきて、米英仏、中国に肩身の狭い思いをして頂いて、そこでどれだけの変化が旧宗主国に出てくるか?を見極める。 
アメリカの流通業者や物流会社の方が、先見性の目があると言える。「どうせアジア企業には勝てやしない」と分かっていた。アメリカ政府や既成政党の議員が何を言おうが、粗利幅を高めに設定し続けた。アメリカ本土の流通網を席巻しているのは、現在ではアジアの流通業者だ。ハワイ・グアムのような本土から見れば辺境の地で、基地向けの需要に有り付いている、自分達少数の業者しか残されていない・・そんな状況判断が出来ていた。その「通常の判断能力」がアメリカ政府と議会には全く無かった。それが諸悪の根源になっている事に気付いていないのか、もしくは分かっていながら、ダンマリを決め込んでいるだけなのか、何れにせよ、政治家のチョンボを国民の税金で補ってゆく。この平成日本のような無駄使いの連鎖を、米英仏、そして中国に課せてゆく。  

ベネズエラがドアノックをして、先ずは好印象を残す。これまでの付き合いと、場合によっては賄賂を使って、老舗の旧宗主国が辛うじて居残るが、新興企業ベネズエラが残していった印象が、これまた強烈だった。フタを開けると既存企業のサービス内容が詐欺のようなレベルだった。そこへ、新興企業の意を組んだ仲間内の企業群と、裕福な人々が大挙して訪れた・・と形容すればいいだろうか。正にそんな営業活動のような状況が南太平洋で繰り広げられていた。        ーーー                     G20、国連総会で日本とベネズエラに歩み寄りの姿勢を示していた中国は、10月会談を日本側から反故にされた。11月はベネズエラ側が多忙となり、年内の会談開催は難しい、と日本側から会談延期の要請を受けた。隕石落下騒動以降、南太平洋諸国での外交に追われているようなので仕方がないと諦めざるを得ないのだが、待っている間に国家の負債は積み上がってゆく。中南米諸国、日本連合が鉱物購入をしなくなり、資源安が続いている。レアアース品の生産を担ってきた中国にとっては国庫収益の減少となる。また、日本円とベネズエラペソ、北朝鮮ウォンの勢いに反して、元とドルの通貨安により、経済インフレが生じている。元が下がった分だけ、食料品の価格が跳ね上がり、製造生産品の輸出競争力を維持するために価格ダンピングを行うと、利益は無くなった。企業に対しては補填分を共産党が追って支援すると、ダンピングを事実上認めた。市場シェアをこれ以上落としたくないからだ。補填費用は日本から借り受けるのを前提とした物言いだった。中国は、アジア銀行から融資を借り入れていた。年末に向かう時勢なので予算枠も使い果たし、ここで国債を発行すれば、金の工面で困窮しているのを内外に示す格好となるのでしたくとも出来ない。

日本連合の食糧サプライチェーンの外で、14億の民を抱える中国は日本の小麦・大豆・コメなどの穀物類だけでも供給して欲しいと願い、膨れ上がる一方の借入金の一時返済と収益改善のための支援を日本側に要請したかった。阪本首相の「条件付き許諾」の口約束は取り付けてはいたのだが、ここまで反故にされているのも、「中国を相手にしても日本に利するものが何も無い」と、日本側が考えている節も見受けられる。ー                     「青海省を新たに経済特区に据えて、北朝鮮に委ねるにしても、今度はそこに中国企業も参画させて貰うのはどうだろう?」内相が我が物顔に発言するのだが、「コイツは何を言っているのだろう?」とでも言いたげな顔をしながら、他の大臣たちが眉を顰める。それで日本が喜ぶとでも思っているのだろうか・・           

「明日の衛星打ち上げが成功すれば、我が国の宇宙開発能力は日本の次、世界2位になります。海外からの投資案件も増える予定です。その効果を待ってからでも宜しいのではないでしょうか」科学技術相がしゃしゃり出る。「・・・大臣、どこの誰が我が国への投資を考えているのか、教えてくれないだろうか。カンボジアとブルネイなら降りた。財政状況が悪化したと言っているが、両国の大使館員からの報告では、日本の宇宙開発への投資に変更するそうだ」梁振英外相ではなく、副主席が言うと、場が凍りついた。  科学技術相も知らなかったのだろうか、驚いた顔をしている。中国の宇宙開発に誰も興味を持っていないのだと、大臣達は悟ってしまう。ASEANは完全に一枚岩となり、日本連合に日和ってしまった。外交・産業も総て敗北だった。・・中国のライバルであるアメリカは、新大統領が既に宇宙開発の中止を宣言してしまった。高度100キロ以上で、毎日のように30機以上のベネズエラの航空機が商業利用している。中南米軍は200キロ以上の空域で軍事訓練を始めており、50機の戦闘機のコクピットには空軍パイロットが座っている可能性を、ドイツ政府が示唆している。衛星で訓練を何度も目撃したと報告していた。           
実際に100キロ上空の宇宙空間を、片道50万円で搭乗している民間人が毎日128人居て、来月は500人を超え、宇宙圏の観光ツアーも間もなく始まると言うのだから、アメリカの商業計画は全て頓挫してしまうのも無理はなかった。中南米軍の軍事演習で米軍機と米国戦車が破壊されて、兵器や武器の購入は殆どキャンセル担ったと大使館員からのレポートも届いていた。アメリカの外貨獲得源は、農業、農産品だけになったと、まことしやかに伝えられている。ー                     ・・中国はそのアメリカに輪を掛けるように酷い状況にある。輸出出来る農産品ですら、手元にない・・。 日本と言うより、ベネズエラの打ち出す製品やサービスにものの見事にやられた図式となっている。ベネズエラ製品が一般的に販売されるものであれば、物品を購入して、サービス体制を整えて、中国らしく猿マネ的に商売を始める事もできるのだが、経済格差の原因となっているのが、宇宙空間向けの移動手段なので、販売がされるはずも無かった。核熱エンジンを搭載している輸送船や民間向けシャトルは、核拡散防止の観点から販売はできない、実際、核燃料モジュールのハイジャックを警戒して、民間機の護衛に中南米軍が付いている。安全保障の観点と、技術流出の2点でテクノロジーが公開できる筈もないと誰もが理解する。   ベネズエラが宇宙圏、宇宙空間で核燃料を使っているので、核兵器や原発に対する追求は然程厳しさは見せないものの、地球上での原発と核兵器利用は問題だと言う姿勢でいる。日本に歩み寄るならば、この2つの問題を真摯に話し合う必要があると中国も認識していた。しかし、仮に原発を廃止し、核兵器を廃絶するにしても、そのための代替案と代替案を実現するためのコストが必要となる。日本とどう協議していけばいいのか、意見は喧々諤々としていた。方や、話題の渦中である日本連合は、主要な手は打ったあとなので、のんびりモードに移行していた。                    ーーー                     アタカマ砂漠の映像が反響を呼び、CMで使うBGM用や番組主題歌の音楽制作を、Angle社 社長がアユミと彩乃に要請するようになっていた。今までAngle社が日本製AIで制作していた音楽のー部を、2人の音楽センスとベネズエラ製AIに託したいと考えた。双方のAIの音楽への理解度や解釈が異なるようで、今までとは違う曲が出来上がってくるようになった。社長の杏の発想なのか、便宜なのかがきっかけで、音楽制作の委託件数がコンスタントに増えてゆくと、アユミも彩乃も調子に乗り、録音にそれなりに時間を潰すようになってゆく。子供が出演し、子供向けの商品のCMでは、娘の蒼と翠に歌わせたり、コーラス部分に娘達を入れる。アコースティックギターとウッドベースの音が欲しいと考えると、「演奏して」と突然父親に楽譜を送りつけるようになる。ロボットのアンナが流すテープを元に、ガレージで演奏・録音したのも2度や3度では無かった。モリは楽器の演奏にピックを用いない。硬質なピック音がどうも苦手で、娘のような超絶技巧も無ければ、早弾きは出来ない。最近、娘達が手掛けた楽曲を聴き比べて、モリは一つの傾向に気が付いた。日本市場向けの楽曲は、穏やかな旋律のモノが多かった。理由としては好景気が作用しているのかもしれないとAIが解析してみせる。 また、日本とベネズエラのAIがそれぞれ作曲した楽譜を見比べると「違い」も確認できた。ベネズエラのAIは臨場感を感じさせる曲が多いように思うのも、宇宙環境向け、宇宙圏開発向けのAI利用頻度が増えている影響だろうかと勘ぐってしまう。Angle社の日本製AIがパターンを学習して、あまり変化しなくなったのか、そこは定かではないのだが、パターン化したかのような日本のAIの曲作りを感じ取っていたのか、社長の杏にはベネズエラ製AIの曲が耳新しかったのかもしれない。         

そんな流れで久々に楽器を手にしていると、アイディアが浮かぶ。AIを使って設計して、製品試作を金属加工工場のアンナ達ロボットに要請する。チタンとフルカーボンで楽器を作ってみようと考えた。湾曲部や細かな部位作りで金属加工の難易度が高そうだが、そこはAIがロボット作りを始めとする各種製品製造で得た、加工ノウハウに期待してしまう。チタンでサックス、トランペット、トロンボーン等の管弦楽器を作り、フルカーボンのボディとヘッドに加えて、フルチタンのネックを備えた各種ギターとベースを作る。チェロやバイオリン等の弦楽器もギター同様にフルカーボンとチタンで試作してみる。モリはウッドベースを弾けるので、チェロとバイオリンは演奏は無理でも、一定の音は出せる。AIに頼んで2日後には試作品が手元に届き、早速アコースティックギターを試してみる。済んだ音色なので驚いた。木製ネックがチタンとカーボンに変わり、ネックがチタンフレームとなり、反れる事が無くなり、ボディがカーボンとなり共振しなくなったので、雑音が殆ど無くなった。これがクリアーな音の理由だろう。面白く思ったので、アンナ先生の指導の元、チェロを基礎から練習し始めた。エレキギター、ベースも同様で、木質素材がどうしても生んでしまう雑音を、全く感じないクリアな音が出る。演奏が上手くなったような錯覚に捕らわれるほど感動し、客観的な評価を貰おうと、楽器一式をフィリピンにいる娘達に送った。        
ーーー                     キリバスとツバルの人々の移住先の島では、漁と縫製工場の他に、自転車、ミニバイクのフレーム、車輪製造工場を作り、チタン合金で堅牢で、軽量なフレームの車両を作ろうと決めていた。たまたま楽器を手にするようになって、ふとキリバスとツバル訪問の際に、島の人達がウクレレやギターを手にして、家の軒下で演奏していたのを思い出した。そこで、チタンでベースやギターを作ったらどうなるだろう?と考えて試作すると、思った以上の出来栄えだった。娘達が賛同してくれたら、アユミに依頼してNebraska社の楽器製造部門と、弓・アーチェリー製造部門を事業に加えて貰おうと考えた。これらの製品を「グラン・ロケ」の名称を改め「ツバルラグーン」で製造し、雇用を担うのはどうだろう?と思い立った。後者は、歩兵ロボットが持つ兵器モデルも製造し、中南米軍に納品する。チタンは軽いので、ヒトが競技や狩猟で使っても良いかもしれない。モリはチェロの練習に加えて、庭で古い畳を的にして弓とアーチェリーの練習を、アンナ講師の元で始めた。密林にライフル銃と共に持ってゆき、狩猟してもいいかもしれないと夢想し始めた・・チタン合金の魅力は光沢のない鉛色、濃いグレーの色彩だろう。Gray Equipment社の兵器や製品でチタンを大量に使うので、安易に社名に使った。カーボンの黒との2色で構成された楽器の見栄えも悪くなかった。「Nebraska」と赤字でギターヘッド部にペイントされたモデルは「売れるんじゃないか?」と思った。Fender社、Gibson社のギター、ベースを弦を外して再度封印してしまう。チタン合金のネックとフルカーボンボディが奏でる音に、すっかり魅了されていた。高校、大学とクソ重いベースを背負って、スタジオに通った。あの苦行は、一体何だったのか?暑い夏の日は大変だったなと思い出していた。えてして、スタジオは駅のそばにはなく、離れた場所にあるのがお約束だった。チタンとカーボンによる楽器は、嘗ての苦行の日々を思い起こさせる程に、軽かった。

移住はツバルから始まろうとしていた。移住に先んじて視察に訪れた王族と閣僚5名様をベネズエラに迎え入れる。大統領向けの別荘がある国有地を、同国向けに借地契約を結んで提供する。90年代に金満財政だった頃のベネズエラ・チャベス政権が建設した別荘だ。モリ家には格式が高過ぎて困惑していた施設だけに、王族の住居としては申し分なかったようだ。ツバル本島のお宅よりも良いハズだ。島内に1万2千名のツバル国民の住居、3000軒を建設するまでの期間の暫定居住施設をバレンシア市内でご覧頂き、感心される。私達家族もこれと同じ家に住んでいますと説明する。ツバルに建設するのと同じプレハブ住宅だ。最も喜ばれたのは食料の内容と価格だ。ツバルとは雲泥の内容だと感心される。この模様がニュースとして流れ、初めて大統領の別荘と国が管理所有していた島の映像が公開される。「大統領はこの別荘をツバルの王家に譲り、ご自身はツバルのプレハブ住宅を別荘にするそうです・・」とレポーターが半信半疑の顔をして伝えているが、本当なのだから仕方がない。「・・また、チタンとフルカーボンの加工工場を新たに建設し、ミニバイクと自転車のフレーム製造と楽器製造を始めて、ツバルの方々の就職先とする計画です」とチタン色の製品の数々が並んだ様を報じてゆく。      
ーーー                     ベネズエラから到着した楽器を抱えて、女性陣は目を輝かせる。アユミと彩乃が子供たち向けにいつもの様に童謡を奏でると、アコースティックギターの音の明瞭さに弾きながら驚いていた。楽器の弾けない2人の親世代も、音色の明らかな違いに気が付いた。「音楽業界や楽器については詳しくないけれど・・」と 蛍が翔子に前置きして話しだした。「ギターのメーカーも、ピアノの会社も私達の子供の頃ほどの売上じゃないっていうし、それに、ミリオンセラーって言葉も聞かなく無くなった・・よね?」       
「日本では特にそうですよね。AIが作曲出来るようになって、本物の作曲家や音楽家しか残らなくなった反面、音楽知識がない人でもパソコンで作曲して、ある程度の演奏が出来てしまうから、裾野は広がったような感はありますよね・・中南米はどうなんでしょう、スペインとポルトガルの影響で弾ける人が多いかも・・」と翔子も分からないなりに返答する。       
アユミはギターアンプに繋いで、エレキギターを弾き始めた。ギターらしくない音が流れてくる。「何です、あの音・・」「あぁ、シンセサイザーと繋いで、音を変えてるんでしょう。でも、弦で弾いている音とは思えないな。まるでキーボードの音ね・・なんでなんだろう・・」     

蛍と翔子が微笑んでいると、アユミが英国の某バンドの「カシミール」を奏で始めた。翔子はハッとしてアユミを見ると、視線があった。アユミが翔子を誘うように笑うと、英語のフレーズを口ずさみ始めたので、蛍は驚いた。このキッカケが、ネブラスカ ブランドの楽器販売に役立つとは・・誰も想像もしていなかった。        
ーーーー

中南米軍との間で防衛協定を結んでいない国では、物議を醸していた。アタカマ砂漠での中南米軍の訓練結果から、兵器としてのモビルスーツの完成度の高さを見せつけられ、人型ロボットを正規軍、主力部隊の兵士として活用する軍隊の出現に動揺していた。            
動揺したのは英米仏、そして中国に留まらなかった。中南米軍が演習を公開した後で、インドネシア・チモール島を根城としていたイスラム急進派が、インドネシア政府に和睦を申し入れてきた。中南米軍の演習内容を見て、抗う術が無いと判断したのだと言う。同時に禍根も残る。急進派が資金援助を受けている、シリア・イラク拠点のISとの関係を精算した経緯で、「和睦というより、内容的には投降に等しい。聖戦を放棄した者には裁きが下されるであろう」と、穏やかではない表現でインドネシアの急進イスラム派を威嚇したようだ。国際社会全体でインドネシア、マレーシア、フィリピンへの出入国者に注意を払い、不穏な動きを常に監視し続ける必要がある。    

何れにせよ、ベネズエラのロボット工学が計り知れないレベルまで到達していると、誰もが認めた格好だ。技術的には完全にブラックボックスと化している。巨大輸送機や宇宙船やモビルスーツの動力源を「核熱モジュール」と称しているが、「核熱技術を超えた技術が使われているのではないか」と指摘する物理学者達も居る。     また、中南米軍のエースパイロット達のリモート操作能力の高さは、実機に搭乗するより上回るとされていた。リモート操作であれば、重力G,加速G,旋回Gを気にせず機体を存分に飛翔させる事ができるからだ。 F16,F35という古い戦闘機とは言え、物凄い飛行テクニックを存分に発揮し、地上のモビルスーツ隊に打撃を与え、飛翔体も迎撃する成果を上げた。その中でも最後まで残ったF15Jは、ガンキャノン3体、ジェガン2体、更にフライトシステムとザクのペア2体を迎撃する華々しい戦果を収めた。ザクのマシンガンを逃げ切るスラィディング飛行、ジェット戦闘機でありながら木の葉落としでジェガンの頭を青く染め上げた。空軍の同僚だったパイロット達はあれは事務総長だと瞬時に悟った。最後に全ての小型機に囲まれ、追い込まれ、ザクに敬礼されながら斧で破壊されるまで、あり得ない飛行術を見せた。米軍はスカイブルーにペイントされたF15イーグルが「誰」の機だったのか知っている。イーグルの羽には、娘の描いたというサンマの絵がペイントされている。米国国防総省のコンピューターも「パイロットは「彼」に間違いない」と断定していた。兵器の開発にも大いに関与し、戦闘機を飛ばす政治家、まさにイーグルの映像に使われた楽曲タイトル通り「Daredevil」そのものだった。斧でイーグルがぶち壊される映像は、未来永劫使われ続けるだろう。戦闘機が物理的に破壊された、初めてのケースとして。          
中南米軍に対抗する正攻法としては、ロボットもしくは無人兵器を投入するしかない。モビルスーツに対応しうる兵器が完成し、中南米軍に拮抗できるレベルに至るまで、あと何年待てばよいのか、何年掛かるのか、その判断ができなかった。「既存の兵力で勝てないなら、核兵器の撤廃など到底出来ない」と判断を下してしまう。現実的な対抗手段として、中南米軍のモビルスーツ部隊、ロボット部隊のバランサー役を敢えて核保有に求めるしか道はない。これもベネズエラが想定したとおりだった。米英仏、そして中国は核抑止力という古の理に縋るしか無いだろうと。同時に、今後 各国の軍は無人兵器の開発に進んでいき、特定の企業が、各国の軍に兵器を提供することで利潤を得る日が来るかもしれない・・・あくまでも、可能性に過ぎないのだが。          

(つづく)     


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